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罠カードの効果により行動不能


 転生令嬢のディーネは内政をがんばっていたが、婚約者の妨害にあって、事業に法外な税金をかけられてしまった。


「同じことを言わせるな。俺は何もしていない。すべてはお前の見込みの浅さと考えの甘さが招いた結果だ」


 しかしジークラインはシラを切りとおすつもりなのか、そんなことまでうそぶく始末である。


 課税の施行は事前にいろんな準備を必要とする。議会にかける前に入念な下調べをし、草案を練り、承認を得られるように根回しをして、ようやく日の目を見るのである。


 つまり、今回のトラップカードは、昨日今日の思いつきで気軽に仕込めるものではない。こうなってくるともう、ディーネが心配だから逐一行動を報告しろとジークラインに言われていたあたりから罠だったと見るべきだろう。親切そうなふりをしてとんだ騙し討ちを食わせてくれたものである。


「ジーク様以外に誰が考えられるのです?」

「くどい。では罪に問うか? おれは何の罪を犯したんだ? 現行法のどれに抵触した?」

「子どものようなことをおっしゃらないでくださいまし!」


 ジークラインがなんと言おうと、これは明確な裏切り行為だ。


「子どもはお前だ。特別に繰り返してやるが、おれは何もしていない。何の罪も犯しちゃいない。仮に罪を犯していたとして、誰にそれを裁ける? なあ、ディーネ。帝国皇太子たるこのおれに復讐の刃を向ける覚悟はできているか?」


 もちろんこの時代に守秘義務の概念は存在しないので、ジークラインのしたことが何の罪状に当てはまるのかと言われると難しいところだ。たぶん、既存の法律などでは裁けないだろう。


 ディーネが持ってるフェーデ権の行使という形でならば、ジークラインに報いを与えることもできなくもないが、代理決闘などを起こしたところでほとんど意味はない。ジークラインなら無傷勝利余裕だからだ。なので彼も自信満々に『俺に刃を向けられるのか?』と聞けるわけである。


「これは信用の問題でございます! ジーク様を信じていたから大事な事業のこともお話ししておりましたのよ。こんなの、わたくしに対する裏切りですわ! ジーク様は売ってはならないものをお金に換えたのです!」

「信用だぁ……?」


 ジークラインの声が一段と低くなり、ディーネはビビった。彼はふだんどんなに怒っていても低い声で威嚇したりといったような野蛮なことはしないのだが、今回はちょっと許容しがたかったらしい。


「婚約ってのは、信用で成り立っているもんじゃねえのか。俺はこの先もお前が俺のものであることを疑ったことはなかった。先に信用を裏切ったのはどっちだ」

「裏切っただなんて……これは、ジーク様もご納得の上で始めたことではございませんか」

「ああそうだ。お前がそう決めたんなら、仕方がねえ。前にも言ったろ? 嫌がる女に強要する趣味なんざねえよ」


 ジークラインは足を広げて座っている。両脇にお付きの騎士が控えている絵図はどう見ても先に騎士のほうを倒さないと本体にダメージが通らないラスボスだ。


「なあ、ディーネ。俺との婚約を解消してえなら、俺を倒していけよ」


 かと思いきや、本当にラスボスみたいなことを言っている。どう見ても三回ぐらいの変形を残しているやつだ。


「おれの庇護が必要ねえってところを見せてみろ。お前はこの商売人ごっこで、俺に頼らなくてもひとりで生きていける、結婚相手も自分で決められるって証明したつもりなんだろ? けどよ、現実問題としてお前は弱いよ。今この場に至るまで、お前はずっとおれの好意に甘えて、わがままを通してただけだ。おれが自分の意思を通そうと少しでも思ってたら、お前はここまで商売ごっこを続けてこられなかった。違うか?」


 ――自分の意思……?

 ジークラインの意思とは何だろう。引っかかったディーネが気を取られているうちに、ジークラインは、我こそが絶対王者といわんばかりの身振りで両手を広げてみせた。


「そうじゃないってんなら、証明してみろよ。得意の商売人ごっこで俺に一矢報いてみろ」


 ジークラインはひどく楽しそうだが、煽られているディーネは笑えない。

 ここからの逆転は正攻法でほぼ不可能だと、分かっているからだ。

 ジークラインはそんな彼女の顔色を読んだように、にやりとした。


「さんざんあがいて、このおれに傷ひとつつけられないか弱い女だってことが理解できたら……これからもずっと、おとなしくおれに守られとけ」


 言いたい放題言ってくれる。

 ディーネはムカムカしてきた。

 どうしてもこれだけは言い返してやらないと気が済まない。


「わたくしは、あなたが思うほどか弱い女ではございませんわ」

「そうかよ。なら、もうおれに甘えるな。自力で、活路を、開いてみせろ」


 ジークラインはうざったく腕を振ってディーネを煽る。


「さあ、お前が、このおれさえも必要としない最高の女だってことを、今この場で証明してみせろ!」


 あっはっはっは、と大笑いするジークラインはどこからどう見ても秘密結社を組織する悪の親玉だった。


「……詫びを入れる覚悟ができたらまた来な。なに、心配はいらねえよ。俺は終わったことをいちいち責めたりはしない」


 ディーネは言われっぱなしで腹の虫が治まらず、自室に戻ってきてからダハーカくん人形に八つ当たりをした。以前ディーネが開発した商品で、かなり乱暴にしても壊れない優れものだ。


「なんなの! あいつ! 厨二病のくせに! 厨二病のくせに!!」


 どう考えても普通の人間には許されない感じのアレなのに、しかしジークラインには実力も伴っているのであった。現実は非情である。


「あいつも一度敗北を知ればいいのよ……」

「姫! 親指の爪をかむんじゃありません! 下町の娼婦ですか!?」


 ジージョのお説教がうっとうしかったので、ディーネはさらにがじがじとかじってギザギザにしておいた。


「まあディーネさま、いけませんわ、お手入れいたしましょうね」


 見かねたレージョが爪をやすりで磨いてくれるというので片手を差し出しつつ、ディーネは今後の対策をつらつらと考えてみた。


 早く何かの手を打たなければ手遅れになる。

 でも、一体なにをすればいいのだろう?


 この先どんな商品を売り出そうとも、片っ端から奢侈税を追加されるのは目に見えている。

 もはや商売人としては殺されたに等しい。


 ディーネには議会での発言権はないし、発言権を持っている人たちとのかかわりもない。アンテナもないから、ノーマークでアンブッシュを受けてしまった。


 どうすることもできないと結論づけるしかない。


 ――大変なことになってしまった。


フェーデ権

ゲルマン法。中世盛期ごろに限っては、不名誉を受けたら武力で相手に報復する権利。

中世末期ごろからは決闘のルールが厳格に定められ、のちに禁止された。

近代に入っても西欧貴族がピストルで決闘をしたがったのはフェーデ権の名残り。

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