報復
ディーネはそれからしばらくホウエルン卿との面会を重ねつつ、秘密裏にフェンドル庶子公の領内を調べてみた。
彼は領内にドラゴンファームをいくつも作り、戦争準備をしているようだ。おそらく野良ドラゴンの出所もここだろう。
現在はドラゴンライダーが攻守ともに最強なので、飼われているドラゴンの数を見ればどの程度の戦力を持っているかは見積もれる。
ディーネは数えてみてうなった。
これだけいれば、スノーナビアはメチャクチャに蹂躙されてしまうだろう。塵も残らないかもしれない。
「……お手紙を書きましょうね」
ディーネは考えた末に、逆に自分の持っている情報を、フェンドル公へ洗いざらいリークしてあげることにした。
まず、フェンドル公の企みごとは筒抜けであること。皇帝が虎視眈々とスノーナビアを狙っていること。フェンドルおよびスノーナビアの推定戦力と帝国側とではまず勝負にならないこと。
ジークラインの強さについては殊の外細かく解説してあげた。
最後に、スノーナビアの双子の弟がバームベルクで保護されていることも親切に教えてあげた上で、戦車一台をプレゼントすることにする。
双子の弟が存在するのはフェンドル庶子公にとって非常に不利となる。スノーナビア国王を首尾よく暗殺できても、まだ弟のセバスチャンのほうが継承権が高い。セバスチャンの命を狙う必要性が出てくるが、彼にはバームベルクひいてはワルキューレがバックについており、バームベルクの軍事力は送りつけた戦車の出来を見ても明らかだ。
『あれがうちにはあと数百台あります。
わが領地では武器を無限に回収しておりますから、もしもご不要の古新聞、古雑誌、武器、魔法石などがございましたらお気軽にお申し付けください』
要するに、早く武装を解除して、戦う意思がないことを示しなさいよと言ってあげたのである。
ふつうに考えたら、自分の国がどれほどの戦力を有しているかを教えてしまうのは大馬鹿もいいところだ。とくに戦車などは構造を分析して同じものを作ってこられたらとても不利になる。
しかし今回はひっくり返せないほどの差があると考えて、あえて無邪気なふりをしてやらかした。だいたい、ジークラインの強さは武器だの戦術だのの差で太刀打ちできるようなものではないのだ。
フェンドル庶子公のお返事は字が震えていた。
――国王に双子の弟なぞいない、そいつは偽物だ。
どうやら公式にはセバスチャンの存在を無視するつもりらしい。予想できた答えだったのでそちらは問わないことにした。
「さて……」
ここまできたらすることはあとひとつだ。
セバスチャンの存在を、無視できなくしてやればいい。
ディーネはさっそくもう一通手紙を書くことにした。今度はスノーナビアの国王に宛ててだ。
フェンドル庶子公の陰謀、帝国の思惑、思いつくかぎりを洗いざらいぶちまけてやった。回避するための『とある式典』のアドバイスも添えて、特急便で送る。
返事は即日来た。
内情のリークに対する感謝をとうとうと書きつらねたあと、すぐに式典の準備にかかる、と結んであった。そして、ここが最も大事な点であるが――セバスチャンにもまた会いたい、とも。
ディーネは思惑通りにことが運んだので、手紙を前にして思わずニヤリとしてしまった。
セバスチャンはザビーネの付き人としてちょくちょく皇宮に行っているから、ザビーネを介して、ひそかに国王とも親交を持っていたのである。本人によれば、お互い難しい立場なので大っぴらにはできないが、仲は悪くないとのことだった。
ザビーネによれば、国王はセバスチャン似の、おっとりとしたいい人であるらしい。平和主義者でセバスチャンのことも気にかけているようだ。その彼だから、セバスチャンを見殺しにはしないと思っていたが、実際にその通りだった。
お膳立てはそろった。あとは国王からの招待状を待って、カチコミをかけるだけである。
招待状がバームベルク公爵宛てに届いたとき、パパ公爵はあわを食ってディーネを自室に呼び出した。
「スノーナビア国王から、セバスチャン宛てに、騎士の叙任式の招待状が届いた。……娘よ。これはどういうことだ?」
「騎士の叙任式って、なんですの? お父さま」
「とぼけるんじゃない。つまりこれはな、スノーナビアの王室が、死んだことにしてあったセバスチャンを認知することにした、ということだ」
「お待ちくださいまし、わたくしには何がなんだか分かりませんわ。どうしてセバスチャンが死んだことにされていたのでございますか? スノーナビアの王室って……?」
「あの子はスノーナビア王の、双子の弟なんだよ」
ディーネはすっとぼけると決めているので、混乱したようなそぶりを見せた。
「まあ……そうなんですのね? わたくし、初めてうかがいましたわ。どうして今頃になって……? 騎士の叙任式をすることに何の意味があるんですの?」
「いいかい、一般的な貴族の男はね、成人するときに騎士の称号を賜ることになっているんだ。騎士の称号と、スノーナビア国王の姓・ヴィンランドを同時に与えるということは、セバスチャンをヴィンランド王家の貴族として認めるということになるんだ。つまり――」
そんなことは先刻承知だったので、何の驚きも感じなかったが、ディーネは目を丸くしてパパ公爵の解説を待った。
「――セバスチャンはスノーナビアの王太弟として、正式に認められることになったんだよ」
王太弟とは、国王に世継ぎがおらず、王弟が推定相続人となっている場合の暫定的な称号だ。国王に子どもができればその子が王太子となり、王太弟のタイトルは自動的に消滅する。
ディーネはよく分からないふりをして、首をかしげた。
「まあ……セバスチャンにそんな事情があったなんて、わたくしは存じませんでしたわ。あの子ったら、王族だったんですのね。めでたいことではございませんか」
「何もめでたくはないのだよ、わが娘よ……おかげでスノーナビア攻略は台無しだ。ことと次第によってはわがバームベルクが皇帝陛下より責めを負わされることになる……」
パパ公爵は笑いじわの入った目を閉じて嘆いた。大げさに振られた首に合わせて、首元のフリルがそよぐ。
「このタイミングでスノーナビアが勘づくとは、いささかできすぎている。ちょうど私の目の前に、庶子公の挙兵の情報を握っていて、セバスチャンの素性にも詳しそうな人物がここにひとりいるのだが。というか、そんなことができるのはそなたぐらいだと思うのだが」
なかなか鋭いと思ったが、ディーネはおくびにも出さずおっとりした令嬢の演技を続ける。
「わたくしは何も存じませんでしたわ。お父さまがついうっかりとエスト様にかぎつけられるようなことをなさったのではありません? あの方の読心術は本当に侮れませんわよ。領民の告解のついでに探りを入れられていたら大半の情報は筒抜けでしょうね」
「そうか、告解か……失念していた。今後は気を付けよう」
――ちょろい。
ディーネは拍子抜けした。パパ公爵はなんだかんだ言ってもディーネが可愛いことに変わりはないようだ。
パパ公爵は報告を上げて皇帝の沙汰を待ったが、そちらは日頃の忠臣ぶりが評価されたのか、不問とするという回答が返ってきた。
そしてディーネは即日、ジークラインから呼び出しを食らった。
「……呼び出された理由は、もう分かってるよな?」
ディーネが秘密裡にリークしたことについてだとは分かっていたので、ディーネはつんと顔を背けた。
「さあ。なんのことだか分かりかねますわ」