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プレゼンをするお嬢様 3

 彼の先導で、牢番に鍵を開けてもらい、地下へと降りていった。


 手にした燭台の明かりに照らされ、石の階段に影が長く伸びる。ちょっと不気味だと思っていると、ふいに踊り場に出た。平らな道が続き、右手に部屋でも作ってあるのか、ぽっかりと暗い入り口が開いている。


「……そういえば、ここですよ。魔術師イヴンの魔術工房は」


 ディーネは驚いて、その奥を覗き見ようとした。


「活版印刷機を発明したっていう、あの……?」


 ――魔術師イヴン。数々の魔術書を書き記し、捕まった男。

 彼はみずから発明した印刷機と著作物に魔法をかけて、自分の部屋に封じてしまった。そのときにひとつの言葉を残したという。


 ――私の印刷機はこの手で封印しよう。愚かな諸君らは、数百年のときを暗闇のうちに過ごすがいい。


 イヴンの印刷機はそこに確かに存在するのに、誰も手を触れられない幻として、今もなお存在しているという。


 その幻を気味悪がって、封印するような形で建てられたのが、このゼフィア大聖堂なのだ。


「さきほどの学校建設に関する資料でも、本代について憂慮する項目がありましたね」

「そう、そうなんです!」


 ディーネがパパ公爵の言いつけに逆らい、ひとりで出奔してまでエストーリオとの協力関係にこだわった理由は、ここにあった。


 このゼフィア大聖堂に封印されている印刷機があれば、本代を劇的に安くあげることができると資料にも赤字強調で書いておいたのである。


 いくら先進的な魔術師だったからといって、百年前の人間だ。時とともに世界の魔術レベルも進歩している。彼がかけた封印に、そろそろ追いついているかもしれない。たとえ解けなかったとしても、形状だけでも分かれば大いに参考になることだろう。この世界の機械技術のレベルは十分といえるものだし、真似することだって不可能ではないはず。


 ただし、それには誰か、高位聖職者の協力が不可欠だった。いったんは異端として葬られたものを、ふたたび使えるようにするには、誰かの承認がなければいけない。


「……『教育はいずれ実る麦穂』ですか。あなたの言葉には感銘を受けました。私はこれまで、この印刷機についても、信徒たちをいたずらに惑わせ、悪魔の思想をはびこらせるものだと思っていましたが……使い方次第、との話には、実にその通りだと、おのれの過ちを気づかされました。あなたには感謝しなければなりませんね。気づかせてくださって、本当にありがとうございます」


 エストーリオにありがたやと言わんばかりの仕草で聖具の形の祈りを切られてしまい、ディーネはちょっと照れくさくなった。


「いいえ、そんな……エスト様なら、きっと分かってくださると信じておりましたから」

「ありがとう。やはりあなたは、あの頃と変わらず、やさしいお嬢さんなのですね」

「エスト様こそ……あの頃親切にしていただいたことは、わたくしにとってとても素敵な思い出のひとつなのでございます」


 エストーリオとほほえみ合いながらも、ディーネの意識は部屋の入り口のほうにどうしても行ってしまっていた。

 印刷機。いったいどんな形をしているのだろう。そわそわしているディーネの心中を読んだかのように、エストーリオがくすりとほほえんだ。


「……よかったら、一度ご覧になりませんか?」

「いいんですか!?」

「ええ。でも、お静かに願います。一応は異端として葬られたものですから、あまり大っぴらに開陳できないのです」


 それはその通りだ。いくらエストーリオが大司教主だとしても、否、大司教主だからこそ、異端の技術に対しては慎重にならざるを得ない。


 エストーリオが封印を解除するための魔術の構成を作り上げ、入り口を開いた。すると、それまで阻まれていた部屋の扉が見えるようになった。


 ――この世界には他人の技術を盗んで模倣することを禁じる特許の概念などもまだ存在しない。

 だからこそ、先進的な研究をする魔術師の多くは、自分の工房や作った道具にさまざまな封印を施す。


 エストーリオが入り口の鍵を、手持ちの鍵束から選び出して開いた。うながされたディーネが入る。百年前の大魔術師の工房は、奇妙な小道具だらけだった。ガラス管や天文時計、コンパス、六分儀、薬草、不思議な魔物の標本、魔法石の結晶……真っ黒な天蓋や黒檀の家具による室内装飾。


 エストーリオは奥にある続き部屋の扉の鍵も開けた。


「どうぞ。進んでください」


 奥の部屋がどうやら製本用の場所だったらしい。印刷機がずらりと六台ほど並んでいた。単語ごとに分類された活字も壁を埋め尽くすくらいたくさんある。


「わあ……!」


 触れてみようと伸ばした手は、空しく素通りした。ホログラムか何かのように、そこにあるのに『触れない』。あいにく、魔術に関してはエリートのクラッセン嬢にもまるで分からない魔術であった。


「不思議でしょう? そこにあるのに、触れないんですよ」


 エストーリオは何気なく同じ部屋に入ってきて、戸口に鍵をしてしまった。重たい魔力のうねりがして、外の気配が完全に遮断され、入り口が完全に閉ざされる。


 ふいに息苦しい感覚を覚えて、ディーネはのど元に手をやった。酸素が薄いのだろうか。そうだとしたら大変だ。密閉された地下空間で酸欠になったら比較的早くに死に至る。

 不安になって魔術の炎を生み出そうとし――何も出ないことに気づく。


「魔術は使えませんよ。ここは完全にシールドされているんです」


 完全封印。銀や魔銀などの魔術を遮断する素材を使って、功久的に効果の及ぶ魔法陣を隙間なく張り巡らせた空間のことだ。とんでもなくお金と手間暇がかかるので、めったに作られることはない。その一歩手前の疑似封鎖空間や、広範囲にジャミングをかける魔術封印ぐらいなら、牢やお城の本丸などに使われることもあるが。


 そしてエストーリオは、美しい顔に酷薄な笑みを浮かべた。


「……捕まえた」




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