プレゼンをするお嬢様 終
ジークラインはディーネにではなく、彼女がしがみついていた真っ白な法衣の男のほうに目線をやった。見ようによってはディーネがジークラインに隠れて逢引きしている図にも見えるはずなのだが、ジークラインはひと目で他人の精神状態も含めて見抜くほどの男なので、そういったややこしい誤解はしなかった。瞬時に状況を理解し、表情を険しくする。
「てめえ、見覚えがあんな。教皇んとこのガキじゃねえか」
ディーネは空気が読める女なので、ジークラインのほうがはるかに年下だというツッコミはしないでおいた。
「まだ懲りてなかったのか。よっぽど死にたいらしいな、坊ちゃんよ」
長身のジークラインは手狭すぎる地下の入口を苦労してくぐり、なんなく華奢なエストーリオの腕をひねりあげた。
くぐもったうめき声を発するエストーリオに向けて、宣言する。
「指と、爪と、腕の骨と、どれがいい? 好きな部位を選ばせてやる」
「ちょっ……ジーク様、何をなさるおつもりですのん……?」
動揺のあまりちょっと変な訛りが出たディーネに、ジークラインはこともなげに答える。
「決まってんだろ? ケジメだ」
「ヤクザか!」
ジークラインといいパパ公爵といい、軍人は血の気が多くて困る。
「わ……わたくし、乱暴なのはよくないと思いますわ!」
「心配すんな。俺はこいつらが崇めてる神と同じぐらい治療に精通してるからな。なんの痕跡も残さねえよ」
「な……治してあげるんだ、一応……」
「ただ、なあ? だいたいどいつも五回を超えたあたりで泣きながらもう許してくださいっつーんだよなあ。情けねえよなあ、なあ、坊ちゃん? てめえは特に根性なさそうだしなあ、二回も耐えられたら褒めてやる」
「ごっ……拷問……! ジーク様、それではどちらが悪者か分かりませんわ!」
「あん?」
ジークラインはかなり嫌そうな顔をした。
「ディーネ。こいつはな、ガキのお前に妙な探索魔法くっつけて監視してやがった野郎なんだぞ」
「ス、ストーカー!!」
全然気づかなかった。エストーリオはその頃からもう腐敗していたのか。悲しい新事実である。
「よう変態、まだ女の趣味は変わってなかったのか? 頭の中身が成長しねえってのも不幸だなあ、おい?」
「くっ……離せ……!」
「ほざくな。この俺の女に手を出したんだ、帝国内の全教会を瓦礫と消し炭に変える覚悟はできてるよなあ? 言っておくが、楽には死なさねえよ。聖人としての名をこれ以上ないぐらい辱めてから直火焼きにしてやる」
そんな無茶な、とディーネは思ったが、ジークラインほどにもなると物理的に実行可能なのでなんとも言えない。
「はらわたを引きずりだして、切り刻んだ自分の肉が詰め込まれていくところを見学させてやってもいいぞ。どうする? 坊ちゃん。俺の回復魔法は折り紙つきだからな、そこまでやっても餓死するまでは生き続けられるぜ。自分の肉を食って生きながらえるなんて最高だろう?」
クラッセン嬢として生きてきた記憶の部分が悲鳴をあげている。
――こんなに怖いジーク様見たことない。
ディーネもそっくり同意見だった。
「あ……あの、ジーク様、脅しにしてもちょっとコワすぎ……もうそのくらいで……」
「ディーネ」
静かに名前を呼ぶジークライン。
怒鳴られるよりかえって怖いと、ディーネは思った。
「これは婚約者に無礼を働かれた帝国皇太子としてのケジメだ。いくらお前の頼みでも聞いてやれねえな」
やさしく絵本でも読み聞かせるように説かれて、ディーネはますます鳥肌が立った。
「だがまあ、俺の婚約者どのを怯えさせるのは忍びない。ここではこれ以上追及しないでおいてやる。命拾いしたな、坊ちゃん?」
エストーリオはまだ闘志を失っていないのか、瞳に殺意を浮かべて、ジークラインをにらんでいる。
ディーネは大変な予感に心の底から震えあがった。このままにしておいたら、そう遠くないうちに帝国と教会の間で戦争が起こりかねない。ぶつかり合う両雄はかたや皇太子、かたや教皇の甥。途方もない戦争になりそうだ。
なんとかしなくてはと必死に頭をひねり、ディーネはひとつ思いついた。
「そ……それでしたら、わたくし、もっとひどい拷問方法を存じておりますわ。ジーク様」
「お前がか?」
苦笑するジークラインに、ディーネはさらに言い募る。
「エスト様は、神力が強いお方なんです。人の心を読むのがとても得意なのですって。そんなエスト様が、ジーク様が実際にご経験なさった拷問の記憶を覗き見ることになったら……」
「なるほど。直接経験させるより堪えるかもしんねえな。回復魔法かける手間もかかんねえ」
「それで……」
ディーネはエストーリオに聞こえないよう、そっとジークラインに耳打ちした。ややあって、事態を呑み込んだジークラインが面白そうににやりと笑う。
「……なるほどな」
そしてジークラインは、何をされるのかが分からずいたずらに彼をにらみつけているエストーリオの頭をがしっとつかんだ。
「謹んで受け取れよ、俺の婚約者どのが考えた特別製の拷問だ」
そして流し込まれたイメージにエストーリオはびくん! と肩を震わせ、限界まで目を大きく見開き……
瞳から、大きな涙をはらはらと流した。
そのまま、気を失って倒れてしまう。
「お。てきめんに効いたな」
他人の精神状態も魔力の流れなどから読み取るジークラインがそう言ったということは、本当に効果があったのだろう。
ディーネが提案したのは、クラッセン嬢がいかにジークラインを好いていたかの記憶を流し込んでやったらどうか――というものだった。執着対象が自分以外の異性と仲良くしている場面を見せつけられて耐えられる恋愛型ストーカーは存在しない。
結果として肉体を傷つけられるよりも激しい苦しみに苛まれて、エストーリオは気を失ってしまったようだった。
「ジーク様、このぐらいにしておいてさしあげるべきですわ。わたくし、まだこの方には何もされておりませんし」
結果だけ見れば、ディーネは閉じ込められて、少し脅しをかけられただけだ。指一本触れられていない。
「それに、今の帝国と教会が対立したら、世界的な戦争に発展しかねませんもの」
ジークラインはしばらく嫌そうな顔をしていたが、やがて全身を脱力させた。
「……だいぶ物足りねえけど、お前のツラ見てたらどうでもよくなってきたな」
力強い腕に抱きとめられ、ディーネは飛びあがりそうになった。顎を捕えられ、有無を言わさず上を向かされる。
「大事ないか」
「はっ、はい……」
「あんま心配させんな、馬鹿」
ぎゅうぎゅうと抱きつぶされても、ディーネには逃られない。
そのうちに身体から力が抜けた。
エストーリオに閉じ込められてもちっとも怖いと感じなかったのは、心のどこかで絶対にジークラインが助けてくれると確信していたからだ。彼の心配や動揺をじかに感じ取れて、ディーネは大きな安心感に包まれた。
「お前の主張にも一理あるし、今回はこれで勘弁してやってもいいぜ。ただし」
「ただし……?」
「わざわざこの俺を巻きこんだトラブルを起こしたお前の落ち度について、ちっと話をしようじゃねえか」
ディーネは激しい説教の嵐を予感して、ビシリと硬直した。




