チュートリアル・終
つい先日の戦争にわが国ワルキューレが勝利したことで、敵国カナミアは帝国に吸収されて、カナミア諸領と名を変えた。
その立役者となったのが英雄である皇太子ジークラインと、バームベルク公爵領の軍。
正確には、公爵領が出した新武器、世界初の戦車、ワゴンブルクが勝利の決め手となった。
ワルキューレの国民はこの新しい戦争の道具がどれほどの威力なのか、カナミア戦争帰りのもと兵士たちからいやというほど聞かされている。そのため、誰もがそれをひと目見てみたいと考えていた。
――王都の中心にある噴水広場。そこには初代国王の銅像がでんと鎮座ましましている。
買い物客で常にごったがえす、憩いの広場だ。
流しの説法僧が大声で神の教えを説き、大道芸人がボールを使った奇術を披露しているさなかに、その威容を誇る車はいきなり現れた。
「なんだ、あれは……」
人々がうろたえ、指をさす先を、戦車はゆっくりと進んでいく。車体に鋼鉄の装甲を貼りつけた大きな荷車に、魔術師とおぼしき扮装をした人たちが何人も乗っている。
「どけどけーえ、無敵の戦車のお通りだあーっ!」
「ひき殺されたくなきゃ、道を開けろーっ!」
楽師が太鼓や笛の音を流すのに合わせ、芝居がかった口調で女優や男優が口上を述べる。何かの出し物だと察した市民たちは、面白そうに遠巻きに眺めはじめた。
「おい、ワゴンブルクだって?」
何人かが反応した。そう、戦争を勝利に導いた新兵器の名前は、王都にも広く伝わっていたのである。
「あれがワゴンブルクなの?」
「鋼鉄の塊だな」
そのとき、魔術師が空に向かって炎を吹きあげた。青空がオレンジ色に染まり、悲鳴がわきおこる。焼かれた人たちはびっくりして全身の炎を消そうとあちこちを叩いたが、じつは幻の炎なので、髪の毛一本焦げていなかったりする。
サクラの役者たちは何人かばたばたと倒れた。
「あのいまいましい魔術師を狙え!」
そう叫んだのは新たに出てきた役者だった。旧カナミア国の将軍の真似をしているのか、それっぽい鎧兜を身に着けている。
将軍のそっくりさんの号令で、矢が放たれた。こちらも幻なので、実際には当たらない。
その矢が戦車に何本も当たるが、ほとんどの矢は角度をつけた鋼鉄の装甲に阻まれて、床に落ちるばかりだ。
「ワゴンブルクは無敵だ! 火矢も魔法も効かないぞ!」
「最強の戦闘集団だ!」
――そんな感じの出し物が終わり、役者たちが一同そろって礼をすると、あたりは拍手に包まれた。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! このワゴンブルクに使われた装甲を溶かして作った剣がこっちだよ!」
「こっちは皇帝さまがお乗りになった車からはがしてきた装甲だ!」
「ワゴンブルクの百五十分の一スケールのミニチュアだよ!」
唐突にはじまった金物商の売り込みに、最初に飛びついたのは小さな男の子たちだった。
「お母さん、これ買って!」
「だめよ、どうせお高いんでしょう?」
「今ならなんと小銀貨でたったの十枚だよ! さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
それを遠くから見ていたディーネは、うーんとうなった。
かたわらに控えている家令のハリムに話しかける。
「芝居がちょっと迫力不足ね。もう少し派手な幻影魔術を使ってほしいのだけれど」
「なかなか見つからないんですよ、あの手の魔法使いは……」
「そうなの……しょうがないわね」
娯楽大国日本で育った記憶のある転生令嬢ディーネにはしょぼい出し物としか映らないが、テレビもない電話もない国の人たちには大迫力のアトラクションに見えたようだ。
われ先にミニチュアを買い求める民衆の熱がこちらにまで伝わってくる。
この様子だと大道芸とか、ペテンちっくな押し売り口上にも耐性がないのかもしれない。
「しかし、驚きました。飛ぶように売れていますね」
「でっしょー? 男の子は絶対ああいうの好きだと思ったのよね」
とくにあのミニチュア。実際に実物を開発した技術研究者に監修させたので、本物そっくりにできあがった。ああいう模型に弱い男の子っていうのはいつの世にもいるものだ。
「こっちにも一台ちょうだい!」
「うちにもよ!」
「うおおおお! かっけえええ!」
まあ、そうだろう。ワルキューレ帝国のおもちゃ事情というのは本当にひどい。なにしろ動物の骨を使って作った小さな小石とか、サイコロが珍重されるほどなのだ。
現代日本の小学生にサイコロを渡して、これでしばらく遊んでろと言ったら絶対にいやな顔をするだろう。もはや虐待といってもいいかもしれない。
しかしこの国には本当にサイコロかトランプぐらいしか娯楽がないのである。
そんな彼らに精巧な戦車の模型など与えてしまったら――
庭をかけめぐる犬並みに大はしゃぎすることは目に見えていた。
「すっげえ、この戦車、ボタンを押すと光る!」
男の子は光りモノが好きだからねー。
あ、物理で輝く方の光りモノね。ぴかぴか光るものを置いとけばイカと小児男児が釣れるというのはもはやお約束。
あちこちで戦車が光っている。
どの子も夢中になってボタンを押しているようだ。
うむうむ。かわいらしい。
存分に遊んでくれたまえよ。
「おおお……! 魔法石が少量内蔵されているのですな……!」
「手の込んだギミックですぞ……!」
「なんというアイデア……! なんという技術力……!」
「帝国の科学力は世界一ィィィィィ!」
……なんか男の子以外も釣れてるけど。
大きいお友達にも好評なようでなによりです。
「はー、売れた売れた」
日が沈んですべての出し物が終わるころには、事前に用意しておいた剣と盾、鎧三千ずつと、ワゴンブルクのミニチュア模型三万個がすべて売れていた。
「武具の合計額が大金貨で三千枚。模型の売り上げ合計が金貨で十枚相当。役者の手当てと原材料を差引きで、今回の儲けは金貨で八枚ってところね」
もともとは中古品として安く買いたたかれるはずの武具を相場の三倍以上の値段で売ったのだから、まずまずの儲けだろう。
本来、商売をするにはそれぞれのギルドにみかじめ料を払って、一定年数の徒弟制度をクリアしないといけない。これは世界共通で変わらない仕組みなのだが、王都の法律には店舗を持たない流しの商売を罰したり禁じたりする項目はなかったので、手っ取り早く広場ジャックを行ったわけである。
これで父親の作った借金は一億から99,997,000枚になった。
ディーネのほうの持参金も一万から9,992枚になった。
「……焼け石に水ね」
「やけいし……?」
「熱く焼けている石に少し水を垂らしても冷やせないでしょ? らちがあかないってこと」
「はあ……この国の言い回しでしょうか。言い得て妙ですね」
――日本のことわざなんだけどね。
声に出さずにディーネは思う。
「まあいいわ。この調子で王都の興行を続けて、模型の継続的な販売を目指しましょう。その他にも地方を巡業する戦車を作って、同じことをさせる。さすがに王都ほどの飛ぶような売れ行きは見込めなくても、コツコツ売っていけば、一年後には積もり積もってそれなりの金額になるはず……」
指折り数えてみても、それはささやかな金額にしかならないということがあらかじめ分かっていたので、ディーネはぐったりと肩を落とした。
「なんかこう、でっかく一発逆転する方法があればいいんだけど」
それから数時間もしないうちに、ディーネは声をあげることになる。
「あ……あったー!」
一発逆転の方策がさっそく見つかった。ディーネは公爵令嬢らしくもなく椅子から立ち上がってそのブツににじり寄る。
「こ、これよ、これー! 一発逆転の秘策! なんだ、意外とすぐいけるかも!」
ディーネが手にしているのは大小さまざまな鉱物の見本。
彼女の前に立たされているのは科学者の男だ。
毒薬や、毒を使った兵器をおもに研究開発している。
「そうと決まれば、さっそく取りかかって!」
公爵令嬢の奇妙な命令に、科学者の眼鏡男、ガニメデは首をかしげつつも了承の旨を伝えた。