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ちょっとひと休み


 セバスチャンが庭でぼーっとしている。


 屋敷の外庭、真っ白なリネンが干されている芝生の上で、洗濯ものの見張り番でもしているのか、シーツの海の中にぽつんとひとりセバスチャンがいた。今日の彼は非番である。というのも、十月の第一週は秋の断食を行う時期なので、宴会の依頼が来ないのだ。


 どうせなので一週間お休みにしてあげた。


 彼はだいぶうろたえており、「することがないんです……」と情けない声で言っていた。

 そこでディーネは彼にお屋敷の施設を好きなように使っていいと許可しておいた。屋敷には図書室もある、ビリヤード台やチェス盤を備えた遊戯室もある、日当たりのいいカフェテラスもある、楽師や宮廷人が常駐しているサロンもある。


 ところが彼は屋敷にいると何だかんだで使用人たちから手を貸してほしいと頼まれるらしく、今もああして洗濯ものの見張り番などやっている始末である。身に染みた社畜根性はなかなか抜けないらしい。


 ディーネは執務用の離れの窓からその様子を見下ろしていた。


「あの子、あれで楽しいのかしら……?」


 ボケーッと座っているセバスチャンを心配して、思わずディーネが隣にいたハリムに話しかける。


「何をしていいのか分からないという気持ちは、私にも分かります」


 彼もまた公爵家で二十四時間勤務をする社畜であった。

 ディーネは泣いた。


「……労働基準法を定めないといけないわね……」

「知らない法律ですね」

「人間は一日に八時間以上働いたらいけないのよ」

「私どもは人間ではありませんのでご安心を」


 笑えない冗談だった。奴隷出身の彼には家事労働は奴隷がするものという差別意識が染みついているらしい。もしかしたらセバスチャンもそうなのかもしれない。


 ハリムとの会話を終えて視線を戻すと、いつの間にか芝生に猫が出現していた。シャム猫風の黒い足でとてとてと歩いている。その先に白いリネンの海があった。猫は寒い時期になると洗濯物の下にもぐり込んでくるらしく、この時期の芝生干しには見張りが不可欠なのだということだった。ちなみに芝生干しとは、白い衣服を芝生の上にさらすことにより、オゾンで漂白するという洗濯テクである。


 セバスチャンが抱えていた本を放り出した。


 シャム猫を捕まえようと、じりじりと距離を詰める。


 ぱっと飛びかかったセバスチャンをひらりとよけて、シャム猫は白いリネンの下にずっぽりともぐった。


 セバスチャンが白い布を持ち上げると、猫はさらに隣の洗濯物に移った。今度はシーツごと包み込んで捕獲する作戦に出たのか、セバスチャンががばっともちあげると、モゴモゴと白いシーツの内側がうねり、やがて猫だけぽろりと落ちた。猫は全体が柔らかく、つかんだと思ってもウナギのようにヌルリと抜けることがよくあるので、油断がならないのだ。


 わめき声がする――だめです、やめてください、困るんです!


「……猫に敬語で話しかける執事っていいなぁ……」

「楽しそうで何よりですね」

「必死な本人には悪いけどね」


 ――それは遊び道具ではないんです! かまないで! ほら、よこしてください……ああ!


 悲鳴が耳に心地よい。


 足跡だらけのシーツと格闘するセバスチャンを横目に、ディーネは書類の確認に戻った。


***


 終課の鐘が鳴ってだいぶ経ったころ、全部の作業を終えてディーネが屋敷に戻ってみると、執事室から明かりが漏れているのに気がついた。


 せっかく休みをあげたのにまた仕事をしているのかとあきれ半分にノックをしてみると、セバスチャンが顔を出したが、なぜか後ろに染み抜き中と思われるシーツが大量に干してある。

 思わず吹き出すと、セバスチャンはさっと赤くなって後ろ手にドアを閉めてしまい、部屋の中を見せないようにした。


「あのシーツ、どうしたの?」

「いえ、その……なんでもありません」


 つぶやいたセバスチャンがものすごく恥ずかしそうだったので、それ以上の追及はやめてあげた。


 自慢ではないが、ディーネは寛大な性格をしているのである。



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