小姓も実は身分が高い
転生令嬢のディーネは内政に励んでいる。
執事のセバスチャンにはお世話になりっぱなしだ。先日のピンチを救ってくれたお礼も兼ねてカフェに誘い、改めてお礼を言う。
すると彼はこころよく笑顔で許してくれたばかりか、逆に心配までしてくれた。
「あれからヨハンナ様とは何もありませんか? 私はお嬢様のことが第一と考えておりますので、なんなりとご相談くださいね」
――やさしい。
甘えてばかりではいけないとも思うのだが、彼のそばは居心地がいいのでつい引き留めてカフェに長居してしまう。
「……でね、お父様が三十万も見繕えっていうんだよ。ひどくない?」
「それは困りましたね……」
「一応金融屋さんは探してみたけど、どこも足元見てくれちゃってさあ。利息がすごいのなんの。本当に借りるとなったら痛手なんだよねー……」
そのうちにパパ公爵の愚痴になった。気兼ねなく機密事項を話せる相手としてセバスチャンは最高なのである。絶対にディーネに厳しいことは言わずに、励ましながら聞いてくれる。もはや第二のお母さんと言っても過言ではない。
うるわしいセバスチャンのお顔を眺める。彼は今日も美形だった。執事服がよく似合う。
セバスチャンの顔を眺めていてふと、何かを思い出す。
――あれ? この顔……どこかで見たことがあるような気がする。
そういえば、スノーナビアの国王は若くて美形なことで有名だった。銀髪好きのディーネの母親も大絶賛していた。ディーネも何度か式典などで見かけたことがあるが、ジークラインにしか興味がなかったのであまりよく覚えていない。
確かおひげの国王様だったはずだが、ひげをすっきりとそり落としたら誰かに似てないだろうか?
そう、たとえば、うちの銀髪執事なんかに。
「……ねえ、セバスチャンの故郷って、ひょっとしてスノーナビア?」
「ええ……そうですが」
その返事で、何かと何かがシナプスで結びついた。
「……ねえ、あそこの国王様ってもしかして、セバスチャンと同い年?」
「ええ……あまり大きな声では言えませんが、双子なので、そうですね」
ディーネはあやうくお茶を吹きそうになった。
――セバスチャンが捨てられた王子って実話だったんだ!?
てっきり嘘だと思っていた。
「……そのことってお父さまはご存じなの?」
「はい。私が若輩者の身でお館さまのお側仕えが叶いましたのも、事情を汲んでくださってのことかと」
――なんということでしょう。
ディーネは身震いした。そんな裏事情があったなんて知らなかった。というか、疑ってみたことすらなかった。あまりにもセバスチャンが自然に執事をしていたので、もう生まれながらの使用人だと思っていた。本当は捨て子かなにかで、あまりにも痛めつけられることが多い人生だったので『僕はきっと貴族の捨て子なんだ。お父さんはきっと王様に違いない』と妄想をたくましくして心の拠りどころにしていたのだろう、ぐらいに考えていた。かわいそうな銀髪美形の執事が奥ゆかしい性格をしていたらそりゃあ可愛がってしまうではないか。
「はじめは騎士見習い待遇の小姓を言いつかっておりましたが、私自身はそもそも戦争が好きではありませんでしたから……自分から進んで、下働きにしていただいたのでございます」
彼が言っている待遇とはつまり、いわゆる盾持ちとか、従卒、従者と呼ばれるあれのことだろう。
「あ、あー……なるほどねー……どうりでねー……」
――傀儡の王を立てるってセバスチャンのことだったのね……
パパ公爵はおそらく最初からそのつもりで彼の面倒をみていたのだろう。
ディーネはまじまじと捨てられた王子様を眺めてみたが、やがて満足してひとりでうなずいた。どんな境遇であれ、セバスチャンはあいかわらずかわいい。なので問題なしとした。
「そういえば、セバスチャンがすごく強いのって……」
「武芸は一通り仕込まれておりました。暗殺に向いた技が多かったのは、影武者としての用途を考えていたからかもしれませんね」
「やけに帝国語が流暢なのも……」
「貴族教育の一環でございました。そのおかげでこうしてお館さまにお仕えすることができたのですから、感謝しております」
「待って、じゃあどうやってうちまで逃げてきたの? その口ぶりからすると、捨てられたとはいってもそれなりに監視されていたように聞こえるんだけど……」
彼は切なげにうつむいた。
どうやらあまり踏み込んではいけない沼だったらしい。
「……実は、先代国王が没したあとも、一度継承権争いが起きそうになったのでございます。私と、双子の兄とで国が割れそうだったのですが……私は王位を望んでいませんでしたから……」
「なるほど、それではるばる逃げてきたと。つらいことを思い出させてごめんね」
しかし、今の情報で一気にいろんなことがつながった。
セバスチャンに王位簒奪の意志がないとなると、パパ公爵の魂胆も見えてくる。
「……あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど。実は、今度戦争する相手って、スノーナビアなんだって」
セバスチャンの表情がまた一段と曇った。
分かりやすい変化だ。
「……お父さまは傀儡の王を立てるって。もしかしてそれは、あなたのこと?」
「いえ、そんな……」
演技でこれをやっているのなら相当だと思うぐらいに、セバスチャンはへこんでいる。
「玉座は、望んでいません……そのことは、お館さまもよくご存じのはずなのですが……」
「つまり、お父さまが勝手に立てた計画ってことよね?」
「私は、何も聞かされておりませんでした」
「もう一度、ここ大事だから聞いておきたいけど、本当に戴冠したいとは思わない? 傀儡とはいえ、王様になると今よりずっと快適な生活だよね」
「めっそうもないことでございます」
ややこしい話になってきた。
「……どうしたもんかねえ」
あれこれと考えていると、ふいにセバスチャンが明るい声を出した。
「せっかくのご休暇なのですから、考えていたって仕方がありません」
「そうだね……」
また後で考えようと思い直し、どうでもいい話をしてその日は解散した。




