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ケジメをつけるお嬢様


 ディーネはゼフィア大聖堂からハリムとギーズを回収し、ジークラインとともにクラッセン家の屋敷に帰宅した。


 突然の事態に、まだディーネが脱出していたことにすら気づいていなかったパパ公爵はたいそう仰天していたが、ジークラインがうまくとりなしてくれたので大した騒ぎにはならずに済んだ。


 ハリムとギーズは目立った外傷もなく、無事だった。


「ねえ、本当に大丈夫? 何にもされなかった?」


 教会の、異端者に対する追及は厳しい。審問ともなると、通常は大変な拷問を伴う。なので彼らもエストーリオから何かされたのではないかと気が気ではなかったのだが、ふたりは口をそろえて何もなかったと答えた。


「いえ、こんなによくしていただいて、かえって私としては戸惑いましたが……」


 そう言ったのはハリムだ。ワルキューレ帝国内ではまだまだ司法制度が未熟なので、牢での待遇が支払う賄賂……でなく、保釈金によって変わる。それは教会も例外ではなかった。公爵家が投資を惜しまなかったので、ハリムもギーズも血色がよく、着ている服も毛皮でふさふさしているのだった。


「エストーリオ様にひどいことされなかった?」

「いえ、とくには……」

「やけに体に触られたりしなかった?」


 ハリムはしばらく斜め上を向いて考えていたが、やがて深刻な顔で口を開く。


「……そういえば……やけに手を握ってくるとは思いましたが……」

「やっぱり? でもね、安心して? あの方はそういう趣味ってわけじゃないの。人より神力が強いだけなのよ。尋問の一環なの」

「ああ、それで……」

「それ以外には何もなかった?」

「大丈夫です。心配してくださりありがとうございます」


 ディーネは一安心した。ハリムにヘンなトラウマが残ったら大変だと思っていたが、この様子だと大丈夫そうだ。


 ――そして人払いが済んだディーネの自室で、彼女は床に正座していた。

 えらそうな姿勢でソファにふんぞり返ったジークラインが、けげんそうな顔でディーネを見る。


「……なぜ床に座る?」

「いえ、その……ケジメですわ」


 ディーネはなるべくしょんぼりと答えた。

 しょぼくれている姿を見せつけることによりジークラインの怒りを早く解こうという作戦である。


 ちらりと上目遣いに彼を窺い見る。

 ジークラインはディーネのお気に入りのソファに、我が物顔で座っている。身じろぎに合わせて揺れる羽根飾りやラメ入りの緞子はまことに華やかで、豪華な衣服に飾り立てられた彼の存在そのものが、この世のものとも思えないほど美しい。


 対するディーネは、まだ巡礼客風の地味な旅装を解いていなかった。そのせいか、余計にみじめったらしく見える。


「……チッ。んなとこ座ってねえで、こっちに来い」

「いえ、わたくしはここで結構……」

「いいから来な」


 ディーネは思い悩む。差し出された手を取ってしまったら、あまり愉快なことにはならなそうだ。


 そんな彼女の顔色を読んだように、ジークラインが呆れた声を出す。


「何も取って食いやしねえよ。そこにいられると気分が悪い。俺の機嫌を損ねたくないんなら、さっさと来な」


 仕方なく、ディーネは近づいていって、ふたりがけのソファの隣に座った。ちょっと警戒した風情のディーネを見て、抱き寄せるつもりだったのだろうか、ジークラインは伸ばしかけた手を引っこめる。


 微妙な顔色の読み合いに、ディーネはだんだん気恥ずかしくなってきた。勢いでキスまでしてしまったのはつい先日だ。隣り合っているだけでもピリピリと違和感を覚えてしまう。


「……さて、まずは事情を話してみろ」


 ディーネはかいつまんで説明した。増税を巡って教会ともめたこと。教会の実力者、ゼフィア大聖堂の主・エストーリオの特別な神力で、本来なら拘束されるはずもない部下がふたりとも捕まってしまったこと。

 エストーリオならば旧知の仲なので、ディーネなら説得して仲間にできそうだと思ったこと。パパ公爵に反対されて、ひとりで乗り込んでいったこと。


 ひと通り聞き終え、ジークラインは得心がいったようにうなずいた。


「なるほど。お前の独断専行だ。そうだな、ディーネ?」

「……はい……」

「教会内部は、立ち回りを間違うと帝国皇太子のこの俺でさえも手が出ない。そこにひとりでのこのこと行ったってんなら、間違いなくそれはお前の落ち度だ」


 ディーネには答えようもない。


「お前が自分で自分の身を守れず、今後も危険なことに首を突っ込む心配があるってんなら、俺はお前の婚約者としてお前を保護する義務がある。お前に拒否権はねえ。分かるな、ディーネ?」


 まったくもって彼の言う通りなので反論の糸口を見つけかねているディーネを、ジークラインは心底楽しそうに見下ろしている。


「さあ、お前が言うべき言葉はなんだ? 言ってみろ」

「申し訳ありませんでした……深く反省しております」

「そうじゃねえよ。それも悪くはないが、お前が心の底から反省して、きっちりケジメをつけてえってんなら、そろそろ婚約者としての責務を果たす必要性を感じてくるだろ? 違うか?」



聖域アジール

教会をはじめとした宗教施設の内部は治外法権であり、王権・諸侯の執行力の範囲外とされ、罪人などが逃げ込んだ場合にも引き渡しを強制できなかった。


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