13.
朝、目覚めると、彗は自分が座ったまま、何かにしがみついているのに気が付いた。ぼんやりしながら顔を上げると、目の前に翔平の穏やかな瞳があって、一瞬で目が冴える。思わずのけぞったら、肩に掛けてくれてあったのだろう、薄い毛布がずり落ちるのが感じられた。
身体が離れると、翔平はベッドから下りて立ち上がり、優しい瞳のまま彗を見下ろして、その頭をクシャッと撫でた。そして何も言わずに部屋を出て行ってしまう。後には彗自身の早鐘のような鼓動だけが響いていた。
いつもと同じようで違う朝。
彗は人数分の食事の用意を始める。静も早起きして、手伝ってくれた。
正直、駿一が来た時には恐怖が先に出たが、自分より年上の女性である静の存在は、彗にとって、大きな救いだった。優しく朗らかな人であるだけに尚更だ。
「彗ちゃん、アルバイトって平日だけでしょ?今度の土曜日、空いてる?もし空いてたら、買い物、付き合って欲しいんだけど……、どう?」
「はい。大丈夫です。」
静が相手だと、受け答えにも、トゲの入り込む余地が無い。
「嬉しい!良かったぁ!……男は放っておいて、女二人、ランチもしましょ!うわぁ、楽しみっ!」
静が本当に嬉しそうに、綺麗な顔をほころばせるから、益々彗は好意を持ってしまう。
こんなお姉さんがいたら良かったのに……。
そう思った。
朝食を終えて家を出ると、前で真樹が待っていた。先に学校に行ってくれても良いのに過保護だな、と彗は思う。自分が水沢家に来てからずっとこうだからだ。それだけ真樹に気を遣わせているのか、それとも彼の性分なのか。
並んで歩き出すと、真樹が言った。
「何か良いこと、あった?」
「どうして?」
「いつもと雰囲気が違う。」
と言われても、彗には自覚が無い。
「……そうか?」
静のおかげかな、と考えたりする。やっぱり、同じ家の中に年上の女性がいてくれるというのは、今までとは違った安堵感があった。
だが、静や駿一の存在を知らない真樹は、それを翔平の為だと思ったようだ。
「やっぱり、翔平さんが帰ってきてくれたら、ホッとしたんじゃないの?」
彗は首を傾げた。正直に言う。
「………判らない。判らないけど、翔平さんはちょっと怖い。」
真樹は悪戯っぽく言った。
「もしかして、何かしでかして、翔平さんに叱られたな?!」
「……うん。」
「彗が叱られるようなことをするって、信じられないけど。」
真樹は声を出して笑う。
「でも俺も昔、よく翔平さんに叱られたよ。大抵の場合、翔平さんが怒る時って、相手を思ってのことなんだよね。」
「そうなんだ?」
「勿論、翔平さんから見て、ということだから、百パーセント翔平さんが正しいとは言い切れないこともあるけど。でも、翔平さんに叱られると、心配してくれてるんだなって嬉しくなったよ、俺はね。」
「ふうん。」
だが、確かに翔平は昨夜、いつもの夢で泣いてしまった自分に、一晩眠らずに付いていてくれた。ただ驕慢なだけの男では無いのかもしれない。
それでも彗はまだ、翔平にどう接して良いのか判らなかった。大体、ゴキブリの件にしても昨夜の件にしても、翔平に恥ずかしい姿ばかり見せている気がしていて、顔を合わせるのでさえも少し気まずいのだ。勿論、向こうはそんなに意識していないだろうが。静という存在もいる訳だし。
改めて静との関係を尋ねた訳ではなかったが、自宅に呼んで住まわせる以上、特別な関係なのだろうと、無条件に考えていた。
ふーっと息を吐いた。何となく気が滅入る彗だ。
「………どうしたんだ?」
真樹が首を傾げる。
「……いや。何でもない……。」
彗は力無く首を振った。




