ジャガイモとシスターとお嬢 2
シスがなかなか先を言おうとしないので、ディーネは焦れた。
「お姉さまが……? 何をしていたの……?」
「……みんなに隠れてこっそり裏庭にいたノラ猫に夕飯のジャガイモをあげていたんです……!!」
シスはため息をついた。
「お姉さまは単にジャガイモがお嫌いだっただけらしいですわ。わたくしはその辺のノラ猫と同じ扱いだったんですのよ。それならそうと早く言ってほしかったですわ。わたくしも別にジャガイモはそんなに好きじゃないですのに」
「好きじゃなかったんかい」
「断ったらお姉さまに悪いかなって」
遠慮のしあいが悲しい結果を……!
「ところで、なんで今その話を? ジャガイモも修道院では貴重な食糧って教訓話とかじゃなかったの?」
「いえ、ジャガイモは修道女も食べないということですわ」
「なるほどありがとう」
まあ、やりきれなくなるような話じゃなくてよかった。
「あの、話を戻してもいいですか?」
ナリキが若干イラついたように言う。
「とにかく、このケーキは砂糖と小麦粉と、繊細な火力調節ができるオーブンを使用します。これを量産して利益を取るとなると、庶民が買えるお値段ではなくなってしまいますね。もっぱら貴族専門の高級菓子になるかと思います。しかもその上、保存性もよくない。冷却魔術などの補助が必要となると、ますます値段は高くつきます」
「量が販売できないなら、単価をあげて、貴族から搾り取る方向で考えるのは……?」
「マーケットが狭すぎますね……この国に貴族が何人いるとお思いですか?」
もちろんディーネは公爵令嬢なので、この国の貴族の家系図なども熟知している。
ざっと売り上げが出そうな人数を思い浮かべて、ディーネはがっくりと肩を落とした。
「もちろん、完全に失敗だなんて言いません。商品自体はいいものですから、おそらくそれなりの成功は見込めるでしょう。しかし、ディーネ様が求めるほどの利益にはならないかと……」
「だいたいどのぐらいの儲けになると思う?」
「そうですね……」
彼女は蝋板にガリガリと数字を書きつけた。
「このくらいでしょうか」
見せられた数字はひと月あたりの利益が金貨三十枚、それを一年間休みなく続けて十二か月で金貨三百枚から四百枚だった。
「うーん……思ったより少ないわねー……」
庶民にも大流行して売り上げがどっかんどっかん入ればいいのになと思っていたのだが、そう現実は甘くないらしい。
「でもまあ、ぜいたくは言っていられないからね……ひとまずはそれで実用化を目指すよ……ねえ、ナリキのところの商会って、王都にカフェがたくさんあるんじゃなかったっけ?」
「え? ええ、まあ……」
「じゃあ、うちの商品買わない? すごく便利なんだよ、このベーキングパウダーってやつ。詳しくは秘密だけど、これを使うとおいしいお菓子ができるから、これから先は全部のお菓子製造ギルドがこぞってうちの商品を買うようになると思うんだよね」
「はあ……」
ナリキはお金の勘定が上手だし、商売のことには詳しい。しかし、さすがにベーキングパウダーの商品価値までは即座に見抜けないようだ。
それはそうだろう。これの使い勝手は、実際にお菓子を作ってみた人でないと分からない。
ディーネはベーキングパウダーの製造販売ギルドを新しく作るつもりだった。
世界初の商品を売るのだから、その元締めギルドを新しく創設する権利はディーネにあるのだ。もちろん、公爵令嬢の名前が大々的に流れてしまっては困るので、実際には新しく人を雇って、誰かを会長に立てる必要はあるのだが。
「ま、ナリキのパパにもよろしく言っといて。友達価格で安くしとくからって」
「分かりました」
難しい話はそれで終わったと判断したのか、侍女のシスがうれしそうな声をあげた。
「それにしてもこのケーキ、本当においしゅうございますわぁ」
それを聞いて、レージョもうなずいた。
「これは当たりの予感がわたくしもいたしますわ。売り出しがはじまったらお母さまたちにもお教えしてさしあげたいくらいですもの」
彼女は伯爵家でそれなりの淑女教育を受けてきているフロイラインなので、その彼女がそう言うのならば、味については心配いらない出来だということだろう。
「そうなんだよねー……商品自体はすごくいいんだけど……」
「わたくしもそう思いますが……しかし、量産ができるかどうかは重要でございますからね」
ナリキの辛辣なご意見。
どうやら豪商人への道は遠いようだ。