閑話 ~領地改革系転生少女ができるまで~
ディーネの前世は日本人だった。同居している祖母が日本語教室の教師をしていたため、私的なスペースである自宅のほうにもしょっちゅう日本語学習希望者が来ていた。彼ら彼女らは目が青かったり肌の色が違ったり出自も来歴もさまざまだったが、みんなに共通して言えるのは、なぜか『日本の漫画が大好き』だという点だった。
外国にやってきて現地の言葉を習おうという人たちはやっぱりみんなどこかアグレッシブでパワフルで、ディーネもわけの分からない外国語をわめきちらしながら身振り手振りで猛烈に話しかけてくる日本語学習者の相手をするうちに、自然と色んな国の言葉を覚えた。あくまで日常語をぽつぽつ知ってる程度で、きちんと話せるわけじゃないので、自慢できるようなことではないが。
ついでに漫画の知識も増えた。
何しろ彼ら彼女らは、本当にそのことばかり聞いてくるのである。
日本人のくせに公安九課の存在も知らないのか? と真剣に言われてよくよく調べてみたら、架空の近未来日本に存在する架空の部署だったりするのだ。知るわけないわそんなもん。現実と虚構を一緒にしないでほしい。
――ある日、日本語教室に、金髪碧眼のかわいらしい少女がやってきた。
彼女は自分を、『ベルギーの王女です』と名乗った。
へーすごい! ベルギーってどこだろ! と思ったディーネが、携帯用ゲーム機を無料開放のLANスポットにつなげ、わくわくしながらAボタンBボタンでつたなくインターネット検索を試みると、そこにはまったく違う女性たちが王女として紹介されていた。
ベルギーの王女だというのは大嘘だったのだ。
冷静に考えたら当たり前なのだが、純粋だった前世の小学生のディーネはたいそうショックを受けた。
次に会ったとき、なんでそんなうそをつくのかと少し腹を立てて尋ねると、彼女は泣き真似をしながら流暢な日本語で語ったのである。
自分は王位継承権のない庶子の娘だから公式のホームページには載せてもらえないのだと。
王位継承権?
庶子?
もちろん小学生にはベルギーの王位継承事情など分かるはずもない。そっかあ、かわいそうにねえ、と思いつつ、なんとなく不安にかられて一生懸命調べてみた。またうそをつかれているかもしれない、と警戒するぐらいの脳味噌はあったのである。
おーいけーしょーけん。そしてしょし。
そして調べつくした結果、ひとつの結論に至った。
――やっぱりあの子またウソついてるー!
その後もその偽王女のうそは続いた。
偽王女のことは強烈な原体験として記憶に残っている。ディーネは日本語教室にやってくる生徒さんたちから故郷のお話を聞いたら、必ず検索してみるクセがついてしまった。どんな大嘘をつかれているか分かったものではないからである。
そして思ったのは、色んな国があって、色んな人がいるのだということだった。
ディーネの前世は平凡な日本人の少女だった。
漫画と歴史、そして少しばかりのツッコミをたしなむ日本人だったのである。