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公爵夫人はかわいい子がお好き 1


 昼下がりにディーネが母親のザビーネ公爵夫人を訪ねていくと、彼女は自室で静かに詩の勉強中だった。彼女を取り巻いているのは侍女や桂冠けいかん詩人たちだ。


「お母さま、少しお話が」


 人払いを頼んで奥の間に引きずっていく。話題にはあらかた予想がついているのか、公爵夫人はディーネが何も言わないうちから困ったように首をかしげた。


「まだね、セバスチャンの代わりは見つかりそうにないのよ」


 ディーネはまさに執事の後任や家令補佐を探してもらおうと思っていたところだったので、出鼻をくじかれた。


「そうなんですか? 屋敷のスタッフにも?」

「あら、全然だめよ。セバスチャンみたいな子なんてめったにいないの。奇跡の逸材だったのよ……」


 ザビーネは悲しげにため息をつく。


「わたくしのお気に入りだったのに、ディーネちゃんに取られちゃってお母さまは悲しいわ。どこかに若くて有能な子はいないかしら」

「……執事は別に、若くなくてもいいのでは……?」

「あら、いやよ。わたくしはかわいい子が好きだもの」


 屋敷の使用人は見た目や年齢がかなり重要な査定条件になっているらしく、皆なぜか一様に容姿が美しい。それは侍女や雇われの楽師たちに至るまで例外ではなかった。


「とりあえず間に合わせで誰か使えそうな人材を入れてもらうわけにはいかないでしょうか。何なら来年の復活祭まででも構わないんですが」


 復活祭とは、春が来たことをお祝いする行事だ。ディーネはこの時期を期限と決めている。


 ザビーネはちょっと頬をふくらませた。


「なら、ディーネちゃんが自分で執事さんを探して、ご自分のお仕事を手伝ってもらえばよろしいわ」

「そんな、困りますお母さま」

「わたくしもがんばって探しているから、もう少し待ってちょうだいね」

「はい……」


 どうやらもうしばらくセバスチャンの忙しい日々は続きそうだ。


「ああ、そうそう、ディーネちゃんに言わなきゃいけないことがあったんだわ」


 ザビーネはそそくさとお部屋の書き物机から何かを取り出した。巻物はお手紙のようだ。するすると広げられた書面で真っ先に目に入ったのは、ゼフィアの大司教主座のシールと、大司教主エストーリオの個人印であった。


「大司教主さまが公爵家にお見えになるそうよ」

「はあ……」


 ゼフィアの大司教主、エストーリオ。

 彼はバームベルクでも有数の高位聖職者だ。現教皇の甥で、将来は教皇位につくことも確実だと思われている。

 ディーネは仕事で近頃よくエストーリオと顔を合わせていたので、改めて客人として屋敷に来ると言われてもピンと来ない。おそらく公爵夫妻のほうに用事があってのことなのだろうが、何の用だかはさっぱり不明だ。


「今年の冬はわたくしたちの屋敷で過ごしたいのですって」

「ははは。冗談きついですね」

「公爵さまも喜んでいたわ」

「ははは……って、なんですと……?」


 そういえば彼がディーネの誘拐未遂騒ぎを起こしたことは、ディーネと皇太子しか知らない。なのでパパ公爵が教皇の甥とお近づきになれるチャンスを喜んだとしてもおかしくはないのだが……


「まさか泊めたりしませんよね……?」

「あら。歓迎するってお手紙、もう出してしまったわ」

「えええええ、ちょ、お母さま!」


 ディーネはちょっと悩んだが、言ってしまうことにした。


「でもあの人……わ、私に、気があるって……」


 こういうことはひとりで悩むよりも経験豊富な公爵夫人に任せてしまったほうがいいに違いない。パパ公爵は何かまた戦争するとか言い出しそうなのであてにならないが。


「ええ、そうでしょうね」


 ところが公爵夫人はあっさりと流した。


「えっ、ご存じでしたの、お母さま」

「あなたがちっちゃい頃からそんな予感が母はしておりました」

「分かってたんなら止めてよ!?」


 どういうことだとディーネは憤慨する。年端もいかない娘とロリコンを一緒にしておくなんてどう考えてもおかしいだろう。


「あら、エストーリオ様は安全な方よ。自分に気のない女の子を無理にどうにかする根性なんてあるわけがないわ」

「お母さま。性犯罪を気合いとか根性で表現しないでくださいまし」

「あらあら。でも本当のことよ」


 ザビーネは悪びれた風もない。


「ねえ、ディーネちゃん。わたくし先日公爵さまに泣いてお願いされてしまったの。最近のディーネちゃんは皇太子さまに失礼が過ぎるって。かわいげのない態度はやめさせてほしい、んですって」


 ディーネはぎくりとした。

 彼女が皇太子のジークラインに婚約を破棄したいだとかあーだこーだとワガママを言っているのは事実だ。公爵令嬢と皇太子の婚約は、もしも片方の子孫が絶えたら片方がすべてを継承するという暗黙の取り決めであり、大国を維持するための最重要保護政策であり、さらに公爵家と皇帝家の友好関係の確認儀式でもあるから、ディーネ個人の感情的な行動でそれをぶち壊すことは許されない。


 これは激しく説教されるかと覚悟して身を固くした直後、ザビーネはからころと笑った。


「申し訳ないけれど、わたくしおなかを抱えて笑ってしまったわ」

「お母さま……」

「殿方はいつだって何にもお分かりでないのね。公爵さまも、皇太子殿下も。滑稽なこと」


 ザビーネはふたりきりの部屋を見渡して、歩き回って扉や窓の開き具合を確かめ、誰も聞き耳を立てている様子がないことを確認してから、さらにディーネに寄り添った。耳元でひそひそとささやく。


「お母さまはあなたを見直したわ」


 ディーネはまったく意味が分からない。なぜ褒められているのだろう?





イースター(復活祭)

ヨーロッパで一番大きなお祭り。ケルト・ゲルマン等、各地の神話にキリスト教文化が習合してできたもの。移動祭日なので国や宗派によって日付や内容が大きく異なる。

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