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顛末 その2

 ジークラインはかなり長い間眉間にしわを寄せて考えていたが、最終的に、ぽつりと言った。


「お前に任せるよ」


 ――言わないのかよ!


 こんなはずじゃなかったのにというモヤモヤを持て余しつつ、でも、とディーネは考え直した。

 一番最初に婚約破棄をこちらから願い出てから、もう八か月近くも経っている。その間、これまでには見せてこなかったディーネの子どもみたいな意地やワガママや後ろ暗い思いを、包み隠さずぶつけてきた。


 その期間のごたごたでジークラインの気持ちが変わったとしてもディーネには責められない。


 後悔は、していなかった。女同士の確執にストレスを感じていたことも、何かとジークラインと比べられて辛い思いをしていたことも本当のことで、真実の姿をさらけ出して嫌われたのなら、それまでの間柄だったということだ。


「そもそもわたくしたちは親同士が決めた結婚でしたわね。ジーク様も、わたくしのせいで変な魔法にずっと縛られていたわけでしょう? 人の心を無視して、魔法で縛って、お互い義務で結婚する。そんなのはやっぱり間違ってると思うんです」


 結婚は好きな人とするものだ。ディーネの前世でもそうだった。この世界でも、継ぐべき家、資産を持たない農民たちは普通に好き合うもの同士で結婚している。

 いくら彼が皇太子だからといって、不自由な義務に縛られることはないと思う。


「ジーク様も、いつか、この女性と結婚したいと思えるような方と巡り合えるといいですわね」


 その相手がディーネではなかった事実は、少しだけ悲しいけれど。


「終わりにしましょう、ジーク様」


 ディーネの宣言に、ジークラインは皮肉っぽく唇の端をつりあげた。あるいは笑おうとして失敗したのかもしれない。


「……分かったよ」


 それで婚約解消に向けての意思確認は終わった。それから二日と過ぎないうちに皇宮への呼び出しがかかる。

 パパ公爵は召喚状を片手に、ディーネの部屋に怒鳴り込んできた。


「娘よ。そこに直りなさい」

「あの、お父さま、これはすでに決まったことで」

「いいから座りなさい。ジージョさん、これは一体どういうことかね? 君がついていながらどうしてこうなった?」

「お父さま、ジージョは何も悪くありませんわ、これは……」

「そなたは黙っておれ!」


 主人のディーネと侍女頭が怒られているのに他の侍女たちは知らんぷり、というわけにもいかず、皆でお説教を受ける羽目になった。


 説教は実に一時間以上にも及んだ。


「……分かった分かったとそなたはそればかり言うが、この歴史と伝統あるクラッセン家の家名に泥を塗ろうとしているのだぞ、まったく分かっておらんではないか! そなたが皇帝家に嫁ぐことによりどれだけの恩恵を我が家が受けるか知らないとは言わせんぞ、そのためにどれほどの労力を注いでそなたを教育してきたと思っておるのだ? うちのレオよりもよほど手厚く面倒を看て育ててきたのはそなたが皇帝家へ差し出す豪華な貢ぎ物であったからだ! 持参金を自分で稼いだ? 皇太子殿下も合意の上? 思い上がるんじゃない!」


 耳が痛くなるほどの大声だ。

 ディーネの人生においてこれほどパパ公爵から怒られたのは初めてである。

 いい加減辟易して反論したくなった。


「……でも、ジーク様は、最後までわたくしとの婚約を解消したくないとは仰いませんでしたわ!」

「たわけが!! それこそ殿下が愛情深い方であることの証左であろうが!!」

「異議ありですわ! 嫌だと言わないのは、わたくしに情も未練もなかったからではございませんか!」

「本当にこのたわけが……十年来のお付き合いをさせていただいておきながらそなたはどこに目をつけておったのだ! 殿下はそなたの為を思って身を引いてくださったのだろうが、なぜそんな簡単なことが分からんのだ!」


 ディーネは言葉に詰まった。ジークラインがはしばしでディーネに親切にしようとしてくれていたことは分かっている。

 でもそれはもともと彼がそういう性質だったからであって、ディーネに好意を持っていたかどうかは疑わしい。

 なにしろ彼は日頃から自称していたように、寛大で慈悲深い男なのだ。であれば彼はたとえ相手がディーネでなくとも同じように接しただろう。

 そんなにみじめなことがあるだろうかとディーネは思う。


「ではきっと、冷めておしまいになったのですわ! ジーク様の為を思うならわたくしこそ身を引くべきなのではございませんか? あの方なら他にいくらでも相手をお選びになれるのですから」


 そう、ディーネは結局最後まで、『選ばれなかった』のだ。


 パパ公爵は処置なしとでもいうように大げさな溜息をつくと、また大声を出した。


「……とにかく、今からでも遅くはないから、殿下にちゃんとお詫びをしてきなさい。仲直りするまで我が家には帰ってこんでよろしい。できなければそのままどこへなりとも姿を消すがよい、そんな娘はうちにはいらん!」

「そんな……!」

「まあまあ、あなた、落ち着いて」


 ひょこっと入り口から顔を出したのは、ディーネの母親のザビーネだった。


「これが落ち着いていられるか!」

「お詫びはともかく、殿下とはもう一回話し合ったほうがいいと母も思います。ね、あなた?」


 ザビーネがにこにこしながらパパ公爵の肩をもむと、さすがのパパ公爵もちょっと大人しくなった。


「二人ともちゃんと自分の気持ちを話し合ってないんじゃないかしら?」

「話し合いなら、これまでに何度もしてまいりました」

「殿下はその間に、一度も婚約破棄が嫌だとはおっしゃらなかったの? 嫌そうなそぶりも見せなかった?」

「そぶりはあったような気もするし、なかったような気も……」

「もう、ダメねえ、ディーネちゃん。相手は殿下なのよ? 一度だって自分から頭を下げて何かを頼んだことなんてないような方でしょう? もしもプライドの高い殿下が、なんとも思ってない相手から理不尽に婚約破棄を要求されたら、こっちこそ願い下げだとおっしゃるのが普通なのではなくって?」


 それもそうだとディーネは思った。


「殿下は、婚約が破棄できて、せいせいするようなことをおっしゃっていたかしら?」

「……いえ……」

「一度も?」

「……たぶん……そこまではっきりとは……」

「言葉を濁してらっしゃるのなら、何か言いにくいことがあるはずだわ」

「な……なんでしょう?」

「それはディーネちゃんが、自分で聞きださないとダメなのよ。ね?」

「うむ……」

「そんなディーネちゃんに、私からアドバイス。お会いしたら、殿下にこう言ってさしあげて……いい?」


 ザビーネはディーネに近づくと、誰にも聞こえないように耳打ちした。


「『試すようなことをしてごめんなさい。わたくしは殿下の本当のお気持ちが知りたかったのです』」


 ――本当の気持ち……?

 率直に言って嫌な質問だとディーネは感じた。

 彼だってディーネに不満のひとつやふたつあったはずで、今さらそれを暴き立てたところでディーネのトラウマが増えるだけではないのかと思ってしまう。


「そんなこと……申しあげられませんわ」

「いい? 絶対に言うのよ。きっと何もかもうまく行くわ。それまでは帰ってこなくていいのよ?」


 ザビーネのにこやかな脅しは奇妙にプレッシャーがあった。

 パパ公爵に怒られるよりも怖い。


 そうしてディーネはパパ公爵にふんづかまえられて、皇宮を目指すことになった。


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