教会に課す制裁
ディーネがジークラインに相談した、教会への制裁。
それは帝国が誇る天才軍師のジークラインをして呆れさせるに足るものだったらしい。
しかし彼は事態がどう転ぼうとも収束する自信があるらしく、最終的には『お前に任せる』と言ってくれた。
「しっかし、変なことばっかりよくもまあ思いつくもんだ」
「それはジーク様が世界の広さをご存じないからそう感じるだけですわ。世の中にはジーク様が想像もつかないようなことがまだまだたくさんあるんですのよ」
前世知識持ちのディーネがしれっと答えると、そんな事情はまるで知らないジークラインは苦笑いして肩をすくめた。
「そうかよ。そいつは退屈しなくていいな」
それから少し寂しそうにつぶやく。
「……この世界は、俺にはちっとばかり退屈だ」
何でもできすぎるから世の中が阿呆ばかりに見えてつまらない。そういうようなことを言いたいのだろうと察して、ディーネはちょっと鳥肌が立った。
本当にいちいち厨くさい男である。
「ジーク様のその思い上がり、いつかわたくしが正してさしあげたいですわ」
ディーネが絡むと、ジークラインはますますおかしそうに笑った。
「ははは、そりゃいい。少しは気がまぎれそうだ」
言葉とは裏腹に、ジークラインはさほどディーネの言うことを真に受けていない様子だった。それがディーネには不満だったが、まあいい、と考え直す。いつか本当に目にもの見せてやればいいだけだ。
この男をびっくりさせて、心からの気持ちで『すごい』と言わせてやれたら、さぞ楽しいに違いない。そんなことを目論むディーネを見て、ジークラインは何を思ったのか、まぶしそうに目を細めた。
***
ゼフィアでの監禁未遂事件から数週間後。
バームベルク公爵領・ゼフィア地方に、伝道師たちが跋扈していた。
カフェで。井戸ばたで。安息日の礼拝堂で。宿屋で。
街の広場で。
ありとあらゆる場所で、托鉢の修道士たちが声を張り上げる。
彼らは人々のお布施で街から街へさすらい歩く流しの修道士だ。街頭でお説教をする代わりにおひねりをもらって生活している伝道師らの口上は見事なもので、通りすがりの人たちもつい聞き惚れ、次々に足を止めている。
同じ現象が各村落にも見られた。村人たちが広場に殺到し、黒山の人だかりが築かれる。
農奴や商人たちがささやき交わす世間話は、伝道師のことで持ちきりだ。
「おい、聞いたか、例の説法」
「おお、あれな」
――今から百年ほど前に、教会が活版印刷を禁止した理由。
それは、翻訳聖書の危険性が取りざたされたからだった。
それまでは一部の特権階級でなければ読めなかったはずの聖書。
それが庶民にも読める言葉で広く出回ってしまうと、どうなるか?
「なんでも、聖書にはどこにも『贖宥状を買えば救われる』なんて書いてないらしいじゃねえか」
「本当なのかい?」
「さあな……でも、本当だとしたらえらいことだよな」
「俺たちずっと、意味のないもん買わされてたってことだもんよ」
――インチキが平信徒にバレてしまうのである。
地球史においても、活版印刷によるルターのドイツ語訳聖書の普及が、宗教改革のきっかけを作った。
宗教で使われる言語は、最初こそ現地の話し言葉と同じものであっても、長く信奉されているうちに古くさくなって忘れられてしまうことがある。
典礼言語の死語化は日本の神道を含め、おおよそ世界中どの宗教にも見られる現象なので、ワルキューレのメイシュア教においても典礼言語聖書の日常語翻訳が禁止とされたのも、歴史の必然であったと言えよう。
また、活版印刷がない中世の時代にも、宗教改革は何度か起きている。
そのときに活躍したのは、各市町村の通りに立って、大声で説教をして回る托鉢の修道僧の一派だった。ある宗派は公然と教会に批判を浴びせ――ある宗派は徹底した清貧を掲げ――またある宗派は羊飼いに偽装して山間を広く移動しながら、独自の教えを布教していった。
印刷術が普及する前の世界の情報伝達は、主に『演説』や『説教』、『語り聞かせ』によって行われていたのである。
だからこそ聖書の預言者も頻繁に言っているのだ。
――聞け、人の子よ、と。
中世期の指導者に必要とされた能力は、外見と、何よりも『説法』の能力だった。本や新聞はおろか郵便でさえろくに届かず、識字率も極めて低い世界では、弁舌さわやかであることが何よりも求められたのである。
エストーリオに加える制裁について熟慮した結果、ディーネは托鉢修道士たちの巧みな演説の力を借りることにしたのだった。
「……お疲れさまでした、皆さん」
一仕事終えた伝道師たちに、ディーネは心づくしのご馳走を用意して待っていた。
「さあ、お好きなだけ食べていってくださいね」
ディーネは托鉢修道会の中でも教会に批判的な過激派を選んだ。
彼らは「裸の伝道師には裸で従え」をモットーにしており、報酬を受け取りたがらない。なので、衣食住の提供は行っているが、基本的には無給で働いてもらっている。
伝道師らに領主じきじきの免状を与え、あちこちの街を訪問させること十数日。
――現在、ゼフィア地方では、教会への批判が高まりつつあった。
これがビラを使ったプロパガンダとなると、まず端物を印刷するところから始めなければならないが、口頭伝達ならば転移魔法を駆使して農村をひとつずつ回り、各一時間も説教して回れば、もう完了する。演説を聞きにこられなかった人も村人から聞かされることになるからだ。即効性があるのも、辻説法のいいところだった。
――ピリピリしたムードがピークに達したころを見計らい。
「こんなところでよろしいでしょうか、先生」
ディーネが慇懃に頭をさげて尋ねると、彼女の師・ベルナールはうなずいた。
「くるしゅうない。つるぺったんにしてはない胸をしぼってよく考えたようじゃのう」
「知恵。知恵でございます、先生」
――やっぱりいつかアルプス山脈の頂上にぶっこんでやる。
この世界にアルプス山脈はないけれど。そんなことをにこにこ笑顔の下で考えつつ、ディーネはうやうやしく、ラバに乗る先生の鞍を支えてさしあげた。
なぜラバなのか? 詳細はディーネも知らない。なぜか聖職者はラバに乗るものと決まっているのである。
「さて、行くかのう、弟子よ」
「はい、先生」
そうしてディーネが師ベルナールと托鉢修道士三十数名と青鷲騎士団二十数名を引き連れて、ぞろぞろと向かった先はゼフィアの大聖堂だった。
ゼフィアの内外で教会批判が高まった影響か、大聖堂は閑古鳥が鳴いている。
ディーネたちが我が物顔で入っていくと、聖堂は騒然となった。
高みに据えられた教主の座にあるエストーリオは、あいかわらずの冷たく近寄りがたい雰囲気だったが、少しやつれているようにも見えた。
「そろそろこちらから出向こうかと思っていたところですから、手間が省けました」
男性にしてはやや高めの、凛とした声が響く。
「やってくれましたね、フロイライン。あなたのしていることは重罪ですよ。今この場で捕えてさしあげます」
「まさか。わたくしがみすみす捕まりにきたとでもお思いですか、エスト様」
せせら笑うディーネに、エストーリオは眉ひとつ動かさない。
連れてきた騎士たちは武装の解除を拒んだため、教会の外で待機しているが、何かあればすぐにでも中になだれ込める手はずになっている。
「久しいのう、エスト」
小柄なベルナールがディーネを押しのけて前に出ると、エストーリオはかすかにうめいた。
「……先生」
彼にとってもベルナールは師にあたる。思わぬ再会だったのだろう、エストーリオは瞑目して首を振った。
「先生の差し金ですか。道理で手際がよすぎると思っていました……」
「当たり前じゃ、小童め。わしを誰だと思うておる」
ベルナールはふんぞり返る。
「貴様に異端審問の実務を教えたのが誰か、よもや忘れたとは言わさんぞ、小僧」
ディーネにはベルナールなどヒネくれたじいさまにしか見えないのだが、この老僧、こう見えても有名な異端審問官だったらしい。葬り去った人間は千人以上とも言われている。
「エスト様。本日はご覧に入れたいものがあって参りましたの」
ディーネがビラを何枚か手渡すと、エストーリオは眉をひそめた。