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収穫感謝祭 5


 一般的に言って、ドラゴン退治は極めて難しい。

 相手の動きが速すぎるので、人間がついていけないのである。さらに魔法がほとんど通用しないのもネックだ。

 騎竜兵として戦える人間はそれなりにいるが、ドラゴン殺しの異名を持つ騎士は数えるほどしかいない。


 統率の取れた動きで騎竜兵が一匹のドラゴンを取り囲み、串刺しにする。

 一匹ずつ狙うのはいいが、残りの四匹が遊んでいる。

 バチバチと紫電を飛ばして結界に体当たりを繰り返していたが、何度目かで魔術師隊が競り負け、フッと消失した。


 ドラゴンが吼え猛り、すかさず火炎を上から吹き下ろす。魔術師隊が結界を張り直そうとしているが、時間がかかっている。


 ディーネはこの瞬間、ああ、もうだめだな、と思った。

 何をしても間に合わない。間に合うわけがない。


 反射的に目をつぶり、来るはずの衝撃に備えていたが、ディーネの予想に反して、熱波などはやってこなかった。


 代わりに聞こえてきたのはどよめきだった。


 そういえばすっかり失念していたが、ここには戦神の誉れ高い男がいるではないか。偉大なる魔術師にしてドラゴン殺しの異名を持つあの男、そうあの男ならもちろんドラゴンブレスをせき止めるぐらいわけはない。


「……そう、ジーク様ならね。」

「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでもありませんのよ、エスト様……」


 ディーネが見つめる先に、大きな大きな魔法の痕跡が残っている。バームベルクの魔術師隊が張っていた防御結界よりもさらに大きく強靭な魔法の盾だ。


 ディーネと一緒に観戦していたアークブルムの騎士たちも騒いでいる。


「なぜ生きている?」

「まさか……」

「ドラゴンブレスだぞ?」

「直撃したはずだ」

「ありえない……」

「たまたまだろう……内張りの防御結界が作用したんじゃないか?」


 ディーネからすればいつも通りの光景だが、ジークラインのことをよく知らない人たちにしてみれば、やはり驚くべき結果なのだろう。

 ジークラインは伝説をいくつも持っているので、どこまでが本当なのかを知る人は少ないのだ。中にはすべてうそだと思っている人もいる。実際はだいだい全部本当なのだが。


 ドラゴンブレスが逆噴射したことで気流が乱高下し、バランスを崩した鉄竜が屋敷に落っこちてくる。今度こそ誰かが巻き込まれて死ぬかと思いきや、ジークラインが間一髪のところでぶん投げた剣が豪快にドラゴンへと突き刺さり、かなり後方の森まで吹っ飛んでいった。


「あの剣、飾りじゃなかったのか!?」

「人間が振り回せるサイズじゃない!」


 ういういしい反応をしているのはホウエルン卿ご一行だ。最近すっかりジークラインのすごさに慣れていたディーネも、彼らにつられてつい、うなってしまう。


「そうだよね、やっぱりあいつおかしいよね……」


 隣にいるエストーリオがふと真顔になる。


「なるほど、やはり人間の姿をした悪魔か何かでしたか。フロイライン、お祓いしたければ協力しますよ」

「まあ……エスト様ったら」


 ひどい悪口を言われていてもジークラインは強かった。


 騎竜兵がどうにかもう一匹を始末する間にドラゴン二匹が復活した防御結界を崩しにかかる。片方のドラゴンブレスが直撃し、数十秒ともたずに結界がとけてなくなった。


 鉄竜が無防備なジークラインめがけて急降下してくる。ドラゴンは知能が高い。厄介な敵をまず二匹で連携して倒してしまおうと思ったのだろう。

 ジークラインはいつの間にか取り戻していた愛用の大剣で(転移魔法を使ったのだろう)、一匹を袈裟掛けにした。


「……鉄竜を……斬り殺した……だと……!?」

「そんな馬鹿な……!!」


 鉄竜の鱗はその字のごとく、魔力を帯びた鉄でできている。並大抵の人間には鱗に傷ひとつつけられない。なので、ドラゴン狩りをするときはチームを組んで戦う。大勢で抑え込んで、特殊な竜殺し用の槍を使って、目玉や口の中を狙うのだ。


 鉄竜をチョクでぶった切る男など、ジークラインぐらいのものだろう。


「まさか……剣がドラゴンに通用するわけがないだろう?」

「あれは『ドラゴンの骨』だろう? 特殊な魔法金属の剣じゃないか。なあ……?」

「そうでなければあんな……」

「いくらなんでも……」


 騎士ご一行が戦慄のあまり剣の性能を過大評価する方向に行っているが、気持ちは分からないでもない。


 そうこうしているうちに残り一匹となった鉄竜が再びジークラインに襲い掛かる。鉄竜の死骸にがっちり食い込んだ剣を引き抜くのはあきらめて、ジークラインは素手でいった。アッパーカットが鉄竜の顎に決まって、ぐらりとよろめく。


「素っ……!?」

「殴ったぞ……!?」


 人間の拳のほうがやわらかいので、普通に手が潰れそうなものだが、ジークラインは平気そうだ。ライオンやクマなどでも素手で仕留めるやつがいたら変態だと思うが、ジークラインのはもはやそんなレベルを超えている。


 ジークラインはよろめいた鉄竜を蹴りつけ、うつ伏せにし、右翼を両手でがっしりと掴んだ。


「蜥蜴ごときが俺の頭上を飛んでんじゃねえよ。のた打ちまわれ」


 ドラゴンと戦っているうちに距離が近づいたのか、ジークラインの声が風に乗ってかすかに聞こえた。

 何をするのかと思えば、足蹴にした本体から全力で翼を引きちぎろうとしているではないか。


「えっ、千切……」

「……れるわけないだろ!?」

「マジかよ……」


 騎士たちの語彙が少なくなってだんだん小学生じみてきた。

 ジークラインは暴れるドラゴンを力で完璧に抑え込み、翼を丸抱えにして引っ張ること十数秒、ついに、ブツリ、と羽根の根元が割けた。

 血しぶきが派手に飛び散り、鉄竜が痙攣する。


 羽根をもがれた鉄竜は、ほどなくして完全に動かなくなった。


 返り血を浴びて荒い息をついているジークラインにお付きの騎士が慌てて白い布を差し出す。


 遠くから聞こえてくる悲鳴はもう恐怖からのものではない。ジークラインの名前と、ドラゴン殺しの異名があちこちで繰り返される。


「あいつは色んな異名を持ってるけど……」


 ディーネがぽつりとつぶやくと、騎士たちがぼんやりと振り返った。


「……単純に、すっごく強いってのが、人気の九割なんじゃないかと思うんだよね」


 喧嘩が一番強いから人気。

 なんとも分かりやすい構図だ。

 そこには何の説明もいらない。


 騎士たちもそのことは身にしみて感じたようで、完全に打ちひしがれてしまっている。

 寒々しい沈黙に支配された空間に、農民たちの万歳のコールだけが虚しく響く。


 ――ドラゴン殺し! ジークライン! ドラゴン殺し! ジークライン! ……


 血まみれのジークラインに誰かが飛びついた。姿は小さくてよく見えないが、おそらくイヌマエルだろう。もはや大騒ぎになっていてディーネが近寄っていけそうにない。


 混乱を極めた会場も、すっかり熱狂に呑まれてしまっていた。

 この分だと鉄竜の襲撃がちょっとしたアトラクションとして片づけられてしまいそうだ。


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