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タンカを切るお嬢様

 公爵令嬢のディーネは婚約者の皇太子にひざ詰めで説教をされている。


 ディーネは意味が分からなくて、ぽかんと彼を見上げた。


「お前が、俺なしでは何にもできないってことはよく分かっただろ? だが、なに、心配するこたぁねえ。俺は女がどれだけ愚かしかろうが、見捨てたりはしねえよ。お前に改心する気があるなら何度でも許してやる。俺は慈悲深いからな」


 ――この男なしでは何にもできない?

 ――愚かしくても見捨てない?


 ディーネはふつふつとフラストレーションがたまるのを感じた。


「お前のしたことは確かに失敗だったが、有益な失敗だった。おのれの凡俗さはようく思い知ったろう? その嘆きを忘れるな」


 ――凡俗、ですって……?

 確かに、ディーネはこの男と比べたら、凡俗だった。

 しかし、だからといって言っていいことと悪いことがある。

 それはディーネが、一番気にしていることなのだ。ジークラインと自分では釣り合っていないということぐらい、とっくに知っている。


「だがなディーネ、お前は誇っていい。神の恩寵賜りしこの俺と愚かしくも肩を並べようとしたんだからな。不可能であっても挑戦せんとするお前の気概は、俺を楽しませるに値した。喜べよディーネ、この俺を愉快がらせたんだからな」


 上から目線のお言葉を山ほど賜って、ディーネは久しく忘れていたあの感覚を思い出した。

 すなわち、『厨二病キモイ』である。


「光栄に思うがいい。お前は、俺の愛玩に値する」


 鳥肌が浮く。愛玩、という聞きなれない言葉に違和感を覚え、全身がザワザワした。


「さあ、謳ってみろ。この俺に愛される幸いを。お前はこの世でもっとも幸運で、幸福な女だ」


 ディーネは、なんか色々ともう限界だと思った。


「……さっきから黙って聞いてれば、勝手なことばかり……」


 殊勝な態度を心がけようと思っていたが、もういいだろう。ディーネは震えながらゆっくり立ち上がった。


「ケジメはつけますわ。わたくしが、ジーク様なしでは何もできないなどという汚名は必ずや返上いたします」

「何……?」

「今回のことはわたくしがどうにかいたします。ジーク様にはご足労いただいて申し訳ありませんでした」


 ゼフィア大聖堂からハリムたちは回収してきたものの、エストーリオはいまだにそこのトップに君臨している。ディーネを求めて、さらなる悪巧みをしてこないとも限らない。


「それと――今すぐというわけにはまいりませんけれど、期日までにはきっちりといただいた分の土地の代金もお支払いいたします。ええ、ジーク様におんぶにだっこでは、ご納得いただけませんものね?」


 金貨にして三千枚分の上乗せ。かなり辛いが、見通しが立たないわけじゃない。


 ジークラインは少し苛立ったように、ソファから身を乗り出した。


「分かってねえな。もう商売人ごっこはおしまいだ」

「いま、無理やり結婚させられたら、わたくしは一生ジーク様をお恨み申しあげます」


 きっぱりと宣言すると、さすがのジークラインも沈黙した。


「わたくしは愚かな女でございます。ですから、せっかくいただいたチャンスを自分からふいにしたりはいたしませんわ。どんなにみっともなくても、期日までは過ちを積み重ねます。慈悲深いジーク様のことですから、きっとお許しいただけますわよね? それとも――」


 ディーネはジークラインに負けないぐらい、ふんぞり返った。


「ジーク様は、一度交わした約束を違えるほど落ちぶれたんですの?」


 ジークラインはあいかわらず絶句したままだ。呆れてものも言えないらしい。

 彼もまさか、婚約者の少女を助けにいって、お礼を言われるどころか、冷たくはねつけられるとは思わなかったのだろう。図々しいと思っているのかもしれない。


 それからディーネはあらためて恭順の礼を取った。


「……こたびはまことに申し訳ございませんでした、ジーク様。でも、あと半年ほどのことでございます。わたくしが完全に失敗するまで、どうか見守ってくださいまし」


 しばしのにらみ合い。

 ジークラインはさじを投げたとでもいうように、脱力して背もたれに身を預けた。


「……お前の目的が分かんねえんだよな。近頃のお前の考えてることは俺にも計り知れねえ。いいや……分からねえのは、お前自身だ。なあ……ディーネ」


 不吉な予感に、ドキリと心拍が早まった。


お前は誰だ・・・・・?」


 公爵令嬢で、ジークラインの婚約者。

 より正確に言うならば、この世界のウィンディーネ・フォン・クラッセンに、前世のアイデンティティが混ざりこんでできあがった、何か。


 では、その彼女は、ジークラインの知る人物と同一人物だろうか?

 十年前の『自分』は、今日の『自分』と確かに同一性を保っているが、それはまったく同じ人物だと言えるのだろうか。では、それが二十年前なら? 姿や世界が違う時代の記憶なら?


 答えに窮したディーネの口が、ふと、ひとりでに動いた。何者かの意志に操られるようにして、澄んだか細い声を出す。


「ジーク様にもお分かりにならないことがあるんですのね」


 ――今、喋ったのは誰?




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