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祭りのあと 2


 ――なんだか今日はやけに絡んでくるなぁ。


 客からの視線が痛い。いちゃいちゃ甘ったるく抱き合う皇太子とその婚約者をほほえましく見ている者もいれば、眉をひそめている者もいる。


 エストーリオは今にも死にそうな顔をしている。お付きの司祭がしきりと心配しているが、なんでもないですと答えるので精一杯のようだ。


 ディーネはそこでひとつ思いついた。考えても推測の域を出ないのだから、ここからジークラインを連れ出して、直接聞いてしまったほうが早いのでは?


「……ジーク様、お召し替えをなさいません? だいぶ汚れてしまったようですし、ぜひそうなさいませ。ね? わたくしお手伝いいたしますわ。さあ、さあさあ」

「どうせすぐ帰るが」

「そんな、せっかくですから、ふたりっきりでゆっくりお話もしたいですわ。ね?」


 有無を言わさず広場から退出。

 若干強引にジークラインを連れ出すことに成功した。

 周囲はカップルがいちゃつきにいったとでも思ってくれたことだろう。


 ジークラインを手近な客室に押し込めたディーネは使用人に持ってこさせた適当な服を受け取り、全員部屋から閉め出した。これでふたりっきりだ。


 ジークラインのほうを振り返ると、いきなり顔を近づけられて、キスされそうになった。

 とっさにジークラインの口を手で塞ぐと、彼は嫌な顔をした。


「……何のつもりだ」

「それはこっちのセリフなんですけど……」

「ふたりっきりでゆっくりするんじゃないのか」

「ちがいます」

「人払いまでして」

「ちがうったら!」


 変なボケをかまさないでほしい。

 じりじりとドアのほうに後退しながら、ディーネは威嚇するようににらみつけた。


「さっきの野良ドラのことでございます。ジーク様、犯人がお分かりだったくせに、わざとお答えにならなかったでしょう?」


 今度は彼が驚く番だった。


「よく気づいたな。及第点をくれてやる」

「それで、犯人はエスト様なんですの?」

「いやー……あいつはただの馬鹿だろ」

「エスト様が馬鹿って、どういうことですの?」


 ジークラインはなぜか少し黙った。言いたくなさそうだ。


「犯人は? もったいぶらずに教えてくださいまし」

「まあ……お前が気にすることじゃねえよ。そのうち片付けておく」


 ディーネはちょっとムッとした。まるでディーネには関係ないと言わんばかりだ。


「うちで起きたことですのよ? わたくしだって気になりますわ。さっきはジーク様がエスト様をお試しになっているようでしたので、やっぱりあの方絡みかと思ったのですけれど……違いますの?」

「いや。俺のものを見せびらかしただけだが」

「俺の……もの?」

「隣に愛らしい婚約者どのがいるからには、せいぜい羨ましがらせてやろうと思ってな」


 ディーネはちょっと呆れた。まさかさっきのあれは、エストーリオに嫌がらせがしたかっただけなのか。


「くだらないことなさらないでくださいまし……わたくしてっきり何かの探り合いをしているものかと」

「探り合いだぁ? んなもんするまでもねえだろ。あいつの間抜けヅラ見りゃあ無関係だって分かる」

「では、犯人は?」


 あきらめずにしつこく尋ねる。またお前には関係ないと言われたらキレてやるつもりだった。蚊帳の外に置かれるのは面白くないし、俺のモノ扱いをされるのも不愉快だ。


 邪念が伝わったのか、ジークラインが折れたように唸った。


「教えてやってもいいが、絶対に相手に気取られるなよ」


 意外な念押しだった。そんなに大きな計画が裏で進行中なのだろうか? 戸惑いながらも口外しないことについては誓う。


「広間にもいたろ。アークブルムの騎士連中だ」


 ディーネは武装したものものしい集団を思い返す。彼らはジークラインの無茶苦茶な強さを目の当たりにして完全に色を失っていた。彼らが犯人だというのはにわかに信じがたいことだ。


 帝国の騎士が竜を使って国土を荒らすとすれば、それは反乱、謀反に他ならない。


「あいつらは前から戦争準備をしていてな。こちらの軍役義務要請は無視して、武器や魔法石の貯め込みをやってる。今回のもそれ絡みだろう」


 なるほど、ジークラインと一緒に戦ったことがなく、リサーチ不足だったのだとしたら先ほどの反応にもうなずける。


「ご承知の上で泳がせているのでございますか?」


 さっさと捕えて人員を入れ替えれば済む話だ。


「やり口が狡すっからい。なんだかんだと理屈をつけては法を逃れようとしてやがる。無断で城砦の拡張をやれば、それは立派な反逆罪だが、修道院の建設に偽装されちゃ帝国としても手が出ない」


 ディーネは先ほどエストーリオと交わした会話を思い出して、変な声をあげそうになった。

 ホウエルン卿がエストーリオから石材を買いたがっていたのはそういうわけだったのかと合点がいったのだ。


 彼ら城砦騎士は領主伯爵から城を守るようにと命じられた代理の城主に過ぎない。城砦の守護騎士は通常、あまり多くの武力を持たないように制限されている。それもそのはずで、下手に立派な城などを建設してしまうと、そのまま一地方として独立される恐れがあるのだ。隣国から守るために騎士を派遣したら、その騎士が寝返って土地を取られたというエピソードは、残念ながら結構あるのである。

 小さな砦を等間隔に並べて、万が一敵襲があった場合には両隣から応援が来るようになっているのが、一般的な辺境警備の在り方だった。


「他の方法で捕えるわけにはまいりませんの? 密輸でも何でも……」

「今手を出しても末端の実行犯しか捕まえられない。裏にはもっといろいろいる。オヤジの狙いはそっちだ」

「裏って……?」


 もっと大きな謀反の絵図が裏にあるというのなら、ディーネも無関係ではいられない。


「俺が教えてやれるのはここまでだ。とにかく騎士連中には気をつけろよ。それと教皇んとこのガキにもだ。だいたいな、お前は隙が……」


 またお説教かと身構えたディーネを見て、ジークラインは少し言葉を切った。


「……いや。お前はいい女だから、馬鹿なことはしないと信じている」

「へっ……あ、そ、そう……」


 ――何なの、急に……


 さっきと言っていることが真逆だ。


 ディーネは首をひねるしかない。いつものジークラインなら女はおとなしく俺の後ろをついてこいぐらいのことは言うところなのに、この対応は何なのだろう。褒められて悪い気はしないが、なんだか自分がおだてられて木に登る豚にでもなったような気分だ。うれしいけれど、踊らされるのはしゃくなのである。


 騎士たちの動きも解せないが、目下のところ、一番謎なのはジークラインの言動のほうだった。


 もやもやと据わりが悪い思いを持て余しつつ、広間に戻った。



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