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一章 『再会』と良く似た『何か』 八話目

Wrote:RIL


 さて、困った。

『誰か使いが来るか何か変化があるまで』のミアの家への滞在任務。

変化はあった。これで帰れる。

少女を殺さずに、あの化け物を封じ込める事が出来た。ここまでは殊勲賞物だ。

後は、少女を殺さずにベルクの元へ送り届ける。任務は元々そういう趣旨だったんだろう。

極力呪言を使って欲しくなさそうだったベルクの様子も、これで納得いく。

唐突な遭遇にあまり深く考えなかったが、化け物は『血塗れシーラ』のような……むしろ神格はそれ以上の、底知れない何かを感じさせる伝説級の存在だ。

そんなものがほいほい歩いていて、騒ぎにならないわけがない。

実際、この家に着くまでの間にそんな奴は見なかったし、ここに滞在する数日間も見かけなかった。

この少女に使役されていた。この少女の中で隠れていた。この少女に寄生している。もしくは実はこの少女そのものが奴で、普段は巧妙に擬態している。

……考えられる理由はだいたいこれくらいか。

「……」

少女のほっぺたをつねってみたが、奴が出てくる気配は無い。

たかがトカゲの怨霊ごときがあんな力を持っているわけがない。

しかし、奴は爬虫類の骸骨をしていた。考えられるのは……奴は、竜族の怨霊?

バカバカしい。それなら確かにシーラ・ル・レッドを遥かに上回る魔力にも納得いくが、そんなものに憑かれた人間が無事でいられるわけがない。使役しているようにも思えなかったし、そもそもその場合少女が私を襲うようにけしかけた事になる。

ぐだぐだと考えたが、結局どちらにせよこの少女はどういうわけか、奴と共存している。ようは異教徒の魔法使いの関係者。つまりは、セルリア公国における教会の敵。

「……」

度合いに寄ってはベルクの味方か。

そう結論付け、この街の司教を呼ぶ事でこの事態を収束させるのは止めておく事にした。

そもそも、ベルクが私をこの街に置いたのはこの出来事を予見しての事なのだろう。教会への報告自体すべきではないのかもしれない。

……しかし自力でなんとかするとなるとかなりの手間だ。

金貨があるから封印式の触媒だけでも教会から買うか……とも考えたが、それだとこの少女をベルクの元へ連れて行く汽車代を払う事が出来なくなる。

身柄を教会に引き渡す羽目になったら、それこそ本末転倒だ。

いつもながら、ベルクは詰めが甘すぎる。私はこんな事態を想定しては居ない。

ある程度でもこの状況になる事が予見できていたのなら、もっと大金を用意するなり魔封石を持たせるなりをするべきだ。

……あの脳無しめ。

仕方なく、独力で化け物への封印式を編み込み始める。

先ほどは運良く押し込む事が出来たが、もう一度やれと言われたら絶対に無理だ。奴も多少なり学習しているだろう。

おそらくは、宿主の方を先に呪いで縛ったから身動きが取れなくてやむなく戻っただけだ。もう一度やればまず少女の方が確実に死ぬ。

私ひとりでは問題の先延ばししか出来ない。それならベルクの元へ帰るまでの間、外に出られないようにする。そういう封印を組む。

「……」

文字描きの要領で、魔方陣を描く。そもそも文字描きの魔法の用途はこっちが本懐なのだが、それに使っている人を殆ど見たことが無い。私ですら、数える程しか使った事が無い。

「……」

困った。呪言と封印とは相性が良いからなんとかやれないかと思ったが、やはり触媒が何も無しでの長時間の封印は構造的に無理がある。

そもそも封印とは土地に縛る為の物だ。自由に動き回る生物に縛る封印など、人の身には余る。

その昔、捕らえた悪魔をモルモットに直接封印して魔力供給せず経過を調べてみた結果、ものの10秒で狂化し、30秒も持たずに悪魔がモルモットの体を食い破って出てきた実験結果を思い出した。

意外と、ミアの力で色々とやっていた三代目の傍に居た経験則は、無駄では無いらしい。

……少女の全身に、簡単には消えない素材で魔方陣の文様を描くほうが確実か。

本人が目覚めたら泣かれるだろうが、大勢の人々が生きるか死ぬかの境目なのだからこの際仕方ない。

最悪、話がこじれたらベルクに治療させて望みの魔具でも作らせれば良い。

体中に呪言を書き込み、それで発動する呪いを媒介にして、少女の持つ魔力と私の注ぐ魔力で発動し続ける封印式。

これならいくらか現実的だ。メルラに着くまでの1日や2日程度なら、だましだましやっていける。

私が筆談に使う羽ペンのインクでは明らかに足りないので、少女により深い眠りの呪言を掛けて市街地まで走って買ってくる。

銅貨2枚。普通に生活してたら、一年掛けても使いきれない量だ。

メルラでは文字描きが通じるから、十年使えるかもしれない。

ミアの家に戻ると、少女はまだ目を覚ます様子が無く安心した。

さて……

脱がすか。

野外で申し訳ないが、残念な事にミアの家の中は展示物がごちゃごちゃとしているし、私一人で少女を運ぶのも手間だ。何より、どの道人払いはするのだから片付けたり運んだりする手間が面倒くさい。

庭を中心に『不可視』の呪言を掛ける。

普通の人間ならこれでこちら側を見ることは出来なくなるのだから、殆ど関係は無いだろう。

とりあえず服を脱がす過程で、少女の荷物を確認してみる事にした。

せめて彼女の名前だけでもわかれば、呪いの構成もぐっと楽になる。

スカートの片方のポケットからは、銀貨3枚と銅貨2枚が出てきた。

おおよそ12~3歳程度に見えるが、その年代の街娘が持ってるにしては少し大きな額だ。

こちらのポケットに入っていたのはただのお金のようだから戻すと、もう片方を探ってみる。

「……ッ!」

思わず出しかかった声を止めた。

驚いた。

なんで、こんな小さな女の子が、世界樹の葉なんて持っている?

昔、三代目が金貨10枚以上掛けて世界樹の葉を一枚買い付けた事がある。

伝承通りに本当に淡い光を放つ木の葉で、大量の魔力を内包していた。

この木の葉は、あの時の木の葉と同じものだ。

伝承において常に光り輝き魔力を発するという世界樹は、傷がつけられると-例えば、枝を手折ったり葉を採り過ぎたりすると-その後数十年、場合によっては数百年という間隔で輝きを失い、その間魔力を失うと言われている。

だから、世界樹の葉なんて貴重な術具が市場に流通する事はほぼありえないと言って良い。

そんな世界樹の葉が、5枚。

5枚だ。ありえない。

世界樹の葉は、私の手元に残しておく。

これさえあれば、多少強固な封印式を組んでも十分以上にメルラまで……いや、その気になれば数ヶ月持つ。

「……」

さらに探ると、魔封石が出てきた。

それも、私でも見た事が無いほど高純度の品物が、幾つも。

見た所、時間に纏わる魔法を封じていた形跡がある。

……この子は、何者だ?

高級な術具専門の行商人か何かか?

いや、確かこの街の近くの森の何処かに世界樹があったはずだ。

教会ですら正確な場所を把握していなくて、年に幾人も世界樹を求めた教会の人間が行方不明になっていると聞く。

しかし、『鴨が葱を背負ってくる』という何処かの国の諺を思い出した。

世界樹の葉なぞ、賢く売れば5枚もあれば金貨60枚近くなる。

魔封石だって、これほどの高純度の物がこれだけあれば、金貨にすれば2枚は下るまい。

この少女の正体も、何故こんな品物を持っているのかもわからない。

が、これだけ高価な術具が揃っていれば、わざわざ心身に負担を掛ける呪いを使う事も無い。

魔方陣を書き換える。

陣の支点に魔封石を置いていき、式の構築に間違いが無い事を確認する。

少女を引きずって魔方陣の中に入れようとした所で、先に石を置いた事が間違いだった事に気付く。

一旦石を拾いきってから、少女を陣の中心に寝かす。

石を置きなおして、魔物に対する呪言で封印を掛け始めた。

ここで封印に呪いを使っている事に気付いたが、これは問題ないだろう。

魔封石は、魔法の力を封じる事が出来る石だ。炎を封じておけば、封じた分の炎を後から発する事が出来る。

冷気を封じておけば、その分の冷気を好きなときに発する事が出来る。

術式に組み込めば、魔力を込めるだけで魔法を発する魔具の原材料となる。

今回は、周辺の……少女の魔力を使って、『魔物が外に出られなくする』檻を造る。

魔祓いは祝言の専門分野だが、魔封じは呪言の専門分野だ。

呪言の通じる相手で良かった。相手が怯んでくれなければ、自分の土俵で戦う事すら出来なかった。

光り輝く魔方陣に呼応するように、魔封石の光が天に昇った。



 眠りの呪言を解いても、少女はまだしばらく目を覚まさなかった。

どうしたものかと少女の頬に触れていると、物凄い勢いで起きられて

ゴッ

という音が響き渡った。

勢いに負けながらも、少女が目を覚ました事で奴が起きないかを警戒して鈴を向ける。

……どうやら、封印式はちゃんと機能しているらしい。

もしくは、奴の気紛れで今は中に居るだけか。

どちらにせよずっとこうしているわけにもいかないので鈴を下ろし、少女と同じように痛む額を押さえた。

「だ、だいじょうぶ……?」

私は頷いて答えた。

「えっと……」

念の為目を覚ますまで起動したままにしていた魔方陣が気になっている様子だから、簡潔に答えた。

『貴方に良くない物がとりついていたから、封印を施した』

「わぁっ!?」

何故か、驚かれた。わけがわからない。

もっと細かく説明するべきだろうか。

『貴方にー』

「待って」

文字描きをする手を掴まれた。

「私、字、読めない」

驚いた。

いや……この街事態は豊かだが確かに、ここは辺境だ。都会と違って女子供の習字率はそれ程高くないのかもしれない。

すると、少女に対する山ほどの疑問も伝えようが無い。

仕方なく身振り手振りでなんとか伝えようとするが、全く伝わらない。

少女は私から何かを読み取る事をさっさと諦めた様子で魔方陣の方に目を向けた。

「あれ?このガラス……」

しまった。

「あれ……?」

こんな事になるのがわかっていたら、目を覚ます前に魔封石を戻しておくべきだった。

……というか、魔封石を言うに事欠いてガラスとは。どうやらこの少女は本当に無知なようだ。

私は少女のスカートを指差し、その指を魔封石に対して向けた。

「あの……多分、一緒に光る葉っぱが入ってたと思うんだけど……」

言葉が通じないのなら、言い訳のしようがない。私は素直に世界樹の葉を全部取り出した。

『勝手に盗ってすまない。しかし緊急の措置だったから仕方なかった。貴方にとりついた魔物を封じる為には貴方の名前かこれらの道具が必要でー』

「もう、人のもの勝手に取っちゃダメでしょ」

指で額をつつかれた。

……物凄く悔しくなってきた。

少女が掌を差し出してきたが、困った。世界樹を返す事に異存は無いが、最低でも一枚は少女に使わないと、運が悪ければメルラに着く前に内側から食い破られかねない。

それこそ、三代目が実験に扱ったモルモットのように。

「……もしかして、欲しいの?」

欲しいといえば、欲しい。最終的には全て返す事になるのだが、私が必要なのは少女の屍骸ではなく生きた少女だ。この子をベルクの屋敷まで無事に送り届けるまでが、任務だ。

「じゃぁ、一枚だけ返して?残りはあげるから」

少女は、少し考えた末そう答えた。

確信した。

この子は、無知なんだ。

魔学に対して何の知識も無い。

それなら、ベルクの屋敷に着くまで世界樹を私が預かっていても問題無いだろう。

私は頷いて世界樹の葉を一枚返した。

それだけではなんなので、婦人に貰った花の種を一緒に渡す事にする。

「お礼にくれるの?ありがとう」

頷いて答えた。

「このガラスも、取って良い?」

魔封石を自ら身につけてくれるとは願ったり叶ったりだ。私は頷いた。

少女が石を全て取り上げたのを確認してから、魔方陣を消した。

「ありがとう」

どうやら、無知は無知でも察しは良いようだ。私は気付かないふりをした。


 ミアの家に展示されているケトルを持ってきて、煎じた世界樹を水に溶かすと、焚き火にあてた。

ただの鉄だろうに、よくもまぁ腐食せずに残っていたものだと感心する。

「そういえば、貴方のお名前はなんていうの?お母さんは?」

まぁ確かに、私くらいの見た目の子供が一人で居たら当然気になる話だろう。

文字が読めないというから余り期待せず、名前を宙に描く。

『RIL』

「あ……い、る?」

あぁこれは名前が伝わる事は無いだろう、と思いながら相手を続ける。

予想通り、しばらくの間少女に付き合ってー途中、彼女の名前がシアという事を知ったー結局、私の名前は彼女に伝わらなかった。

文章以前に、文字そのものの読み方を間違えて覚えているような人に、名前を教える事の難しさを知った。

大衆の習字率の低かった大昔なら兎に角、ずっと首都でサヤと共に生活していたからそんな苦労をした事が無かった。

しかし不思議な事に、私が喋らない事については何も言及してこなかった。

気になるだろうに、文字が読めないという知識の割に教養の無い人間では無いらしい。

そこは好ましい。

しかし、気になることがある。

シアという名前。

ミア・フォルトの親友が、シンシアという名だったはずだ。

似た名前と、世界樹や魔封石を持っていた事実。

状況証拠は必要以上だ。十中十、シアは彼女。

すると、もし先ほど彼女を呪言で死に至らしめていたら、私の手でミアとの約束を違える事となっただろう。

今更ながら、冷や汗をかいた。

「お母さんは?」

首を横に振って答えた。実際に母と呼べる人はもう居ないし、説明するとややこしくなる。

ベルクの屋敷に着くまでは、シアの質問には適当に答えておく事にした。

お湯が沸騰したのを確認して、マグに注いでシアに渡す。

「ありがとう」

ふーふーと息を吹きかけて一口飲むと、シアは眉間にしわを寄せた。

不味いらしい。

三代目は、実に美味そうに飲んでいたが……あの変人は舌も狂っていたのか。

「……何の紅茶だろう」

私は、世界樹の葉を見せた。

「その葉っぱを入れたの?」

頷いて見せた。

「……残しても良い?」

そんなにも飲みたくないらしい。どれだけ不味いのか。

私は首を横に振った。むしろ、全部飲んでもらわないと困る。私はシアにケトルを差し出した。

「……全部飲ませる気?」

頷いた。これはシアの為だ。

「あなたは飲まないの?」

頷いた。これは嗜好品ではない。薬品だ。シアが飲まないと意味が無い。

「はぁぁ……がんばってこう……」

意外と素直に頷いて、シアは涙を浮かべながら続きを飲み始めた。

これで一安心だ。世界樹の魔力を彼女が摂取すれば、彼女の中に居る『奴』に内側から食い破られる事は、防ぐ事が出来る。

ちゃんと説明出来れば彼女も納得して飲めただろうに、少々心苦しかった。



 夜はシアが何処かに行かないように、袖を掴んで過ごした。

事ある毎に「どこにもいかないから」と笑うシアに、もう面倒くさいから『寂しいから人について歩く女の子』を演じる事にしておいた。

一応、彼女を常に確保しておかないといけない。居なくなると困る。

一晩シアの服の裾を握ったまま寝た。サヤ以外の人間と寝るのは、久しぶりだ。

翌日はシアに手を揺さぶられて目を覚ました。

「おはよう?」

私は、朦朧とした意識で『おはよう』と宙に描いて答えた。体がだるい。

昨日は、呪言を使いすぎてしまった。奴に片腕を食われた事も関係しているんだろう。

「美味しいパンあるよ、美味しくて赤い水っぽい香辛料がついてるの」

シアが茶色い紙袋を取り出した。

私は、返事を宙に描きかけてはたと気付いた。シアは文字が読めない。

文字描きを止め、私は首を横に振って答えた。

「いらないの?」

頷いた。

「おなか減るよー?」

横に首を振った。

寝る前にシアが言っていた事を思い出す。

彼女が記憶喪失で、ミアの眠る遺跡から歩いてミアキャベルまで来たという事。

あたり一面に広がる高純度の魔封石で出来た絨毯の上で眠っていて、目の前に世界樹があった事。

これで確信した。シアはシンシアだ。

早急にベルクの屋敷まで連れて行く必要がある。

シアは大きなパンを千切って片方を袋に戻すと、手元の方を食べ始めた。

それを見て、私も花の芽に水をやらなくちゃいけない事を思い出した。

井戸からマグ一杯の水を用意してくると、庭の端の花壇に水をやる。

新芽の片方は順調に育っていたが、私が昨日踏んでしまったもう片方は、折れて潰れてしまっている。

気がつくと、パンを食べ終えたシアが隣に居た。

『ごめん。これからは一人で頑張って』

私はそれだけ描くと、マグをミアの家に戻してシアの服を引っ張った。

「どうしたの?……わ…ちょっとまって、わっ……」

シアは躓いたりしながらついてきた。

しばらくの間、十数日前に歩いた道を逆方向に歩いていく。

時々駅の方角を確かめ、後ろにシアが居ること、街中でシアから『奴』が出ていない事を確認する。

暇つぶしなのか、シアに色々と聞かれたが、面倒なので適当に答えた。内容は覚えていない。

「あとどれくらい歩くの?」

シアは疲れているようで、これは適当に答えるのが可哀想な質問だと思った。

昨日呪言を掛けられた病み上がりだ。労わる意味も兼ねて、これには真面目に答えることにする。

来た道の方に○を描き、行き先の方に×を描く。

○を指差してシアの背後を指差し、×を指差して行き先を指差す。

○から×に向かって線を引き、半分辺りで手を止める。

これで通じただろうか。

「あと半分くらい?」

通じた。私は、こくりと頷いた。

「普段、画とか描いたりするの?」

また意味不明な質問が飛んできた。首を振って答える。

「あと、半分かー」

シアはうんと伸びをして、笑いかけてきた。

「よし、がんばってこう」

あまりに良い笑顔で笑いかけられて、話半分に相手をしていた事に少々罪悪感を感じたので、私は彼女から目を逸らした。



 駅にたどり着くと、シアは少し興奮している様子だった。

『メルラまで子供2人』

駅員に描き、金貨を使って切符を買う。

「わ……金貨なんてはじめて見た……」

恥ずかしいから止めて欲しい。

2枚の切符とおつりの銅貨4枚を受け取り、片方をシアに渡す。

「え……っと、そんな大金使っちゃって、お母さんに怒られないの!?」

文字が読めないシアに色々と説明するのは面倒くさい。

シアの質問は一先ず置いておいて、ここらで誰か適当に通訳を頼めそうな人を探すことにしよう。

辺りを見渡してみる。

まず出来れば、一人なのが望ましい。

そして身なりがきちんとしていて、教養と学のありそうな人間……男の方が良いだろう。

人の群れの中から、金髪碧眼で整った顔立ちの、長身の男を選んで『声を掛けてみる』。

彼にした理由は七代目のように、何処か薄幸そうな雰囲気だったからだ。

彼の袖をくいと引っ張って気付かせると、目を閉じて会釈をし、文字を描いた。

『失礼します。こんにちは』

「ええ、はい、こんにちは。」

『私は喋れません。姉は文字を読めません。銅貨一枚で、姉との通訳を頼めませんか?』

「文字を?」

『姉は幼い頃から世俗から離れ、教会で魔法の修行をしていたもので』

「なるほど……引き受けましょう」

私は彼に銅貨を一枚渡すと、彼を連れてシアの元へ戻った。

「どうも初めまして」

「は……はじめまして」

シアは状況がわからなくて困惑しているようだ。

「教会の修行、お疲れ様です」

「はぁ……?」

あぁ困ってる困ってる。

「そちらのお嬢さんに通訳を頼まれまして……いや、妹さんと会話が出来ないというのも大変ですね。それにしても、その年でそれ程にまで世俗から離れた修行をしていたとはご立派です」

「……はぁ……」

「まず……今はリルと読んで欲しい」

ここまできて、シアも得心がいったらしい。

そこから先は途中まではスムーズに話が進んだ。

私はシアの妹、という設定。

昨日寝る前話に聞いた感じ、浮世離れしたシアは世俗から離れていたという設定。

私の母はメルラに居るという設定。

「わかりました……ところで、キシャってなんですか?」

男性は、かなり驚いた様子だった。

……長い間街に居なかった設定にしておいて、良かった。

『姉は、物心ついた頃からずっと協会の中から出なかったから物知らずで』

「ああ……そうでしたね、世俗から離れるというのはそういう事なのですか……」

昨日寝る前、ドラゴンを見たというシアの発言にピンとくるべきだった。不味い流れだ

「汽車というのは、この駅から乗れる乗り物です……ほら、着ましたよ。あれです」

ガシャガシャと機械音を立てながら駅に止まる汽車に、シアは露骨に怯えていた。

「ひ!」

予想通り逃げようとしたシアの腕を掴み、止める。

『早く乗りましょう』

「行きますよ」

苦笑していた男性が、私の言葉を読み上げる。

「やだ!やだ恐い!やっぱり歩いていく!あんな!あんなドラゴンに食べられたくない!」

「ドラゴン……?」

やっぱりか。シアが見たというドラゴンとは、まさに汽車の事だった。

何をどう見間違えればそうなるのだろう。

シアの服の裾を掴んで、何度か引っ張った。

「やだ」

強引に連れて行こうとしたのは失敗だったようで、私に捕まれなかった方の手でひっしと柵を掴んで抱え込んでしまった。

「やだ」

『来て』

「やだの」

『来なさい』

「恐いものは恐いの」

『怒るよ?』

私はシアの手を離すと、オロオロと……本当に、『オロオロ』といった言葉がよく似合う様子の男性に説明してもらう事にした。

非常に面倒くさい。

『あれがドラゴンでない事を伝えてもらえますか?』

男性はこくこくと何度か頷いた。

「ええと……お姉さん、落ち着いてください。まず、あれはドラゴンではありません。そもそも、生き物ですらありません」

「だって動いてるじゃない!煙吐いてるじゃない!怒って唸り声あげてるじゃない!」

『汽車の構造とか、わかりますか?』

男性は「ええ」と返事をすると、シアに説明を始める。

「汽車が動くのは乗り物だからです。煙を吐くのは、動力に石炭を使っているからです。音は機械音です」

「後半さっぱりわかんない!」

「つまり、危険なものではありません。その証拠に、中から出てきた人も皆無事でしょう?」

「外に出られたのは入った人のほんのごく一部で、皆中で死んじゃったかもしれないじゃない!」

男性は、言葉を失う。

『本当にすみません、姉は本当に世間知らずなもので』

頭が痛い。

「世俗を離れるというのは、大変な事なんですねぇ……」

「とにかくやだ!」

どうするべきか。男性は手を組んでうーんと唸ってから、シアに説明を再開した。

「あれは、動く家のようなものです。見てください、壁面に窓ガラスが張られているでしょう?」

私は上手にシアへ汽車の事を説明する知識を持たないから、男性に任せる事にする。

「大きな家に、馬車に使われるよりも頑丈な車輪を幾つもはめ込んだようなものです。落ち着いて見てみて下さい」

上手い例えだ、と思った。これならシアも納得してくれるだろう。

当の彼女は、ちらりちらりと汽車の方を見てー例え相手が魔物でも、目が合わなければ気付かれないという物では無いと思うがー

「でも、それだと引っ張ってる動物が居ないじゃない!それに、煙を吐いてるし家の中火事じゃない!食べられるのも嫌だけど焼け死ぬのも嫌!」

それでも、乗る事を拒否した。

男性は、私と同じように額を手で押さえ込んでしまった。

頭が痛い。どうやら、シアの頭の中では『車輪がついているもの=前で動物が引っ張るもの』という図式がそう簡単には揺るがないらしい。

ピイイイイイィィィィ!

「あ……」

警笛の音に汽車を振り返ると、がたんごとんと音を立てて汽車が発ってしまう所だった。

不味い。汽車なんて一日に3通しか止まらないじゃないか。これを乗り過ごしたら何時間も待つ事になる。

私と男性は、顔を見合わせた。多分お互いに同じような表情をしているだろう。

動き出した汽車はぐんぐんと速度を上げ、すぐに見えないくらいまで遠くに行ってしまった。

「どうしようかな……」

男性は口元に手を当て、困った顔で考え事をし始めた。

「……」

申し訳ない事に、男性が汽車に乗れなかったのは私達のせいだ。

何も言わずに銅貨を一枚取り出すと、男性に手渡した。

「……すみません、いただきます」

男性は、それを懐にしまいこんだ。

私はシアに向き直った。


私の表情から何かを感じ取ったのか、シアはびくりと身を竦めた。


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