【014 回想バクラの戦い(三) ~真紅の騎士~】
【014 回想バクラの戦い(三) ~真紅の騎士~】
〔本編〕
龍王暦一〇五〇年三月一日午前五時。数分ほど前から少しずつ移動を始めていたバルナート帝國軍の左翼の真紅の騎士団『朱雀騎士団』が、突然一本の錐のような形に隊を編成して、全速力でソルトルムンク聖王国軍の右翼へ突進してきた。
錐の先端に位置する騎士は、頭に朱雀の彫刻を象り、三十センチメートル程の二本の長い角が生えている兜を被り、全身を真紅の鎧で覆っている。そして、彼の騎乗する馬はやはり真紅の鎧で覆われていたが、その馬体も真紅の毛並みであった。そして平均的な馬と比べて、二まわり程大きい。その馬は目が炎のように爛々(らんらん)と燃えており、力強く疾走してくるその姿から、聖王国軍側は畏怖の念さえ感じとったという。
当然、聖王国軍の矢はその真紅の騎士に集中するが、その騎士は三メートルにも及ぶ真紅の槍を軽々と振り回し、矢を全てたたき落とし、瞬く間に聖王国の重装備の槍兵に接近した。騎兵にとって槍兵は鬼門である。騎兵の直進的な突進力が逆に仇となって槍兵の槍の餌食になってしまうのである。
しかし、この時信じられないことが起こった。金剛槍兵が真紅の騎士を突こうとするより速く、真紅の騎士は三メートルの槍で金剛槍兵を貫いたのである。次の瞬間、そのメタルナイトは大きく弧を描き、聖王国軍の中に落下してきた。
そしてその真紅の騎士が貫いたメタルナイトのいた場所――今は誰もいない空白の場所にその真紅の騎士がさしかかったとき、その騎士によって両隣の二人のメタルナイトも目にも止まらない速さで貫かれたのであった。
聖王国軍は、真紅の騎士のその神技とも言えるこれら一連の攻撃から、目をそらすことができなかった。だが、実際にはその攻撃は誰の目にも止まらなかったのである。
まさに真紅の騎士の突進は神業であった。その騎士の後に、家臣である真紅の騎士団が一本の槍のように二列で聖王国軍の中に突き入った。ほどなく、その真紅の軍は聖王国右翼軍の中程で転身し、一旦そこから離脱し、また角度を変えて聖王国右翼軍に突進してきた。突進の度に真紅の軍は兵を交代させた。
交代した新たな兵により第二、第三の突進が続けられたが、錐の先端にあたる真紅の騎士のみ交代せず、休みなしで突進してきた。それでいながらその騎士の槍さばき、馬さばきは苛烈極まるものであった。
さて、その真紅の部隊と対峙していたのは、聖王国軍の右翼であり、四万の兵を束ねている人和将軍ムーズであった。齢七十を越え、百の戦を経験した文字通り百戦錬磨の彼をして、三度の突進までは右翼軍を支えていたが、四度目の突進でそれは崩壊した。
また、ムーズ将軍の元に『人和十二傑』と言われる武術に秀でた兵が十二人いたが、全員が真紅の騎士の前に一太刀も交えることもできず露と消え失せた。
その間、聖王国軍の左翼――地利将軍のグラフは、白の騎士団――『白虎騎士団』と、聖王国軍の中央――天時将軍のブルムスは、漆黒の兵団――『玄武兵団』とそれぞれ互角の戦いを展開していたが、右翼のムーズ軍の崩壊により、全ての聖王国軍の兵が戦線を一キロメートル後退させた。
龍王暦一〇五〇年三月一日のバクラの戦いの一日目の出来事であった。
〔参考一 用語集〕
(神名・人名等)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の三将軍の一人。地利将軍)
ブルムス(ソルトルムンク聖王国の三将軍の一人。天時将軍)
ムーズ(ソルトルムンク聖王国の三将軍の一人。人和将軍)
(国名)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯の建国した國。金の産地)
(地名)
バクラ(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある町)
(兵種名)
メタルナイト(最終段階の重装備の槍兵。金剛槍兵とも言う)
(その他)
玄武兵団(バルナート帝國の四神兵団の一つ。漆黒の兵団)
朱雀騎士団(バルナート帝國の四神兵団の一つ。真紅の騎士団)
白虎騎士団(バルナート帝國の四神兵団の一つ。白の騎士団)
〔参考二 大陸全図〕