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リバースカードオープン


「軍事費に係る特別奢侈税の徴収……ですって!?」


 そこに書かれていたのは世にも恐ろしい、『徴税』の法案だった。

 帝国はわりと頻繁に特別徴税をする。行政の仕組みが未熟なので、増税の決定から施行までが早いのだ。わりを食うのは農民たちであるが、今回は一味違った。


 奢侈税を取ると決まった品物たちが、ディーネの商会狙い撃ちだったのである。


 奢侈税とは贅沢品にかける税のことで、現代日本でいえばたばこ税などが有名だ。地球史でもいろいろなものに奢侈税がかけられてきた。毛皮。宝石。馬に剣。ワインや珍味などもそうだ。


 しかし今回税の徴収対象として新たにあがってきた項目は以下の通りである。


 おもちゃ、特に人形類。

 チョコレート(固形の製品)。

 ケーキ(砂糖を使用した小麦粉製品全般)。

 競馬場のチケット。

 執事を同一の屋敷で二人以上働かせる場合の賃金(半日ごとに徴収)。

 機械紡ぎの羊毛、麻糸、絹糸、綿糸。

 真珠。

 亜鉛を含む鉱物、酸化チタンの結晶。


「全部うちじゃん!」


 ディーネが絶叫すると、そばにいたハリムが異常をかぎつけて手紙に目をやった。


「増税ですか? これはまた、ずいぶんと嫌われましたね」

「ケーキもチョコレートも食料品でしょ? どこが贅沢品なの?」

「さあ……それは帝国に聞いてみないと分かりません」


 課税対象はもちろん他に何十とリストアップされているが、ここまでピンポイントで書かれているということは、誰かがディーネの商売の様子をよく知っていて、わざと妨害に来たと見るべきである。


「しかも税率三割ってどういうことよ!? べらぼうじゃないの!」


 今回の奢侈税の概要は、たとえばチョコレートを百円で売ったとしたら、三十円を帝国が販売者から徴収しますよ、ということである。

 これの何がまずいのかというと、物の値段は百円だったとしても、純利益が三十円だったら、儲けが差し引きゼロになってしまう点にある。


 これを回避する手立てとして、値上げという手もあるが、もちろんその分商品の売れ行きは悪くなるだろう。きちんと確認しないとまだ分からないが、今まで通りの儲けを見込もうと思ったらとんでもない金額になることだけは分かる。売上税に三割は無茶苦茶な金額なのである。

 どのぐらいの無茶かというと、相手を信じて渡していた給料の三割をソシャゲのガチャに使い込まれるぐらいだろうか――ちょっと違うかもしれない。


 とにかく、下手をすると生死にかかわる大増税だということは間違いない。


 次の降誕節からの施行。

 つまり十二月の頭から開始。


 ミナリール氏からの手紙は、この法案を阻止するために手を尽くしたが勝てなかった、申し訳ない、と結ばれていた。これはさすがに氏ばかりを責めるわけにはいかない。


 他の商品はともかく、ディーネのところでしか扱っていないような商品への課税ならば、それはノー審査で通ってしまったとしても仕方がない。ディーネ以外は誰も損をしないのだ。それどころかライバルを蹴落とす好機となるから、議会議員にツテのないディーネが今から対応に乗り出しても手遅れだろう。


 要するに、十二月以降の収入が大幅に減ることになったのである。


「……ハリム、今日の予定は中止。試算してみるから付き合って」


 二人してそろばん首っ引きで計算し直した。


 買い手を見つけていない毛糸、真珠類はすべて影響を受ける。

 お店も大打撃を受ける。


 最終予想は、どんなに多く見積もっても一万三千には届かない見込みになった。


「土地を返すなんて言わなきゃよかったぁー……」


 正直なめていた。そのツケが回ってきたにしろ、この課税はちょっとおかしい。

 今回の法案を考えたやつはめちゃくちゃ事情通だ。


「やられたわー……そういう手でくるとはー……」


 普通、こういう新しい商売に対して、国が税金をかけようと考えるまでには何年もかかる。立ち上げてから数か月の事業にこの対応ははっきり言って異常中の異常だ。

 ディーネも将来的には税金がかかるかもしれないと思っていたが、それは少なくとも十年ぐらい先のつもりだったので、完全にノープランだった。


「……残り三か月で新事業を立ち上げる? 無理だ……」


 この異様なスピード決議を考えれば、ディーネが違う商売を見つけたとしても、すぐにマークされる可能性が高い。


 対抗したければディーネもパパ公爵に頼んで騎竜議員を動かすしかないが、パパ公爵は商売がからっきしで、そちらのコネもほとんど持っていないから、買収にとても時間とお金がかかると考えたほうがいい。これはパパ公爵が無能なのではなく、大貴族にはよくあることである。


「……一応、上院下院の様子を調べてもらっていいかしら?」


 もしかしたらミナリール商会の見立てが間違っている可能性もある。


 しかし調査結果は旗色の悪いものだった。法案の支持者たちの顔ぶれがまたすごい。ディーネが以前踏み倒した借金の金融屋さんやら、競合する呉服屋さん(呉服商は商人の中でも一番の栄誉職だと思われているので、庶民の参事会や議会などではとても発言権が強い)、ドラゴン騒動で大貴族に恨みを持っている騎士さん等々、みんながみんなどこかしらミナリール商会やそのバックアップのバームベルク公爵に恨みを持つ人たちばかり。

 買収は厳しそうだということだった。


 ――完全に詰みだった。


「あいつが言ってたのはこういうことね……」


 ジークラインが以前思わせぶりに忠告していたのは、おそらくこのことだったのだろう。


「わたくしを騙しましたわね!」


 ディーネがジークラインに怒鳴り込みをかけると、彼はとてもいい笑顔で彼女を歓待してくれた。見てくれは映画俳優よりも格好いいので、ついうっかり惑わされそうになる。


「何を言っている。俺は親切にも忠告してやっただろうが」

「忠告すればなんでもしていいってわけではありませんわ!」


 忠告ったって、ディーネはただ気を付けろと言われただけ。夜道には気をつけろよ、とひと言警告しておけば夜道で斬りかかってもいいのか、という話だ。もちろんよくない。そもそも斬るな。


「おいおい、寝言を言うな。俺は何もしてないだろ。お前の妨害をしたわけでもなければ、積極的に働きかけたわけでもない。なるべくしてこうなったんだ」


 嘘だとディーネは思った。これが妨害でなくてなんだというのだ。


「わたくしを売ったくせに!」


 ディーネの事業を細かく知っている人間は、ハリムか、ミナリール商会長か、あるいはセバスチャンだが、彼らには動機がない。ディーネを裏切って情報を売ったとしても、メリットは薄いだろう。

 パパ公爵は商売が嫌いなので、ディーネも報告をあげていない。

 そもそも、秘密裡に進めている絹糸や麻糸の工場のことまで知っている人物は、ハリムとジークラインだけなのである。この二択であれば、もうジークライン以外に犯人はありえなかった。


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