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皇妃さまと公爵夫人


 ――ディーネはさらに新作のパウンドケーキをもう何本か焼いてから、ミニキッチンをあとにした。散らかしてしまったので片づけをする使用人が大変そうだ。彼女にもお詫びを言ってケーキを一本置いてきた。おいしく食べてくれるといいんだけど。


「ふっふーん。それにしてもおいしくできたわー」


 会心の出来だわー。

 ひとりで食べてしまいたいのはやまやまだが、どうせだからこの素晴らしさを色んな人に啓蒙したい。


 ディーネは余ったケーキをバームベルク公爵夫妻のところにも持っていってあげることにした。夫人ならば屋敷のどこかでお客様と紅茶を楽しんでいる頃合いだろう。


「ママ! ちょっといい?」

「あら、どうしたの?」

「まあ、ディーネちゃん、お久しぶり」


 ザビーネ公爵夫人と一緒にお茶のテーブルを囲っていたのは皇妃ベラドナであった。


「皇妃さま! ご無沙汰しております」


 皇妃ベラドナはどことなく毒草っぽい名前に似て、毒花のような美しさの女性だった。強気な美女の表情は、皇太子ジークラインともほのかに似ている。


「あなた、相変わらずほっそりしているのね。ちゃんと食べてるの?」

「もちろんですわ、皇妃さま……食は人生の楽しみでございます。ほら、わたくし本日も、こうして珍しいお菓子などお持ちいたしましたのよ」


 ディーネが持参したパウンドケーキをお茶請けのお皿に並べると、ふたりの美熟女は目を丸くした。


「パウンドケーキかしら?」

「ええ、わたくしがひいきにしている菓子職人が新しく売り出す試作品ですの」


 本当は自分で作ったのだが、貴族がケーキを売るなど笑いものの対象でしかない。

 なのでディーネは代理の職人を立てる予定だった。


 うーん、いっそ会社を作ってもいいかもしれない。

 ワルキューレの人たちに株式会社の概念を理解してもらえるのなら、の話だけど。


 その問題についてはまた後程考えよう。


「よろしければ皇妃さまもお召しになってくださいまし」


 皇妃はくっきりとした濃い眉を寄せる。


「……なんだか、見た目はボソボソね……」

「お味はわたくしのお墨付きですわ。どうかお試しになって」


 ベラドナはパウンドケーキを、思い切って口に入れた。


「ん……これは……」


 テーブルに並べてあったジャムを少しすくい、ケーキに添えて一緒にほおばる。


「お……おいしい……! なにかしらこれ、すごくふんわりしていて、絹綿のようね」

「あら……本当に」


 ザビーネもひと口ふくんで驚きの声をあげた。


「わたくしパウンドケーキってもったりとしていて重たくってあまり好きではなかったのだけれど、これならいくらでも食べられてしまうわね」

「こんなに繊細で口当たりのいいケーキは始めてよ。ディーネさん、これを作ったのはどなたなの?」


 ベラドナが食いついたが、ディーネとしてもそれを教えるわけにはいかない。


「これ? ふふ。わたくしの家のお抱え職人が作っておりますの」

「いやね、はぐらかさないで教えてちょうだいな!」

「いけませんわ、彼はわたくしの家の秘蔵の菓子職人。皇宮に引き抜かれてはたまりませんから、皇妃さまといえどお教えいたしかねます」


 つんとはねつけると、彼女はがばりと身を乗り出して、ディーネの両手をつかんだ。


「あん、それじゃ、いつ売り出すのか教えてちょうだい! 売りはじまったらわたくしの宮に毎日欠かさず一本届けてほしいわ」


 懇願するベラドナに、ディーネはつい見とれてしまう。もう四十は超えているはずなのにいいとこ二十代の後半にしか見えない。美魔女だ。


「まあ、皇妃さま、それでは販売を開始いたしましたら必ず……」

「約束よ! わたくしが一番のお客様ですからね!」

「まあ、ありがとうございます、皇妃さま。美食家であらせられる皇妃さまにそうおっしゃっていただけると、とっても光栄ですわ」

「もちろんよ、このケーキはきっと売れるわ! わたくしが保障してよ!」


 どうやら、評判は上々のようだった。



 パウンドケーキの残りを手に自室に戻ったディーネは、転送ゲートをちらりと見た。これは皇太子の部屋に直通しており、お互いが時間を決めて開くと行き来ができるようになる。片方が閉じていると、開けることはできない。


 もしも今、ジークラインのところにパウンドケーキを持っていったら、彼は喜んでくれるだろうか。そんな疑問がディーネの頭に浮かんだ。


 ジークラインは甘いものが好きなのか、ディーネが作るお菓子を食べ残したことはない。よく、あれが食べたい、これが食べたいとリクエストをするうちのひとつにパウンドケーキも入っていた。


 この新作を食べたら、きっとジークラインもびっくりするに違いない。おいしいと言ってもらえるかもしれないという予感に、ディーネの胸は高鳴った。


 ――って、なにときめいてんのよ!


 相手は厨二病の皇太子。どうせ褒めるときも厨くさいワード満載で上から目線のお言葉を山ほど下さるのだろう。それ絶対うっとうしいから。うれしくなんてないんだから!


 ディーネはそんなことを思いつつ、なんとなく転送ゲートを開いてみた。もしかしたらジークラインも開いていて、道が通じるかもしれないと思ったのだ。


 ゲートは何の反応も示さなかった。ジークラインは扉を閉ざしているらしい。

 ディーネはしょんぼりしながらテーブルに戻った。


 ――なんでちょっとがっかりしてるんだろ。


 自分で自分の感情が理解できない。沈んだ気持ちでパウンドケーキに手を伸ばす。あれほどおいしく感じた会心の出来のケーキも、ひとりで食べると味気なかった。



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