12.
その夜、翔平はパジャマに着替え終わった彗を自分の部屋に引きずって行った。
「お前は俺のベッドを使え。」
「………翔平さんは?」
「お前が出て行けないように、扉に寄り掛かって寝る。」
彗は、翔平に聞こえないように気を付けながら、小さくため息をついた。言われた通りにベッドに入り、翔平に背を向けるように横たわる。だが、色々あって疲れていたのか、すぐに眠りに落ちてしまった。
ものの数分で寝息を立て始めた少女に、翔平は苦笑いを浮かべた。どんなに強がっていても、所詮はまだ子供なのだ。
だが、その十五歳の少女を、亡くなった母親のところに行きたいと思わせる程追い詰めたのは、自分ではないだろうか。今まで生活の中に存在しなかった自分が新たに家の中に入り込んできたことが少女の心をかき乱したのでは……。
かといって、子供二人で生活させるのにも不安がある。何より翔平自身が二人を放ってはおけない。とすれば、たとえ紆余曲折があっても、時間が掛かったとしても、三人で上手くやっていく方法を模索し続けるしかない。
ベッドの中の彗が身動きをした。それが合図になったかのように、急に彼女の呼吸が荒くなる。
「…………………。」
何か寝言を言っているようだが、言葉になっておらず聞き取れない。
体調が良くないのか………?
そう思いつつ、翔平は立ち上がってベッドの横に歩み寄る。
「………ん……………あ………。」
少女は汗をびっしょりかいて、眉間にシワを寄せて小さく震えていた。悪夢に魘されているようだ。
起こした方が良いだろうか?
そう翔平が思った瞬間
「……か………さん!」
叫んで少女は飛び起きた。全力疾走の後のように肩で大きく息をしている。座り込んだ状態で暫く呆然とし、それから魂が抜け落ちるかのような大きなため息をついた。両の掌で顔を覆い隠す。それがすすり泣きに変わるまで、さほど時間は掛からなかった。
翔平は、静かにベッドの脇に腰掛け、そぉっと少女に腕を伸ばす。小さな身体を包み込むと、彼女は驚いたように一度大きく震えた。殆ど寝起きに近い状態の為、ここが翔平の部屋で、監視されながら翔平のベッドで眠ったことを忘れていたらしい。泣いている彼女の細い身体にきゅっと力が入る。まるで自分を拒絶しているのを主張するかのようだ。だからといって、翔平の方も少女を離すつもりは無かった。こんなに傷付いている姿を見てしまっては。
目の前で、一瞬前まで元気だった母親が命を落とす………。
そんな経験が落とす影の深さを、翔平は初めて垣間見ることになった気がした。
逃げないように、だけど傷付けないように、少女の身体を束縛する。だが、彼女の方にも恐怖や混乱はあっても、逃げるだけの気力は無さそうだった。ただ、静に涙を落とすだけだ。そんな頼りない姿がますます翔平の心を打つ。独りにできないと、してはいけないと、そう強く思った。
出て行った翔平が知らなかっただけで、水沢家に引き取ってから彗は、甘えることも救いを望むこともできずに、毎晩独りきりで記憶という名の悪夢に耐えてきたのだろう。今後、自分が彼女をこの苦しみから掬い上げてやるのだ。翔平がそう決意するのは当然の流れである。包み込む腕に力がこもった。
どれくらいそうしていただろうか。彗の身体の力がふぅっと抜けた。翔平の胸に彼女の頬が当たる。覗き込むと彼女はまた眠りに就いていた。頬には涙が残っている。そぉっと指を伸ばして光る粒を受け止めた。
眠ってしまった彗を横にしてやろうと思った翔平は、彼女の両手が自分のシャツの胸を掴んでいるのに気が付いた。片方の手の指を一本一本伸ばしてやり、シャツを離させる。同じようにもう片方の手の指を伸ばす間に、先程シャツを離させた筈の手が、やっぱり翔平のシャツを握っている。翔平は微かにため息をついて諦めた。それから夜が明けるまで、翔平はずっと少女を腕に閉じ込めて過ごした。




