14.
真樹と仲良く話しながら校門を抜けた彗を、翔平は離れた場所から見送った。会話は聞き取れなかったが、彼女は、口数はそんなに多くは無いものの、真樹となら普通に話せるようなのだ。
少しイラッときた翔平だが、寝不足のせいだと真っ直ぐ家に戻った。少し仮眠を取るつもりだった。
リビングに入ると、駿一と静は向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
「お帰り。」
「お帰りなさい。」
「ああ。ただいま。」
静が立ち上がる。
「翔も飲むでしょ、コーヒー。」
「うん。頼む。」
「俺、掃除機かけといたぜ!」
「当たり前だ!」
自慢気に言う駿一に、翔平は表情を変えずに言った。
「静にはこっちから頼んで来て貰ったが、お前は来るなって言ったのに勝手に来たんだ。働かざる者食うべからず。掃除くらいしないと叩き出すぜ。」
「翔平くん、冷たい………。」
スネる駿一には構わずに、静が言った。
「そう言えば、彗ちゃん、ゴキブリが駄目なんだったわね。」
「ああ。」
「まぁ、そういう私も駄目だけど……。」
「普通の女の子は大抵そうだろう。」
「お風呂場によく出るんでしょ?排水溝のところ、台所用の水切りネットでカバーしたら入ってこれないんじゃない?」
「駄目だ!ゴキブリ対策は一切しない!」
「どうしてだ?」
「アイツが否応なく俺に頼らないといけない、数少ない機会だからだ!俺の助け無しでは生きていくのも大変だと思い知る必要がある。」
「………ゴキブリくらいで大げさな。大体、知っていて何にも対策を取ってやらないのは根性悪いだろう?」
「アイツの鉄壁の拒絶に比べたら、俺のやっていることなんか可愛いもんだ。」
むくれている翔平に、駿一が首を傾げた。
「もしかしてご機嫌斜め?何か怒ってる?」
「……単に寝不足なだけだ。」
「彗ちゃんの寝顔に興奮して、寝れなかったのか?」
「………本気で叩き出されたいようだな、駿。」
翔平の目が据わっている。その前に静がマグカップを置いた。
「さんきゅ。………寝れなかったのは本当だが、そういう理由じゃない。アイツの受けた心の傷ってのが、思った以上に根が深くて、放っておけなかったんだ。」
翔平は、彗の昨夜の様子を二人に話して聞かせた。
「………彗ちゃん、可哀想………。」
「殻に閉じ籠もっているような態度も、自分の心を護る手段だったんだな。」
頬に手を添え、哀しげな表情になる静。腕組みして、納得したように頷く駿一。
二人に視線を向けつつ、翔平は続けた。
「それだけ追い詰められながら、誰にも頼らずに独りで生きて行こうとするから腹が立つんだ。」
「でも、そんな状態の彗ちゃんの心の殻を剥がしちゃって大丈夫?」
「アイツを護るのは俺だぜ?何とかするに決まっている。」
「彗ちゃんは女の子なのよ?身体をガードするのと心をガードするのとは違うんだから、そう簡単にはいかないんじゃない?」
「だから、お前のことも呼んだんだろう?」
「………まぁ、そうなんだろうけど………。でも、私にもどれだけできるか判らないわよ?とにかく、彗ちゃんの中に確固たる翔への信頼を植え付けないことには、どうにもならないってことも覚悟しておいてよね?」
「もう、とうに覚悟してるさ。この家に戻った時にな。」
そう言って翔平はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
「少し寝る。」
「その方が良いわ。」
「うん。おっやすみ~。」
静と駿一は、その背中を見送った。
ゴキブリが平気だという女の子の方が珍しいと思います。多分……。




