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百話突破記念小話 ~コロッケを作るお嬢様~

お陰様でずいぶん続けられました。

作って食べるだけの小話です。

「やる気が出ないわ……」


 季節は夏。暑い盛りで太陽もギラギラしている。

 食欲がわいてこないし、やる気もくじけがちだ。


「……気晴らしに何か作ろうかしら……」


 キッチンに向かってみる。

 昼食とディナーの境目の時間ということもあり、人がほとんどいなかった。


 すみっこのほうで野菜洗いの小僧が延々とジャガイモを洗っては積み上げ、洗っては積み上げしている。


「ねえこれ、いくつかもらってもいいかしら?」


 泥だらけの野菜を拾う。

 その量の多さに、ディーネはちょっと引いた。

 野菜の泥を落とす行程も、機械がないと重労働だ。


「……大変そうね。あとどのくらい洗うの?」


 小僧は突然調理場に現れたお嬢様に目を丸くしている。


「え、あ、はい、あ、あの、あるだけ全部……」

「ふうん……ちょっと貸して」


 ディーネが魔法でタライの水流を操作し、ジャガイモを袋ごと一気に投下。

 洗濯機の要領でガラゴロと回す。


 水流の魔法が珍しいのか、小僧は目を輝かせた。


「す、すごいです、お嬢様……!」

「あなたは覚えないの?」

「勉強してるんですけど、俺、頭悪いもんで、なかなか……」


 将来的には火と水の魔法を覚えて、料理長のように立派なお職の人間になりたいというような夢を語る彼の話に付き合っているうちに、ジャガイモを洗い終えた。


「何を作るんですか?」

「うーん、大したものじゃないんだけど……」


 ディーネはキッチンから適当に材料をピックアップして、並べた。


「久しぶりにコロッケでも食べようかなって」

「コロッケ……?」


 小麦粉をつけて揚げる技法そのものはワルキューレにもある。

 川魚なんかがよく『から揚げ』にされてテーブルにのぼる。


 しかし、コロッケが貴族の食卓に供されることはほとんどない。


「お嬢様がジャガイモを召しあがるんですか?」

「けっこう好きよ、ジャガイモ」


 小僧が不思議がるのも無理はない。ジャガイモは貴族の食べ物としてふさわしくないと思われているのだ。

 貴族は空を飛んでいる鳥や川魚を食べるべきだと思われているのである。

 豆や芋など、大地に近い穀物は庶民が食べるものなのだ。


 主食としてもパンのほうが格上だと思われているところがあった。


 これは宗教的な問題である。


 パンはメイシュア教において、神の身体を表現するもの。

 神聖な食べ物なのである。


 それに比べてジャガイモは新参。

 四天王の中でも最弱の食べ物なのだ。


 なので、パン種を入れないパンや薄いクレープ、ウーブリなどは製造する権利を教会が握っている。


「ルールルッルッルッルールルー」


 有名なコロッケの歌などを口ずさみつつ、準備にかかる。


 まずジャガイモはゆでる。

 ここでのポイントは水からゆでること。

 沸騰してからジャガイモを入れると、芯に火が通りきらないことがある。


 その間にタマネギ、ひき肉をいためておく。

 スパイスは塩コショウくらいでよいかなと思ったが、せっかくなので中世風に。


 クローブと黒コショウ、ショウガをよく混ぜ合わせて投入。

 ここにヴィネガーやパンを水で溶いたものを入れて煮込むと代表的な黒コショウソースになる。


 この、スパイスをいっぱい使用するところが中世風なのだ。

 組み合わせにもいろいろあって、鶏料理には『熱くて湿っている』香辛料を使うなど、独自のルールがある。


 ゆでたらちゃっちゃとザルあげして皮むき。

 熱いうちにやらないとやりにくい。


 ジャガイモをつぶす作業は力がいるので面倒だなと思っていたら、手のあいた小僧が手伝ってくれた。

 さすがに慣れていて上手だ。


「スパイスはどうしますか」

「んー……塩コショウとナツメグだけ入れといて」


 ついでに古くなった白パンを砕いてもらってパン粉に。


「なんだかもったいないですね」

「そうねえ……」


 白いふんわりしたパンは基本的に貴族の食べ物だ。

 庶民の食べるパンは日持ちするようにと、わざわざ二度三度と焼くのである。

 それを『固く焼き締める』と言う、らしい。

 こちらを砕くとおかきのような食感になるので、今回は使わない。


 ジャガイモは完全に冷めるまで放っておくのだが、今回は魔法で粗熱をさっさと取った。

 こうすると水分が抜けて、生地がまとまりやすくなるのだ。


「便利ですねえ、魔法って」

「覚えたら簡単よ」

「なかなかそれが難しいんすよ……」


 この世界では庶民も日常的に魔法を使っている。

 貴族との違いは教育の機会がないことと、魔法石が使用できないことだ。

 小さい頃から練習するのが一番なのだが、子どもの頃の魔力量では長い時間の練習はできないので、魔法石を使ったアシストがどうしても必要になる。


 一人前の魔法使いになるには、金貨にして数千枚もの魔法石が必要だと言われている。


 なので一般的な庶民は、仕事に必要な魔法を、大きくなってから苦労して身に着けるのである。


 無駄話をしている間に材料を混ぜ合わせ、タネをまるく成型。


「ルールルッルールールールルー」


 小麦粉、卵、パン粉をまぶす作業が終わった。

 あとは揚げればコロッケだよ。


 きれいに衣をつけられた。

 ちゃんとやらないと揚げてる途中で爆発しちゃうからね。


 油はラードを選択。

 ケチらずにいっぱい使う。

 少ない量だと鍋底でつぶれて衣が破れたりするので、大釜いっぱいに用意した。


 温度をはかって投入。


 パン粉が揚がる香ばしい香りが漂ってきて、鼻がひくついた。

 ときどきひっくり返して、衣がカラッとしてきたら引き揚げ。


「いいにおい」

「おいしそうですね」


 揚げたてのコロッケをさっそくつまむ。

 お料理の醍醐味はできたてゼロ秒のものをそのまま食べられることだと思う。


「あなたにも、はい」

「いいんですか?」

「大したものじゃなくて悪いけど」


 どうせならもっとちゃんとしたものを作ればよかった。


 揚げたてでカリッとしているコロッケ。

 衣がしゃくしゃくする。

 ポテトのつぶし加減も、ゴロゴロしすぎず、つぶしすぎず、絶妙のほくほく感。


「あぁー……できたてのポテトコロッケってなんでこんなにおいしいのかしらね……」

「作り立てはなんでもおいしいですよね」

「あなたの芋さばきもなかなかね。いい仕事をするわ」

「まあ、基本ですからね……」


 謙遜しつつ、小僧はまんざらでもなさそうだった。


 ふかしたてのお芋のほっこりしたところと、油をほどよく吸った衣が絡まると舌が気持ちいい。

 いくらでも食べられてしまう。


 ウスターソースをかけて食べたいなとちらりと思ったが、あいにくワルキューレにはなかった。


***


 揚げたてのコロッケを持って帰ると、一番にシスが反応した。

 ディーネの周りをすんすんと嗅ぎまわる。


「ディーネ様から香ばしい香りがいたしますわ……!」

「シスさん、おやめなさい、はしたない」

「この香り……! 間違いありませんわ! 揚げ物ですわね……?」


 シスが追及すると、ジージョのお説教も長くは続かなかった。


「あら素敵! お茶にいたしますか、ディーネ様」

「うーん、でもコロッケって、紅茶って感じでもないよねえ……」

「コロッケ! なんですの!?」

「あなた、ジャガイモはそんなに好きじゃない、って言ってたっけ」

「何をおっしゃいますのディーネ様! ジャガイモは修道女の友でございます!」


 さっそく食べる気でいるシスにひとつお情けで差し出してあげると、彼女はためらいなくかぶりついた。


「は、はふい!」

「揚げたてですから」


 熱い熱いと言いながら彼女は夢中で貪り食べた。

 ……好き嫌いがないのはいいことである。


「おっ、おいしいですわぁ~!」

「ディーネ様~、ずるいですわぁ~。わたくしにも恵んでくださいまし」


 羨ましそうにチラチラしているのはレージョだった。

 ナリキもけっこううらやましそうな顔をしている。


「あなたもジャガイモなんて食べるのね」


 ちょっとからかい気味にナリキに絡むと、彼女は恥ずかしそうにメガネを直した。


「いじわるおっしゃらないでくださいまし……お芋が嫌いな国民などおりませんわ」

「ね~、ディーネ様~、わたくしにも~」

「はいはい。皆の分作ってきたから、慌てないで」

「皆さん、せめて座って召し上がったらいかが?」


 ジージョにもひとつ渡してあげると、お説教も長くは続かなかった。


「あら、本当においしそうでございますね! コロッケなんて、何年ぶりかしら」

「たまにはいいでしょ」


 結構な分量を作ったはずなのに、五人で分け合うとすぐになくなってしまう。


「ディーネ様は領地の経営なんてやめて、シェフを目指すべきですわ!」

「そうですわそうですわ! 帳簿の管理なんて面白くないですもの!」

「ディーネ様のお料理が毎日食べられたら幸せでしょうね~!」

「毎日通ってしまいそうですね」

「あはは、どうも……」


 そういうのもいいかもしれないなあ、と思うディーネだった。

 ……次はソースなんかも作ってみたい。


「しょっぱいものを食べたら、甘いものもほしくなってまいりましたわね!」

「今こそお茶の時間ですわね!」

「まだ食べるの、あなたたち……」

「あら、ディーネ様は召し上がらないんですの?」


 ディーネは少し考えてから、ぽつりと答えた。


「……いただきます」


 しょっぱいものを食べたら甘いものも食べたくなる。

 それは避けられない人間の本能なのである。


パン種を入れないパン

ホスチア、聖餅とも。

ワインは神の血、パンは神の身体で、それを食べる宗教儀式を聖体拝領と呼ぶ。

これを巡って何度か大きな宗教対立が起きている。

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