お嬢様とゆかいな使用人たち・その一 ~家令のハリム~
ディーネはまず、パパ公爵に直談判することにした。まずはこの無駄遣い王から経営に関する一切の権限を取り上げるところから始めねばなるまい。
いくらなんでも一億の借金を作ってくるやつよりかは、ディーネが経営をみたほうが絶対にマシである。
「お父様。お話があります」
「なんだ。どうしたわが娘よ。ジークライン様との婚約を破棄するなどというたわごとはもう撤回したのかい」
「ジークライン様はわたくしが領地経営に興味があると申し出ると、とても大喜びしてくださいましたの。一年後にはきっとわたくしと結婚しようとおっしゃいましたわ」
「そうかそうか!」
間違ってはいないが誤解のある言い回しでバームベルク公爵をけむに巻く。するとパパ公爵は簡単に引っかかった。
「よきかなよきかな。交際が順調でパパはうれしいぞ」
「ええ。ジークライン様はどうやら積極的な女性がお好きなご様子。わたくしが自主的に何かをしようとする姿勢をお気に召してくださったようなんですの。ですからお父様、ぜひともわたくしの恋路を応援していただきとう存じます。わたくしがいまから申しあげること、どうぞお笑いにならないで聞いてくださいまし」
「ああ、いいだろう、かわいいわが娘よ。なんなりと申してみよ」
「一年間、公爵領の経営をわたくしにお任せいただけませんこと? わたくし、きっと立派に領地を繁栄させてみせますわ。ジークライン様のおめがねにかなうよう粉骨砕身努力いたします」
「なんだ、そんなことか! あいわかった。――家令を呼べ!」
――ちょろい。
そんなことだから一億もの借金がホイホイできあがるのだ、などと、余計なことを言うのはやめておいた。なんとかとハサミは使いようだ。
そして数時間後には、家令を筆頭に、領地のこまごまとした経済的なことや経営を行う文官が十人ばかりディーネに紹介されることになったのである。
「すでにご存じかとは思いますが、改めまして、ウィンディーネお嬢様。家令のハリムと申します」
やってきたのは浅黒い肌のイケメンだった。彼はもともと外国からの解放奴隷で、商才を買われて公爵家の家令に迎え入れられた。世が世なら石油王とかやってそうな彫りの深い美形だ。上背があって筋肉がすごい。お仕着せの執事服が窮屈そうだ。
しかしジークラインと比べるとやはり一枚落ちる印象はぬぐえない。
――なんであいつが出てくるのよ。
ディーネは首を振って、ハリムに声をかける。
「さっそくだけど、赤字が一億って本当?」
「ええ……」
意外にくろぐろとして長いまつ毛を伏せ、ハリムが恥じ入るようにつぶやく。
「どうなってるのか説明してくれる?」
するとハリムは衝撃の事実を説明してくれた。
政策は基本を押さえて可もなく不可もなく。領地の繁栄具合もほどほどといったところ。
しかし現当主であるバームベルク公爵には困った浪費癖があるのだという。
「公爵さまはちょっと……武器に目がないお方で」
要するにパパ公爵は戦争が大好きなのだと彼は言った。新武器の開発に莫大な予算をかけているばかりか、新造の武器を兵士に配属するのも大好きなのだという。
「先日の戦争では、車砦という新兵器を鋳造なさいました。荷車を大きくしたものに、鉄の装甲をつけて強度を高めたものなのですが」
戦車のようなものだろうか、と現代知識のあるディーネは考えた。
「なにぶん、鋼鉄をはりめぐらせるため、鋳造にひどく金額がかさみました。一台あたり大金貨で千枚以上もする代物でしてな」
「きんかでせんまい」
「それをわが公爵さまは、千台新調なさいました」
「いっせんだい」
一千枚のものを千台。
すなわち金貨で百万枚。金額が大きすぎてすぐには理解できない。
まあ、確かに戦車や戦闘機を配備したようなものと考えればそれだけいくか。
「売りなさいよそんなもん……今何台保有してるの?」
「戦争で四分の一は壊れましたから、七百五十台少々ですね」
「今戦争してて、戦車が必要そうなところはないの? 戦地に持っていけば高く売れるでしょ……」
「しかし、公爵さまがお許しにならないのでは……」
「今の経営者は私よ。つべこべ言わずに売りなさい。なるべく高くでね」
「はっ……承知しました」
「中古車だから半額以下の査定だとしても、まとまったお金になるでしょう……」
ディーネはため息をついた。
すでにディーネの持参金の目標金額一万を軽く超えているが、これは利益をえた金額ではないのでノーカンだ。
「まあいいや……他には?」
「武器、防具、馬、その他……」
「売却。ぜーんぶ売却よ」
「はっ……しかし、あまり武具の類を売ってしまうと、いざいくさが起きたときの準備不足で苦労をするかと……」
「うーん……それもそうね」
戦車を買い取った人間が、そのまんまそれを使って反旗を翻し、公爵家の敷地に突っ込んできたりしたら笑えないことになる。公爵家はたかだか数十万の儲けにつられて破滅したということにもなりかねない。
「分かったわ、戦車の売却はいったん中止。代わりに武器庫を縮小しましょう。そうね、この半分ぐらいでいいと思うわ。魔法石の備蓄分も少し減らしましょう」
魔法石の保有量はそのまま軍事力に直結するので、バームベルク公爵領全体にかなりの蓄えがあるのだった。
「その代わりに余っている戦車を一台、王都にある公爵家の別邸に送って」
「……一台だけでよろしいのですか?」
「そうよ。それからうちの戦争技術を開発している部署の人間をつれてきて。戦車の構造に詳しい人間がいいわね。それと、その部署の人間を明日から順番に私のところによこしてちょうだい」
ディーネがサクサクと方針を決めてハリムに命ずると、彼はなぜそんなことをするのだろうという顔をした。
「いったいなにを始めるおつもりなんですか?」
ディーネは、ふふん、と笑った。
「まだひみつ。でも、これから忙しくなるかもよ。覚悟しておいて」