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ご機嫌伺い 2

「まあ、なんだ。とりあえず、ゆっくりしてけ。な?」


 小姓の手によってぞくぞくと運び込まれるお菓子やらお茶やらを、ジークラインは熱心に勧めた。


「なに、心配はいらねえよ。自分でどうにかしようと思いつめるこたあねえ。俺に任せておくことだな」

「……ジーク様がどうにかしてくださるんですの?」

「ああ、そうだ。この俺に任せておけば解決しないことなんざひとつもねえよ。よく相談しにきたな。お前は最良の選択をしたんだ」


 ふだんと様子の違うジークラインに、ディーネも警戒心を抑えきれない。喋り方がやたらとくどいのはいつものことだが、どことなく本心から出た言葉ではないような、うそくさい感じがする。


「心配すんな。不安になったらいつでも俺を呼べ」


 親切極まりない申し出に胸がときめいたことは、ディーネとしては認めがたかったので、さっくりと黙殺してお菓子を食べた。この男が格好いいなどということは絶対にない。ないったらない。


「……最近どうだ? 困ってることはないか」


 ――はて。この腫れもの扱いはいったい。


「とくには……」

「資金稼ぎは順調か? 悩みがあるなら言ってみろ」


 ――なにこの人。やさしい。

 ディーネがちょっと喜びそうになった直後、


「お前にできることはたかが知れてるかもしれねえが、この俺がいれば不可能なんざないに等しいってことを忘れちゃいねえだろうな?」


 いつも通りの上からな発言をいただいてしまい、とたんに白けた。


「この俺の顧を受けられて、お前は幸運だな、ディーネ?」


 これだ。

 昔からジークラインはディーネのことを取るに足りない女だと思っているきらいがある。彼と比べられると確かにディーネは分が悪く、できることもたかが知れてるのだが、それでもこう面と向かってはっきり言われてしまうと面白くないものがあった。


「資金稼ぎは順調ですわ。おそらく早い段階で良いお報せができるかと」


 これは真実なので、ディーネは胸を張って回答できた。


「金貨一万。いまこうして振り返るならば、はした金でしたわね」


 ジークラインは言葉もない。

 どことなくショックを受けているように見えるのは気のせいだろうか。この男に限ってそんなことはないだろうと思い直して、景気づけにお菓子を食べる。


 皇宮で出てくるお菓子は、当然ながら帝国では一番贅沢である。

 しかしあいにくと今は秋の断食週間であるため、わびしいお菓子が並べられていた。

 断食の解釈は国によってだいぶ様変わりするが、帝国基準の断食は動物由来の食品を断つ期間なので、牛乳や卵が使用できない。したがって出てくるお菓子もそれなりのものになる。

 焼きりんご――バターの代わりにオリーブオイルを添えて。

 チーズ風味のパイ。あくまで風味づけにチーズが使われた、斎日用の工夫レシピ。

 豆のピュレにハチミツを加えて作るケーキもどきを口にして、ディーネは悲しくなった。こんなに必死になって代用お菓子を作るほど、この国の断食日は多いのであった。


 お菓子を食べていたら、忘れていたムカつきがまたよみがえった。

 そういえば以前、ジークラインから彼女が展開しているお店の味について批評を受けたことがある。


 何やら難しい顔をしてむっつりと黙ってしまったジークラインに向かって、ディーネはきっと鋭い視線を送った。


「それと、ジーク様が先日おっしゃっていた、帝都で売り出しているお菓子の問題にも解決策が見えてまいりましたのよ」


 きょとんとした顔がたまらない。この自信満々の男が戸惑っているのを見ると、なぜかディーネは胸がスーッとするような気分になる。


「……お前が作ったやつとは味が違うって話か」

「それ! それなんですのよジーク様。しょっぱいケーキはやっぱりいただけませんものね。でもわたくしいいものを開発しましたの! ちかぢかお見せできると思いますわ! 首を洗って待っていらして!」


 おほほほ、と高笑いを添えると、ジークラインは何とも言えない、気が抜けたような顔をした。


「……見せに来るのか?」

「そうですわ!」

「……わざわざ? 何のために?」

「何って、それはもう……わたくしの自信作ですもの、あの新作で必ずやジーク様にとどめをさしてごらんにいれます!」


 そのときのジークラインの苦笑はなんとも形容しがたい。

 あえて言うなら、馬鹿だなあ、といったような、緩んだニュアンスがあった。


「殺されんのか、俺は」

「お菓子を笑うものはお菓子に泣くのですわ!」

「いやまあ、何でもいいけどよ……お前は俺と縁を切りたいのか切りたくねえのかどっちなんだ」

「縁を切るなんていつ申しあげました?」


 ジークラインは盛大に吹きだした。

 さっきまで怒っていたかと思えば笑い転げているのだから、忙しい男である。


「あーそうかよ。あいっかわらず訳がわかんねえな、オイ」


 笑いすぎじゃないだろうか。ここまで爆笑されるとディーネとしてもちょっと面白くない。


「いーじゃねえか、そこまで言うからには中途半端なものは持ってくるんじゃねえぞ。帝国皇太子のこの俺にふさわしいものを供せ。生半可なもので俺を満足させられると思うなよ」

「あっ、当たり前でしょう!? あとでぜーったいおいしかったって言わせてやるんだからね!」


 なんとなく馬鹿にされているようなのが面白くなくてディーネがムキになると、ジークラインは今度こそ声を立てて笑った。


「ああそうだな、半年もこの俺を待たせたんだから、さぞや立派なものが出てくるんだろうな?」

「なっ……」


 半年もとはいうが、これでも開発には苦労しているのだ。


「なんだ、もしかしてまだかかりそうなのか?」

「いっ、いいわよ、そこまで言うならすぐにでも持ってきてやろうじゃないの!」


 売り言葉に買い言葉。

 以前にもこのパターンで失敗したことがあるような気がする。

 ディーネは心の底からしまったと思った。

 ジークラインの目つきがやけにやさしい。これは確実に馬鹿にされている。悔しさで頭にカッと血がのぼった。


「やっぱりやめたし! 持ってこないし!」

「おい、一度口に出したことを違えるほど落ちぶれたのか、お前は」


 しかも以前にディーネが口走ったことをそのまま言い返されている。


「いいんですー! 私は許されるんですー!」

「ほお、そうか。俺と張り合おうってえ気概はなくしたのか。俺はそれでも構わねえけどな?」

「ぐ、ぐううう! ムカつく!」


 結局、今週末に開催予定の収穫感謝祭でお披露目することで話がついた。


 ――なぜだ。



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