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鬼の渡し場――境界の唄  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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10/10

最終話「朝の渡し場」


---


ナギが戻ってきたのは、七日後だった。


今度は一人ではなかった。


しかし兵を百人連れてきたわけでもなかった。


十人の兵と、一人の老人が、ナギの後ろにいた。


老人は人間だった。白髪で、背筋が真っ直ぐだった。目が澄んでいた。


「誰ですか」とミナは老人に聞いた。


「この地方の年寄りだ」と老人は言った。「ナギ将軍に頼まれて来た。話をするために」


「何の話ですか」


「境界のことだ」と老人は言った。「川のこちら側に、長く住んでいる。向こう岸の鬼と、長く付き合いがある。そういう者が話す方がいい、とナギ将軍が言った」


ミナはナギを見た。


ナギは静かに立っていた。


前回来た時とは、何かが違った。鎧を着けていたが、構えが違った。剣を抜こうとしている構えではなかった。


「座って話をしましょう」とミナは言った。


---


小屋に入りきらなかったので、川沿いに座った。


ナギと老人と、ミナとハルが向かい合った。兵は少し離れて待った。


「俺が誤っていたかもしれない」とナギは言った。最初に。


「何が」とミナは言った。


「全ての鬼を討伐することが、正しいと思っていた。しかし——」ナギは川を見た。「この老人に会って、話を聞いた。向こう岸の鬼と、長年取引してきた話を。薬を分けてもらったことも、食料を融通したことも。鬼が人間の味方をしたこともある、と聞いた」


「そういうことは、あります」とミナは言った。


「分かっていたはずだったが、見えていなかった」とナギは言った。「俺の村を焼いた鬼のことを思うと、それ以外が見えなくなっていた」


「今は見えていますか」とミナは言った。


「今は、少し見える」とナギは言った。「渡し場の真ん中から見た景色を、ずっと考えていた。こちら岸と向こう岸が、同じに見えた。そのことを、考え続けていた」


老人が口を開いた。「将軍は、討伐令を変えることを考えておられる」


「変える?」とハルは言った。


「全ての鬼を討伐することをやめる」とナギは言った。「ただし——人間に害をなした鬼については、追う」


「それは」とミナは言った。「人間に害をなした者と、そうでない者を、区別するということですか」


「そうしようと思っている」とナギは言った。「難しいことは分かっている。どこで線を引くかは、まだ決まっていない。しかし、全てを同じにすることは、俺にはもうできない」


ミナはナギを見た。


ナギの目が、変わっていた。


冷たさの下にあった何かが、表に出てきていた。


悲しみだった。


怒りではなく、悲しみが。


「将軍」とミナは言った。


「何だ」


「村を焼いた鬼を、探しますか」


「探す」とナギは言った。「しかし、見つかったとして——どうするかは、まだ決めていない」


「決めていなくていいと思います」とミナは言った。「見つけた時に、決めれば」


「そういうものか」


「そういうものだと思います」とミナは言った。「今決めることと、その時に決めることは、別のことだから」


ナギは川を見た。


「渡し場を、続けろ」とナギは言った。「討伐令は取り下げる。渡し場を封鎖することも、しない」


「ありがとうございます」とミナは言った。


「礼はいらない」とナギは言った。「俺が変えたのではない。考えさせられただけだ」


「考えさせられることが、始まりだと思います」とハルは言った。


ナギはハルを見た。


「半鬼の言葉は、重い」と言った。


「どちら側からも聞いてきたので」とハルは言った。


「そうか」とナギは言った。「羨ましい」


「羨ましい?」


「どちらも知っている、ということが」とナギは言った。「俺は、こちら側しか知らなかった。向こう岸から見た景色を、知らなかった」


「今からでも知ることができます」とミナは言った。「渡し場は、いつでも渡れます」


ナギは立ち上がった。


「いつか、渡るかもしれない」と言った。


「待っています」とミナは言った。


ナギは兵と老人を連れて、北へ去った。


馬蹄の音が、遠ざかった。


渡し場に、静けさが戻った。


---


「終わったのか」とハルは言った。


「終わっていない」とミナは言った。「しかし、今日は続く」


「続く」


「渡し場が続く」とミナは言った。「それで十分だ」


ハルは川を見た。


水が流れていた。こちら側と向こう側の間を、ただ流れていた。


「ミナ」とハルは言った。


「何」


「常火へ、また行こう」とハルは言った。「今度はゆっくり」


「ゆっくり行こう」とミナは言った。


「向こう岸の里も、見せたい」


「見たい」


「母にも、紹介したい」とハルは言った。


ミナはハルを見た。


「紹介してくれるのか」


「したい」とハルは言った。「渡し場の番人を、母に紹介したい」


「喜んでくれるか」


「喜ぶと思う」とハルは言った。「背が小さかったが、目が温かかった。きっと喜ぶ」


ミナは川を見た。


橙と金の夕暮れが、川を染めていた。


「行こう」とミナは言った。「今日は行けないけど。でも、いつか必ず」


「必ず」とハルは言った。


---


その夜、渡し場に二人がいた。


ムロが向こう岸から舟を出してきた。


桟橋に着けて、川を見た。


「軍は引いたか」と言った。


「引きました」とミナは言った。「討伐令も取り下げます」


「そうか」とムロは言った。「良かった」


「ムロさんのおかげです」とハルは言った。「常火を見せてくれたおかげで、二人でここにいる意味が分かった気がします」


「私のおかげではない」とムロは言った。「あなたたちが、選んだからだ」


「選び続けた」とミナは言った。


「そうだ」とムロは言った。「選び続けることが、続くことだ」


三人はしばらく、川を見ていた。


夜の川が流れていた。


「ムロさん」とミナは言った。「常火は、今も燃えていますか」


「燃えている」とムロは言った。


「いつまで燃えますか」


「あなたたちが選び続ける限り」とムロは言った。「それだけだ」


「私たちがいなくなっても」


「次が来る」とムロは言った。「五百年、そうだった。次の巡りにも、来る。必ず来る。選んで、ここへ来る」


ミナはハルを見た。


ハルもミナを見た。


「次の巡りにも」とミナは言った。


「選んでくれるといい」とハルは言った。「今の俺たちと同じように」


「選ぶ」とミナは言った。「今の私が選ぶように、次の私も選ぶ。そういう気がする」


ムロは深く頷いた。


「行く」とムロは言った。「常火の傍で眠る。歳をとると、あそこが一番温かい」


「おやすみなさい」とミナは言った。


「おやすみ」とムロは言った。


舟が、向こう岸へ離れた。


夜の川を、舟が進んだ。


ムロの金色の目が、遠ざかって、消えた。


---


二人は桟橋に並んで座った。


川が流れていた。


星が出ていた。


「ミナ」とハルは言った。


「何」


「この巡りで、良かった」


「この巡りで?」


「お前がいる巡りで、良かった」とハルは言った。


ミナは川を見た。


「私も」と言った。「この巡りで、良かった。あなたがいるから」


二人は並んで、川を見ていた。


水が流れていた。


夜が続いていた。


どこか遠くで、常火が燃えていた。


橙と金で。


消えずに。


---


朝が来た。


霧が出ていた。


ミナは桟橋の板を拭いた。


「また拭いてる」とハルが言った。舟を桟橋に着けながら。


「拭かなくていい。どうせ濡れる」


「濡れる前に拭くのが仕事だ」とミナは言った。


「誰がそう決めた」


「私が決めた」


ハルは舟から上がった。


ミナの隣に立った。


「今日は誰か来るか」とハルは言った。


「来る気がする」とミナは言った。「霧が出ている日は、来ることが多い」


「怖くなくなって、渡ろうとする者が出てくる」


「そうだ」


「今日も渡すか」


「渡す」とミナは言った。「渡すのが仕事だから」


霧の中に、向こう岸の輪郭があった。


川が流れていた。


渡し場に、朝が来ていた。


誰かが、川のこちらから向こうへ向かって来るかもしれなかった。


誰かが、向こうからこちらへ渡ってくるかもしれなかった。


番人は、待っていた。


今日も、渡すために。


---


(第十話 了)


---


# 鬼の渡し場――境界の唄 完


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