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お姫さまとドラゴンのお話 1


 印刷の機材をそろえたのなら、実際に何か出版する物語がほしい。


 一番需要があってお手軽なのは絵入りの聖書だが、サンプルとしてそろえた聖母の逸話などを一通り見て、誰かが『つまらない』と言った。


 出版物の候補を絞るための意見がほしくて、侍女四人と弟二人に集まってもらったのだ。わりと広めのディーネの部屋が若干狭く感じる人口密度である。


「姉さま、怪獣が出てくるお話はないんですか?」


 弟も不満そうだ。


「でも、何が面白いのかっていうのも文化によって差が出ることじゃない? それで言ったら聖書はグローバルなコンテクストで、違う言語圏の人たちにも通用するもので……」

「ディーネ様は売上をあげることに対してはとても熱心でいらっしゃいますわぁ」

「その執念はすごいと思いますね、私も」


 横からやいやい言っているのはレージョとナリキだ。ふたりとも本にはあまり興味がないらしい。


「聖書だったらみんな一家に一冊か二冊あってもいいなって思うじゃない? テキストはどの聖書でも一緒だけど、翻訳やイラストの美しさなんかで売り上げに差が……」

「では、ディーネ様、こちらの聖書、ご自分で欲しいとお思いになりますの?」


 ディーネはテキストの束をざっと眺める。どれも全部で三十枚少々のページ数で仕上げる予定だから、テキストの量はとても少ない。


「……私は、聖書はだいたい暗記してるから……それにこれ、全部有名なエピソードだし……」

「ほーらごらんあそばせ。今どきこんな陳腐なネタで売り出したって売れるわけがないのですわぁ」


 断言されてしまい、ディーネはとうとう沈黙した。

 シスはこう見えてけっこうな読書家だ。よくラブロマンスものなんかを読んでいたりする。


 地球史としても聖書は利率がいい出版物だったはずなので、ディーネの選択肢が間違っているとは思えない。しかし、彼女がそこまで言うのなら、いったん計画は置いておいて、話を聞いてみてもいいかもしれない。


「じゃあシスはどういうのがいいと思ってるの?」


 シスはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりににんまりとした。


「まずは恋愛ですわぁ! これがないと何にも始まりませんのよ!」

「恋愛……」


 なるほど、聖書にはまったく欠けている要素だ。


「次に暴力! 敵役がにくたらしければにくたらしいほどよろしゅうございますわぁ!」

「姉さま、僕は悪魔か怪獣がいいです!」

「格好よくやっつける殿方もいらっしゃるとなおよしですわね」

「あらぁ、そうすると、悪いドラゴンにお姫さまがさらわれるお話がちょうどよいのではなくって?」


 総合すると悪竜退治の英雄譚になるのだろうかとディーネが考えていると、黙って聞いていたジージョが口を開いた。


「あら、シスさん、ドラゴン退治ならジークライン殿下の実話路線がよいのではありません?」

「ジージョさん、それ素敵なアイデアですわぁ!」

「殿下は知名度も人気もおありですから、みんなに喜ばれるでしょうね」

「そうしたらさらわれ役のお姫さまはディーネ様で決まりですわね!」

「わ……私?」


 突然のことに戸惑うディーネを差し置いて、侍女たちはがぜん盛り上がった。


「お姫さまはやっぱり徳が高くて素敵な女の子でないとなりませんものね~」

「ディーネ様ならぴったりですわ!」

「でも、世間の皆さまはジーク様の偉大さはよくご存じですけれど、ディーネ様のことはあまり……」

「ディーネ様が素敵な女の子ってことが分かるエピソードもほしゅうございます」

「そういうのが冒頭にあると話もスムーズですよね」

「どういうお話がいいかしらぁ?」


 侍女たちはそれぞれに悩み始めた。

 四人の意見が一致するとちょっとやそっとのことではディーネにも止められない。


「むかしむかしあるところに、美しくて気高いお姫さまがおりました……」

「お姫さまはたいそうおやさしくて、民からも慕われておりました」

「そんなお姫さまをじっとりと気持ち悪く影から見つめるひとりの下郎……」

「ちょっと」


 雲行きが怪しくなってきた。


「下郎は手の届かぬお姫さまに恋をするあまり」

「下郎ってなによ」

「ある日無理やりお姫さまを手ごめに」

「官能小説か! 手ごめとかはナシ! 真面目に考えてよ!」


 ディーネが止めると、シスはすねたように頬をふくらませた。


「もう、ディーネ様、わたくしは真面目ですわ」

「どこがよ……恋愛小説なのにモブにレイプされてどうすんのよ。ジャンル変わっちゃってるじゃないの……」

「いやですわ。わたくしが普段読んでる小説ではよくあることですのに」

「よくわかんないけど、もうその本は読まない方がいいんじゃないかしら……」

「姉さま、てごめってなんですか?」

「ほ……ほらもー! 子どもの教育に悪いでしょ!? そういうのはだめだからね! イヌマ、てごめっていうのは北の方のお化けの名前でね……」

「怪獣ですか!?」


 弟たちの意識を怪獣のお話でうまく逸らせようとがんばっているディーネの横で、侍女の会議が続く。


「では気を取り直して。お姫さまは清廉潔白で信心深い方でした」

「なので、殿方とお付き合いしたこともなく、いまだ恋を知らない女性でした……」

「そこにジークライン殿下がさっそうと現れるんですのね! 素敵ですわぁ!」


 なんだか盛り上がっているが、自分の名前が妄想話に使われると恥ずかしい。


「出会ってはいけないふたりは、身分違いの恋に落ちてしまうのです」

「あら、でも、ディーネ様とジーク様は身分違いなどではありませんわ」

「そこは脚色というものでしてよ、こちらのジーク様は姫君に仕える騎士なのですわ」

「まあ、そういうのも素敵ですわね!」


 なんだかどこかで聞いたことがあるストーリーだ。悪竜退治のおとぎ話は世界各国にあるので似通うのも仕方ないのかもしれない。ユング心理学におけるアーキタイプというやつだ。


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