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公爵夫人はかわいい子がお好き 2

 母親に見直されるようなことなどあっただろうか?

 公爵令嬢のディーネはザビーネの発言を待った。


「婚約破棄の通告をつきつけるなんて、ディーネちゃんたらやるじゃない」


 混乱しているディーネをくすりと笑って見上げ、ザビーネは言葉を続ける。


「だって、ディーネちゃんが毎日一生懸命神さまにささげてきたお祈りではついに買えなかった大きな関心を、皇太子殿下から引き出してみせたじゃないの」


 ディーネは目をぱちくりした。なるほど、押して駄目なら引いてみろと言うが、デレデレなアプローチ一辺倒だったディーネが、違う方法で気を引けるようになったことを褒められているらしい。


「いえ、お母さま、私は気を引くための演技とかでなく、本当に本気で婚約破棄をしようとですね……」

「あらあら、とぼけるの? でも、そうね。皇太子殿下を相手に駆け引きをするのですもの。まずは自分自身を・・・・・完全に・・・だましてしまう・・・・・・・くらいでないと、なかなか難しいわよね? 確かあの子にほとんどうそは通用しないってベラドナちゃんから聞いたことがあるわ」


 ベラドナちゃんとは、ワルキューレ帝国の皇妃であり、要するに皇太子殿下のお母上である。ハリウッド女優みたいな派手めの美人で、少女のように無垢でかわいらしいザビーネとは対照的だが、ふたりはとても仲がいい。たしか出身が同じ地方であったという話をしていたような気がする。ベラドナはその地方の言葉で『美人』を表し、ザビーネもそちらの発音だと清音の『サ』ビーネとなり、『女の子』というような意味合いの単語になるようだ。


「殿下はね、とっても動揺しているみたいよ。頻繁にディーネちゃんの様子を聞きにやってくるそうなの。本人は隠したがってるみたいだけど、バレバレなんだって言っていたわ。おかしいわね」

「わあ……」


 確かにそれはかわいらしいことだ。だがしかし、母親におもちゃにされるのはあの年頃の子としてはだいぶつらいんじゃないだろうか、とディーネは気の毒に思った。しかもその様子がまわりまわってディーネのところに届いているなどと、本人は夢にも思わないだろう。女のネットワークというものは概してそういうものなのだ。


「あの子は生まれついてからずっと賞賛されるばかりの人生だったでしょう? プライドが高いから、他人に相談できないみたい。あなたがジーク様ジーク様ってあとをついて回っていたこともみんな知ってるから、振られそうだなんていまさら格好悪くて打ち明けられないのでしょう」


 浮き彫りになる皇太子殿下の寂しい日常。ディーネは後悔した。そんな事実知りたくなかった。若干かわいそうになってきてしまったではないか。


「ほんとにあなたはうまくやったわね。さすがはわたくしの娘だわ。皇宮の小悪魔の称号を継ぐ日も近いわね?」

「……変なスキルが開眼しそう」

「スキル……?」

「いえ、こちらの話です」


 称号を獲得すると新しいスキルが手に入ることもある、なんていうのはゲーマーだけのお約束だ。


「ねえ、ディーネちゃん。今の皇太子殿下が、エストーリオ様のご逗留について知ったらどう思うかしら?」


 それはまずいと、ディーネは思ったが、ザビーネの意見は違うらしい。


「きっと面白いものが見られるわよ。せいぜい困らせてさしあげたらよろしいのではなくて?」


 うきうきと楽しそうなザビーネを見ているうちに、ディーネは気が重くなってきた。

 試しにジャブを打ってみることにする。


「あの……お母さま。もしもの話ですけれど……もし私が、本当に婚約解消させてしまった場合は、どうなるとお思いです?」

「どうかしら……公爵さまをカンカンに怒らせて、勘当されてしまうかもしれないわね」

「勘当」

「それで済めばよいほうだけれど、ありもしない不貞をでっちあげられて、魔女扱いで責め殺されることもありうるわね。だって皇太子殿下に示しがつかないですもの。皇帝家と良好な関係を築いていたい公爵さまとしては、娘を焼き殺すこともやむなしかもしれないわ」

「魔女扱い」


 どれもありうる話だったので、ディーネは肌寒くなってきた。


「どうしてもというのなら、エストーリオ様を味方につけるか、それなりにご立派な王国の方に嫁いでいくのが一番ではないかしら?」


 ディーネは無意識のうちにぶんぶんと首を振りたくっていた。絶対に嫌だ。


「あら、嫌なの? いいじゃない、エストーリオ様。素敵な方よ」


 ディーネは小刻みな十六ビートで首を振った。

 ロリコンのストーカーのどこが素敵なのか。その趣味は解せない。

 彼は教皇との強力なコネクションを持っているので、宗教裁判のもみ消しなどでは非常に頼もしい味方となってくれるだろうが、ディーネはたとえロースト魔女にされるとしても絶対にお断りである。


「でもそうね、どんな結末になったとしても、わたくしはあなたを応援するわ」

「お母さま……」

「ディーネちゃんはとってもしっかりした子だから、きっとどこでもうまくやっていけるわよ」

「お母さま。勘当が前提のようなお話はおやめくださいまし」

「だってディーネちゃん、お針子仕事は得意でしょう? 典礼言語もペラペラだし、どこの修道院に行ってもやっていけるわよね」

「修道院行きが確定かのようなお話もおやめくださいまし」


 ザビーネはひとしきり話して気が済んだのか、これでおしまいだというように、戸口へ向かって歩き始めた。そこでふと歩みを止め、振り返る。


「そうそう、来週の収穫感謝祭のミサはエストーリオ様にお願いすることにしているわ。大きな宴会を開いていただけることになっているの」


 ザビーネの告知はあんまりにもあんまりだった。


 ――収穫感謝祭とはその字のごとく秋の豊穣を祝う祭日だ。バームベルクでは地代の支払日になっており、収穫した穀物や鶏、役人が集めた塩税や通行税などを支払ってもらう時期となっていた。

 九月の末日ごろにある聖天使の日に収穫感謝祭が行なわれ、その後、十月の第一週の日曜日まで、『秋の斎日』と呼ばれる期間に突入する。

 この『秋の斎日』は、教会主導のお祝い事だ。メイシュア教における斎日とは、肉や卵などを食べてはいけない期間のことを言い、魚と野菜だけでつつましく過ごすのが通例となっていた。もちろんお菓子なども禁止である。


 秋の斎日の最終日となる十月第一週日曜日のミサは、断食から解放される記念すべき日であり、教会からねぎらいとしてパンやワインがたくさん振る舞われる。


 ザビーネが言っているのは、このミサのことだろう。この司式をエストーリオが務めることに決まったらしい。


「皇太子殿下もご招待したから、もしかしたらいらっしゃるかも」

「むごい……中止にしましょうよそんなの」

「無駄よ。もう送ってしまったもの」


 きゃらきゃらと楽しそうに笑うザビーネ。

 それを恨めしく眺めながら、当日は病欠するか、地方に高跳びしようとさっくり決意するディーネであった。



収穫感謝日

プロテスタント系のお祝い(=中世にはなかった)ですが、都合により一部脚色して採用しました。

秋の斎日はローマ・カトリック系共通のお祝い事で、どうやら中世期にも存在していたようです。



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