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あざといお嬢様


 ――私の欲しかったものはもう手に入らない。


 つまり彼は自分をこっぴどく振ったディーネに恨みごとを言っているのだ。


 ディーネは前世でもあまりヤンデレ関連のものは見聞きしてこなかった。だから、彼をどう扱えば正解なのか分からない。


 ジークラインに相談したところ、「やめておけ」と言われてしまった。


 ――お前の手には負えないだろ。こじれるのがオチだから、妙な欲は出すな。


 ジークラインは一切関わり合いにならない方法をしきりに勧めていたが、そういうわけにも行かないとディーネは判断した。


 いちかばちかやってみるしかない。


「……あなたには失望しました、エスト様」


 ディーネが冷たく言い放つと、彼は目に見えてビクついた。


「エスト様の評判はわたくしも聞き及んでおりましたのよ。信徒思いの良き教主様だと……でも、とんだ見込み違いだったようですわね」


 ディーネは出来る限り驕慢に見えるよう、ふんぞり返った。


「もしもエスト様がわたくしの思い描いていた通りの、農奴たちのために献身する素敵な教主様であったら、ご一緒しているうちに過去のことを忘れてしまうかもしれないと思っていたけれど……」


 自分で言いながら、あざとすぎるだろうかと心配になったディーネがエストーリオをちらりとうかがい見ると、彼は美しい顔を引きつらせていた。何かの心理的な効果はあったらしいが、どういう影響を及ぼしたのかまでは分からない。


「もう結構でございます。やる気のない方にその椅子は相応しくありませんわ。一日もはやくどいていただけるように尽力いたします……それでは、ごきげんよう」


 ディーネがきびすを返すと、エストーリオは――


「待ってください、フロイライン!」


 珍しく、大きな声を出した。


「今の話は――本当なのですか?」


 食い気味に問い返されて、ちょっとディーネは引きそうになったが、我慢した。


「え……ええ。わたくし、どうも物覚えが悪いみたいで。先日も商人組合の皆さんにさんざん嫌がらせをされたのですけれど、あまり腹を立てる気にもなれなくて。今ではとても仲良くやっておりますの」


 言外にエストーリオともそうなれるかもしれないと匂わせる。


「真面目な方、誠実な方は好きですわ。ともに学んでいたころのエスト様はそんな方でしたわね……」


 エストーリオは冷たい印象の瞳を見開いた。キラキラして見えるのは、瞳が輝いているせいか。

 ――効果はばつぐんだ!

 茶化してみたくなるぐらい、エストーリオの感情の変化は分かりやすかった。


「もう一度だけお願いいたします……わたくしにはあの印刷機がどうしても必要なの。力を貸してくださいませ、エスト様」


 ディーネが手を組んで懇願すると、彼は――


 声を出すことも忘れて、子どものようにこくこくと、何度もうなずいたのだった。


 ――すごくあっさり了承してくれたけど……


 大丈夫なのだろうかと思考が弱気になりかけ、ディーネはいけないと思い直した。これから自分ががんばって仲良く『していく』のだ。彼はもともと他人に触れることができないほど臆病なひとなのだから、ディーネが気を強く持てば主導権を握ることもそう難しくないはず。


 ――こうして、若干の不安を残しながらも、印刷機における同盟関係が成立した。


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