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一章 『再会』と良く似た『何か』 九話目

Wrote:RIL


 言葉が通じないのはわかっていたが、とりあえず憤りを発散するのにシアに対して説教を行った。

シアには私が怒っているニュアンスは伝わったらしい。ニュアンスだけは。

彼女はいかにも『よくわからないけど頷いておこう』というような顔でこくこくと頷いていた。

こうなってしまっては仕方が無い。

待ちぼうけに付き合わせてしまった男性と、お互いに少し詳しい自己紹介をし合った。

男性はハリウスという名で、学者をしているらしい。行く先はメルラより先の駅という事だから、安心してシアの相手をさせられる。

そして汽車の中で寝ても寝過ごさずに済みそうだ。

シアに汽車について質問攻めにされているハリウスを遠目に見ていて、思った。

運が良い。

私はあの義妹と違って科学技術や錬金術には詳しくない。

好奇心旺盛な子犬のようなシアの相手など、私の知識では出来なかった。

汽車の構造には興味が無いから、時々ハリウスに文字を描きつつ座って適当に線路の向こうに見える鳥を眺めていた。

「……ごめんなさい」

「いえいえ」

しばらくの問答の末、シアはようやく汽車がドラゴンでは無いと理解してくれたらしい。

私は適当に『まったくだ』と描いて、嘆息した。

「それにしても、お姉さんはこれほどまでに世俗から離れて、一体どんな修行をしていたんですか?興味があります」

その質問に、シアは露骨に困った様子で私に視線を送った。

シアは嘘をつくのがそれ程上手いわけではないらしい。仕方ないので助け舟を出す。

『教会においても秘匿事項とされる魔法の修行だから、それは他人にあまり詳しく話すわけにいきません』

「なるほど……それにしても、姉妹揃って優秀な魔法使いさんなんですね」

『それ程でもありません』

しばらくすると、逆方向への電車が来た。

シアはおっかなびっくり、しかし興味深げに汽車に近づく。

「これの中に入るんだよね」

「いえ、これには乗りません」

「えぇ!?」

道理の仕組みが理解できたわけではないらしい。

「これは、逆方向へ向かう汽車なので……」

「逆方向?」

「ええ、僕達が乗りたいのはメルラへ向かう汽車です。これは、メルラから来た汽車です」

混乱しているらしい。

「あっちに行ったりしないの?」

「しません」

「そっかー……」

シアは残念そうな顔をした。

警笛や煙を噴出す音、機械音と供に汽車がまた駅を発つ。

何やら、申し訳ない。私は三枚目の銅貨を、ハリウスに渡そうとした。

「……流石に、受け取れませんよ」

やんわりと断られた。

彼は結構なお人よしのようだ。何処か幸薄そうな理由も、わかった気がした。

きっと彼の人生、今回の私達のようなのにつき合わされ貧乏くじを引く事も多いのだろう。

それから数時間、待ち続ける。

シアはハリウスと惣菜パンを分けて食べた。

私が物を食べない事に二人はー得にシアはー疑問を持ったようだが、『宗教上の理由で夜しか食事をしてはいけない』という設定にしておいた。

何も、魔法使い全てが教会の人間ではない。

姉妹で信じる神が違うという事にハリウスは疑問を抱いたようだが、深く詮索はしてこなかった。

また、何時間か経つと待ちに待ったメルラ行きの汽車がやってきた。

「今度のには乗るんだよね?」

「はい、乗ります」

私は少しはしゃいだ様子のシアを尻目に、一足先に汽車の中に乗り込んだ。

前の汽車から何時間も待ったせいか、シアは完全に汽車への恐怖をなくしたようで、むしろ嬉々としてついてきた。

「わー……」

何やら感心しているらしい。

私は疲れたから、シアの相手はハリウスに任せて寝る事にする。

いつも通りサヤへの寝る前の挨拶をして、呪言で遮音を行って目を閉じた。



「それでは、また機会がありましたら」

「はい、また!」

『ありがとうございました』

メルラの駅でハリウスと別れる。

帰りでも行きと同じ過ちをしてしまった事に少々気恥ずかしさがこみ上げてくる。

車掌が切符の確認に来た際、シアに揺さぶられて起きたが、何故音が何も聞こえないのかしばらくわからなかった事だ。

自分で遮音をしておいてこれでは世話は無い。

大きな機械音を立てながら、汽車は去っていった。

隣で、シアが犬の尻尾のように腕をぶんぶんと振っていた。

駅から外に出ると、騒がしくも懐かしい、見慣れたメルラの喧騒に包まれた。

シアは落ち着き無くきょろきょろと辺りを見渡す。

人の群れを見慣れていないらしく、ミアキャベルの駅の時よりも興奮している様子だった。

「お祭りでもやってるの?」

私は首を振って答えた。この辺りはいつもこんな感じだ。

放っておいたらはぐれてしまいそうなので、彼女の手を取った。

ベルクの屋敷を指差し、そちらに行くように促す。

「うん、わかった」

私が歩き出すと、シアもそれに倣って歩き出した。

「ふふ……」

何が楽しいのか、シアは含み笑いをする。

「ようし、がんばってこう!」

何事か考えていたのだろうか、いきなり何かの宣言をされた。

「さ、早く行こう」

私が足を止めて振り返ると、急かされた。

わけがわからないが、汽車の時と違って率先してベルクの屋敷へ行きたがっているなら都合が良い。

私は普段より足早に屋敷へと向かった。



「おかえりなさい!」

『ただいま』

屋敷のベルを鳴らした途端、サヤが顔を出した。

手には箒を持っていて、丁度エントランスホールの掃除をしていたらしい。

サヤと目が合った瞬間、彼女は青ざめた。

「リル……あぁ……こんなになってしまって……」

サヤは左手で私の右手を取った。

一目でばれてしまったようだ。サヤは表情を戻すと、シアに向き直って言った。

「はじめまして。ようこそおいで下さいました、シンシアさん」

「あ……はい、はじめまして……」

「私はサヤと申します」

「……シアです」

私も右手でサヤの左手を取り、目を閉じて二人で小さくお祈りを唱える。

シアは名乗っても居ないのに名前を呼ばれーそれも愛称ではなく、本人すら覚えていない本名の方をー困惑している様子だった。

「そちらでお掛けになってお待ち下さい。今、ベルクを呼んできます」

サヤはエントランスホールに置かれているソファへ座るようにシアに促した。

シアが何か聞いてきているようだったが、この屋敷にはサヤとベルクが居る。

私ではシア相手にはまともな返事が出来ないし、面倒なので無視した。

「シア……!」

サヤはベルクを呼びに行こうとしていたが、その必要は無かったようだ。

階段のテラスから驚いたような真剣な声色で、本当に『思わず呼んでしまった』という印象でベルクが姿を現した。

「……誰?」

この屋敷に着てから、初対面なのに会う人会う人皆が自分の名前を知っていたら、それはシアも驚くだろう。

それも、倍近く年の離れた男に感慨深げに名前を呼ばれたら、記憶喪失でなくても困惑する事だろう。

「シア……シア……いや……サヤ。シアの相手は任せた」

「……はい、わかりました」

ベルクはすぐにシアから目を逸らすと、私の手を取って階段の上へと上り始めた。

あぁ。と私は思った。

サヤに一目でばれたのだから、ベルクを誤魔化せるとも思って居なかったが。

少し、憂鬱だ。



「シアが……生きてた。シンシアが生きてる」

部屋の扉を閉めると、ベルクは扉にもたれかかるようにしながら、喜びを噛み締めるようにもらした。

見ると、ベルクは泣いていた。

いや……泣く、というより『涙を流していた』。

なんとなく、彼の気持ちはわかる。

本当なら、誰よりも早くシアと話したいんだろうに。

いくら相手がベルクとはいえ、その手を煩わせるのは少し心苦しい。

「あぁ……悪いな、リル。初代からの記憶が、ちょっとな……」

ベルクは涙を拭うと、「ふぅ」と息を吐き、普段あまり見られない真剣な顔になった。

「……で、リル。何があった?半分以上減ってるじゃないか」

そんなにも消耗していたのか。それほどまでにダメージを負っていつつも、それを殆ど感じない事には違和感を感じた。

何から話すべきだろうか?

考える。

……とりあえず。

「ごふっ!?」

無防備なベルクのみぞおちに、思い切り力と体重を込めた右ストレートを叩き込んだ。

「げふっげふっ……何故……?」

ベルクは膝をついて、腹を押さえながら苦しそうに声を絞り出した。

とりあえずそれだけで気が済むはずが無いので今度は文句を言ってやる事にする。

『あんな化け物と戦う事になるとは聞いていなかった。アレは何者だ。彼女の肩口から化け物が出てきた』

「あー……それなー……」

ベルクは頬をぽりぽりと書くと、私から視線を逸らしながら、言った。

「まさかこんなすぐにシンシアが目覚めると思ってなくてげふっ!?」

腹がたったので蹴り飛ばしてやった。はやり、確信していた通りあれはシンシアだった。

『つまり私はベルクの見立てでは、もっと長々と一人で野宿を続けさせられる予定だったと』

「ちょっと待て落ち着け?確かにそれは間違ってないんだが、あの伝説の大司教ヴァイヴェンの封印だぞ?まさか二週間やそこらで破れるとは思って無くてだな……応援を送るハズだったんだ」

『応援?』

「レイナをな。まぁ、捕まらなかったわけだが」

『あいつを?』

ベルクが、一枚の紙切れを取り出して渡してきた。

『アブルと新商品の珍しい果物探しの旅に出るのじゃ。しばらく帰らん。探さんで欲しいのじゃ』

「……」

とりあえず書き置きだったんだろうこの紙を力の限りビリビリに破いてやる。

本当に、大事な時にばかり役に立たない義妹だ。

「それに、アレもそう簡単に目ぇ覚ますはずじゃなかったんだよ。あーほらなんて言ったかな……渡り歩く厄災。サディリス・ル・ウォーカーだっけか?アレは教会でも機密中の機密だからな」

『何故私にも教えなかった?』

「悪いとは思ってる……が」

一旦、ベルクは言葉を区切って言い難そうに髪の毛をぼさぼさとかいた。

「お前、あの子がシンシアだって知ってて呪言なんて掛けられたか?」

ぐさり、とそのベルクの言葉が突き刺さったような気がした。

確かに、私はあの子を『殺すつもりで』呪言を使った。

それこそ、本当に手加減する余裕なんて無かったし……加減した呪言など、奴には効かなかっただろう。

「……俺なら無理だ」

私にも無理だ。永い間『ミア』の傍に居た私が、シンシアの命を危険に晒すような事が、出来るわけ無い。

「……わかってくれたか?」

諭すように言いながら、ベルクが近寄ってくる。

だが。

『それとこれとは話が別だ!』

私は、ベルクの足を思い切り踏ん付けてやる。

「……いや、痛いんだが」

『それならそれで、何故私に術具を持たせない?何故封印式の触媒代すら持たさなかった?明らかに『渡り歩く厄災』相手では装備が足りな過ぎた!』

「めぼしい魔具も何もかも大抵は壊されるか盗まれちまってたし……何より金が無か」

今日二度目の右ストレートを、ベルクの腹に叩き込んだ。

ベルクも今回は、踏みとどまったようだ。忌々しい。

『シンシアが世界樹の葉と魔封石を持っていなかったら、二人とも死んでいた所だった』

「世界樹の葉?」

『シンシアの持っていた異常な高純度の石で『渡り歩く厄災』に蓋をして、世界樹の葉を煎じて飲ませた』

「……ナイス判断だ。よくやった」

ベルクは曲げた右手の指を唇に当てながら、何事かを考え始めた。

これはベルクの……というより、どの代にも共通して言える仕草だ。

私は、シンシアから預かった4枚のうちの、3枚をベルクに渡した。

1枚残したのは、直感の問題だ。『1枚は私が自分で持っておくべき』そういう予感だ。特に深い意味は無い。

「……本物、だな」

ベルクは険しい顔をした。

「確かに、あった。封印式の維持に世界樹の力が有効だった……」

眉を潜める。

「……なんで忘れてたんだ?」

数秒間、目を閉じる。

「なんにせよ今はリルお前だ。どっか削られたな?ちょっと服脱げ患部見せろ」

目を開いたベルクは意識を切り替えるように私へ指示すると、棚の上から木箱を取り出した。

一瞬、躊躇したが着て居たワンピースのドレスを脱ぎ始める。

こういう時に、ベルクが男な事に不便さを感じる。

こういう時は例え3代目のような変人でも、女の方がマシだ。それに、多少方向性は違えども肝心の頭の狂い具合はベルクも三代目も大差無い。

何の気無しにベルクを見ると、世界樹の葉を木箱にしまって振り向いた彼と、目が合った。

『こっち見るな』

「いや、見なきゃ診察のしようが無いだろうが……そもそも見えて困る程なー」

『せめて脱ぐ途中は見るな変態』

ベルクの腹を殴りつけて背を向けるとーこちらから見えないからあちらからも見えないというわけでもないと思うが、気分の問題だードレスを脱いで放り、上半身裸の下着姿になって、まるで診察台のような簡素なベッドの上に横になる。

「……右腕か」

『何故見てる』

ベルクは普通にこちらから視線を外していなかった。レディに対する礼儀はベルクの頭の中には毛頭無いらしい。

「いやだって俺今医者だし」

『死んでしまえ』

「はいはいお人形さんは素直に言う事聞いて下さいねー……で、身体全体が衰弱してるように見えるが。足は大丈夫なのか?」

『死ね』

「いや医者としてだな」

『脱げと?』

「だから医者として」

『脱げと?』

「……お前な」

『脱げと?』

「もういいもういい、そこまで言うんなら直接の患部は右腕だけなんだな?全身かなりヤバい雰囲気だが」

『右腕を喰いちぎられた感じがした』

ふむ、とベルクは先ほどまでふざけていたのを感じさせない真剣な表情になった。

「痛みは?」

『喰われた時は恐ろしく痛かった。今は少し痺れる程度。痛みは無い』

「喰いちぎられた感じっていうのは……比喩か?」

『いや、本当に右腕が持っていかれるのが見えた。奴が持っていった腕を喰う毎に激痛がした』

ベルクは成る程な、と一言漏らして人差し指を口元に当てた。

「そりゃ相手が怨霊の類だったからだな……持ってかれて結びつきが弱くなってんだ。本当なら痛いほうが正常だ」

『どういう事?』

「壊死しかかってるって事だ。感覚の方から崩れてんだよ。全身に行き渡らせるべき魔力が右腕へ過剰に集められてる事でなんとか右腕の形が保たれてる。ただ、傷口からの魔力の流出が酷すぎてダダ漏れになってやがる。ほっときゃすぐ機能停止」

ベルクは私の右腕を取ると、二の腕辺りを押さえ始めた。

「ああぷにぷにしてる」

『死ね!死んでしまえ!』

ベルクは本気でただお医者さんごっこを遊んでるかの如く、私の腕を妙な手つきでさする。

だが、彼の指先から魔力は感じる。一応、真面目に治療しては、いるらしい。一応は。

「この辺だろ喰われた場所。今ので塞いだ。運が良かったな、本体は無事で」

確かに、運は良かった。身体の方が壊されていたら、道中のシアの相手が面倒だった。

「まぁとりあえずこれで、出血多量死みたいな死に方はせずに済むわけだ。良かったな」

『もっと真面目にやれ』

治療が終わったので私は起き上がろうとしたが、ベルクに肩を押さえられて押し倒された。

『何のつもり?』

「魔力の補充。そんな状態じゃ現状維持もままならんだろうが」

『いらない』

「いや必要だ。」

『寝てれば治る』

「いつかはな。俺は今治したい」

『シンシアが目覚めたからって焦るな』

「ウォーカーもいつ目覚めるかわからん。手駒は必要だ」

『嫌だ離せ触るな』

「聞き分け悪いな」

ベルクは私の腹の辺りに馬乗りに乗りかかって、左腕で私の肩を押さえると右腕で宙に文様を描き、魔力球を造りだした。

全面的に体重を掛けて押さえ付けられてるから、手足をじたばたさせてもびくともしない。

『重い。どけ強姦魔』

「言うに事欠いてなんて事言いやがる!」

ベルクは造りだした魔力球をふわりと宙に浮かせ、自分の魔力を私の波長に合わせるように、私の左胸を中心に魔方陣を描く。くすぐったい。

「……ついでだから豊胸手術でもしてやろうか?」

『後で断頭台に送ってやる』

「さて容れるぞ。ちと痛いがガマンしろ」

濃密な魔力が、私の左胸の魔力炉に流れ込んでくる。胸を中心に、全身が火照って熱くなる。収縮していた血管から急に正常に血が流れ出したように、体中が痺れる。痛い。ガタガタと痺れに震える指先が物に触れると、またそこから新たな痺れと痛みが襲ってくる。

「うぅ……」

「お、久々にリルの声聞いた」

『死ね!お前さっさと死んでしまえ!』

動く事もままならないから、指を使わず直接文字描きをベルクに叩きつける。

「この胸みたいに可愛い声だったな」

『今すぐ死ね!』

「褒めたつもりなんだが」

『神経を疑ってやる』

「さて……出力上げるぞ、もう少しで終わる」

「……ッ!!」

今度は意地でも声は出さなかった。

全身の痺れが徐々に強くなり、だんだんと熱に浮かれるように頭が朦朧としてくる。

手足がびくんびくんと痙攣し、眠気以外の理由で意識が遠くなる。

息も荒くなるが、それでも声だけは出さなかった。

「……これで終わりだ。まぁ寝とけ」

断る。

描いたつもりが、宙に何も現れない。魔力が身体に馴染んでいない。今は半ばベルクの魔力に侵食される形になっているから、意識が飛びそうな上に体の自由も利かない。

それでも必死で意識を繋ぎとめていると……

「な……何してるの!?」

ばたんとドアを開く音と、シアの大声で、全てが緩んだ。

これはいよいよもって寝ているわけにはいかない。


何やら面白い事態になりそうだ。

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