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免税特権


「悩んでおられますね?」


 ディーネはしまったと思った。この大事な局面で考え込んでしまった。


「ところで、私が今回の法案で一番不思議に思ったのは、なぜ公爵閣下や皇太子殿下が公姫さまの事業をかばって行動しなかったか、なんですが……」


 騎士はパパ公爵をちらりと見やった。パパ公爵は新開発のソースがかかったイノシシ肉のソテーを楽しんでいる。取り巻きの宮廷貴族たちがさかんに味をほめているので、そっちに気を取られているようだ。


「特に公爵閣下は騎竜議員でしょう。反対なされば実現しなかったはず」

「お父さまは古い貴族の誇りをお持ちですから……」


 商売に興味がないのだということを暗にほのめかすと、彼は何げなく声を落とした。


「……ではジークライン殿下は?」

「殿下もきっとお忙しかったのですわ。寝る間も惜しんでドラゴンを退治していらっしゃったようですし。それに、殿下は議会議員ではありませんもの。ご存じだったとしても手の打ちようがなかったのではなくて?」


 ディーネは誤魔化したが、彼はあまり納得していないようだった。その様子を見て思う。おそらくこれは、ディーネの裏事情も知っているという態度だ。


 情報のリーク元とおぼしきエストーリオのほうを見ると、彼はこちらを観察していたのか、ばつが悪そうに目を逸らした。


 十中八九彼が何かをホウエルン卿に吹き込んだのだろうが、きっと問いつめても認めないに違いない。


「では、今回の法案についても皇太子殿下に差し戻しをしてもらえばよろしいですね。つまらない提案など必要ありませんでしたか」


 そうとも言い切れないディーネを、ホウエルン卿は試すように見ている。


「……実は、もう少し賢いやり方も知っているんですけどね?」


 今度は何を言い出すのだろう。


「僕はスノーナビアにも友人がいますから、関税額を融通・・してさしあげることができます」


 微妙な言い回しの意味が分からなくて、ディーネはとっさに考え込んだ。

 ――関税額の融通?


「まあ……もしかしてその方、免税特権をお持ちなの?」


 ときどき国王などが商人などに免税特権を売ることがある。そういうものを想像したのだが、ホウエルン卿はうなずかなかった。


 とはいえ、普通そういった特権は、一品目、一業種に限ったものであることが多いので、ディーネのように雑多な商品の貿易だと難しい場面も多いだろう。


 とても嫌な予感がして、ディーネも声をひそめた。


「……もしかして……」

「あまり大きな声を出さないで。私とあなたの、秘密の話です」


 彼の態度で確信に変わる。

 要するに彼は、密輸しろと言っているのだ。


 税額が減る状態といえば、それは故意に荷を少なく申告するか、あるいは高額の商品を低額のものと偽装するか……


 今回の場合、将来的に輸出関税が設けられたら、たとえば機械紡ぎの羊毛を手紡ぎ品と偽ることで関税を誤魔化せる。

 偽装だけならばディーネが自分で勝手にやればいいが、訳あり品をさばく相手は慎重に見極めなければならない。

 彼はその相手を買ってでたのだ。

 取引相手が外国なのもポイントだ。取引が外国語になるとそれだけで違法行為が見抜ける人はガクッと減る。


「私もあなたも得をする。いいアイデアでしょう?」


 ディーネは苦笑するしかない。


「何をおっしゃるかと思えば……わたくしが了承するわけがないでしょう? うちは皇帝派の筆頭、バームベルクですのよ? 敵国に塩を送るような真似は……」

「公姫さま、敵国とは穏やかではありませんな。強いて言えばわれわれは、敵の敵です」


 敵とは帝国議会のことで、その敵が彼らスノーナビア連合だ。


「敵が強大なれば、同盟相手を探すことも大切ですよ。それに……」


 彼はたっぷりと間を取った。

 何を聞かせたいのだろう? 早く言えばいいのにとディーネが若干イラついていると、彼は何気なくディーネの耳元に口を寄せてきた。


「失礼ながら、公姫殿下にはお味方が少なすぎる。お父上といいご婚約者様といい、せっかくの才能を殺してしまうような方ばかりだ」


 痛いところをつかれてディーネはちょっとつらくなった。


 ディーネがこの先も事業を行いたいのなら、議会にもツテがいる、同業他社とのコネもいる、諸外国にも顔を売っておく必要がある。


 やろうとしている事業の大きさにディーネの営業力が見合っていないのだ。


 それは公爵令嬢である彼女の限界でもあった。公爵家の力がなければ事業そのものが始められなかっただろうが、今度はその肩書きがディーネの邪魔をするのである。ディーネは議会議員になれないし、領地をもらって独立することもできない。さりとて公爵領をつぐこともできず、完全に庶民となって商売に徹することもできない。

 それは、彼女が、公爵家の令嬢だからだ。


「味方は多いほうがいい。そうお思いになりませんか?」

「あなたが味方になってくださるのかしら?」

「もちろん。何でもお教えいたしますよ。たとえば、スノーナビアへの亡命方法であるとか……」

「まあ、穏やかではありませんのね」

「しかし、皇宮入りをなさるのであれば、絶対に考えておくべきことのひとつですよ。もしも万一のことがあったら、味方がいない状況で、逃亡先をどうやって見繕うのです? たとえば離婚をしたいとき、どこに逃げるのですか? お父上のところ? おそらくお許しにならないでしょう。ご友人のところ? いささか心もとないですな。さて困りました。公姫殿下には実にお味方が少ない」

「今から離婚のことを心配するなんて……少々気が早いのではありませんこと?」

「ではお尋ねしますが、公姫殿下、近ごろ皇太子殿下とはいかがですか? 皇太子殿下はすばらしい方ですが、結婚相手としてはいささか立派すぎるきらいもございましょう……」


 無礼な、とはねつけるだけの余裕は、ディーネにはなかった。


 この、ホウエルン卿のもったいぶった言い回し。おそらく、かなりの情報がエストーリオから売り渡されているとみるべきである。

 ホウエルン卿はディーネが婚約の解消を目指していることも知っていて、ディーネの身の振り方を提示しているのだろう。

 亡命先としてスノーナビアを紹介すると、そう言いたいのだ。


「仲良くやっていきましょう。きっとお役に立てることがありますから」


 正餐は終わり、爽やかな笑みを残して彼はパパ公爵とともに遊戯室へ消えていった。


 ディーネは午後からまた会議だ。

 ホウエルン卿の提案をぐるぐると考えながら、廊下を行く。


 ――頭痛の種がまた増えてしまった。



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