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十月の売上をまとめましょう


 季節は十一月に移った。薪小屋には魔法石、木炭、薪が満載で、石炭、泥炭もまたゆうに数か月分が別の小屋に収蔵されている。食糧庫にはソーセージが大量に吊るしてあり、収穫祭のチーズで牛乳貯蔵庫の棚もいっぱいだ。


 いよいよ本格的に冬支度が整ってきた本邸の執務室で、ディーネは先月の売上をまとめていた。


 先月は秋の斎日週間があったので、飲食部門の売上はガクッと減っている……かと思いきや、収支としては前月より増えている。


 増えた要因としては、収穫祭が挙げられる。

 懐に余裕のある人が多かったのと、新しく斎日にも食べられるケーキを開発したのが大きい。

 植物性油脂の代用品を使うことで材料費が少し安くなった。これのおかげで純利益が少しプラスされる。

 毎週、一日は食事制限の日なので、その日は定休日にする――とはいかないのがこの世界の面倒なところだ。日曜日は神さまが働いてはいけないと定めた日なので、一斉にお休みする必要がある。

 斎の日に食べられるケーキを出すお店はよそからも人が殺到する騒ぎになった。


 バンケットについても、今回は収穫祭絡みで大きな祝宴を望む声が多く、単価があがった。


 他に売上があがった要因として、チョコレート工場の建設が挙げられる。


 チョコレートの製造工程は複雑だが、一番のネックは攪拌作業だ。最低でも70時間ほどはぐるぐると回し続けないといけないので、人間の手で行なうのは難しい。なのでチョコレートの開発製造は産業革命の時代まで待たなければならない。

 しかし、ぐるぐる回す機械の装置でよいのなら、水車でも可能なのだ。

 最初期のチョコレート工場は水力で動いていた。ならば技術が揃っているバームベルクでも再現できないことはない。


 こちらは言ってみれば樽に貯めてぐるぐるかき回すだけの機械なので、量産も紡毛工場よりずっと簡単だった。


 斎日のおもてなしに合わせて領民に振る舞ったのがこれだった。チョコレートの味を覚えさせてから売り出すつもりだったが、目論見通りその後問い合わせが殺到した。チョコレートが売れるのは自然の摂理である。


「気分的には麻薬の売人だよね」

「いかがなさいましたか、お嬢様」

「ううん、こっちの話」


 おもちゃ工場と競馬場も多少の増減はあったものの、通常通り運転している。


 十月は総額八百二十一枚の純利益。前月比で一、二五倍である。


 ――一言で総括するなら、バカみたいに儲かっている。


「お嬢様には天才的な商才がおありですね。毎月のことながら感服いたしました」

「ありがとう……商才っていうか、歴オタなんだけどね」

「れき……?」

「何でもない」


 ともあれ先月までの純利が5,981枚なので、合わせて6,802枚分の資金がたまった計算となった。

 目標額が一万と三千枚に増えているので、残りあと6,198枚だ。


「このペースでいくと、あと五か月で三千枚ぐらいはたぶん手堅いと思うんだよね。そしたらあと三千枚をどう稼ぐかなんだけど……」


 希望はまだある。紡毛工場でちゃくちゃくと毛糸の在庫がたまりつつある。


 養殖真珠も多少ストックがある。


 現在の保有量は良質の真珠が三百個。

 それと半円の不完全な真珠が約九百~千個だ。


 養殖真珠の気になるお値段はというと、四ミリぐらいの小粒真珠で一個あたり大金貨一枚ぐらいが相場なので、直径一センチを超える大粒のピンクパールならばそれ以上の価値を持つようだ。

 半円の真珠をくっつけて作った成型の珠でも、大金貨一枚は堅いということだった。


 ――要するに、売り方を間違わなければ大金貨七百枚相当のストックがある。

 ちなみに研究費に二百枚少々かかっているので、純利益はもう少し下だ。


 魔物のヨロイ貝の真珠は育成が早いので、捕獲をがんばれば期限ぎりぎりまでに採れるはずだった。


「うーん、あとひと息。大金貨で二千枚ぐらい稼いでおくと安心なんだけど……」

「化粧品の販売も考えているとおっしゃっていませんでしたか?」

「そう。現物はもういくらか在庫にしてあるから早く売りたいんだけどね、売る先が……」


 さすがに教会が禁止しているものを大々的に売るわけにはいかない。

 さらに悪いことに、化粧品の販売権はほとんどの場合商人ギルドではなく、薬師、占星術師たちが握っている。ディーネはそちらにコネがないので、なんとか法の抜け穴を探すか、適当なギルドと提携するかしないとならなくなった。


 ディーネはパンと手を打った。


「来月からは商売よりも取引先を探す方に注力しましょう。毛糸を高く買ってくれるところを見つけられたら一気に勝てる可能性あがるもの」


 そうして十月のまとめは終了した。


***


 帝国の議会が荒れている。


 水害や地震と同様に厄介なものとして、野良ドラゴンの襲来がある。普段は人里離れたところに生息しているが、好物の魔法石を狙って貯蔵庫などを襲うことがあるのだ。


 襲われた場合は帝国軍が出動するのを待つしかない。一般市民は武器や魔法石の所持を制限されており、辺境の砦を守る小領地の騎士たちもごくわずかな武器しか与えられていないので、ドラゴンに対する手立てを自力で講じるのが非常に難しいのだ。


 ――ドラゴンに対する自衛手段を、地方にも。

 それが現在紛糾している会議の概要だった。


 地方の武力強化法案は、大貴族たちにとっては不都合なことなので、通らないかに思われていた。


 しかし、軍の出動要請が何度もあれば被害も蓄積してくる。

 費用も馬鹿にならなくなってきている。


 帝国としても、所有軍を動かすよりは、地方に自治権を与えて、そちらで処理してもらったほうが安上がりなのではないか、という意見が出はじめた。


 ――ここまでのことはディーネも皇太子との世間話ですでに知っていた。


 問題は、今日、ミナリール商会からもらった書状だ。


「なんですって……!?」


 そこに書かれていたのは世にも恐ろしい――

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