ホテル街と現場監視
昨日降った雨の水たまりが、まだ残っていた。
水たまりが陽光を反射し、まだ日が高いことをジェイミーに知らせる。
ジェイミーは馴染みのホテルに足を運んだ。
ただの女好き。世間からはそう見られているが、そういう方がホテル街だと都合がいい。
「あら、ジェイミーいらっしゃい。今日もお盛んなことね。それにしても現代のサイボーグ化手術ってすごいわね。手術してから腰の痛みなくなったわ」
受付の老婆が顔を出す。
よくこうして腰の手術をしたことを自慢するが、正直自分が知っている限りで一五回は同じ話をしている。
「まぁね。少しストレス溜まったから発散しようと思って」
もっとも、それは表向きだが。
目的の部屋と嬢、それも全部ハックして調べ上げてある。
対象はエプトのあの銃撃戦をもっとも近くで感じていたであろう部屋と嬢だ。
そこから何かヒントがないかと探り当てる。それが今日の目的だ。
「一〇一三号室、で、ローン嬢がいいかな」
「あら、今日はローンちゃんね。ジェイミーも取っ替え引っ替えするから性病には気をつけなさいよ」
「ゴムくらいはするさ」
軽口をたたきながら、部屋の鍵をもらってエレベーターで上のフロアに行った後、すぐに部屋に入った。
一〇一三号室は、ちょうどあの強盗が撃たれた場所が窓から見える部屋だ。
部屋に監視カメラが付いていることも知っているため、あえてボーッと窓から外を見ているようなジェイミーを映すようにクラックした。
実際には、ジェイミーは窓から少し乗り出して強盗が撃たれた現場を見ている。
現場を見れば痕跡がほとんどない。
強いて言えば銃痕が複数個所あるくらいだ。
チェックする。
間違いなかった。AR-74で使われている5.8ミリ弾の痕跡だ。
AR-74はサイボーグも木っ端微塵にすることを前提に考えられたため、弾丸の口径は巨大化させている。
その結果行き着いたのが専用弾頭の5.8ミリ弾。
やはりエプトがいたのは事実だ。
だが、だとすればあの静かすぎるホテル街はなんだったのか、という話になってくる。
そう思った時、ローンがノックして入ってきた。
銀髪に碧眼の美女が、シミーズ一枚を身にまとって現れている。盛る気満々だ。
「あら、ジェイミーったら私を指名してくれるなんて嬉しいわ」
「ローン、たまには君に会いたくなってね」
「たまに、じゃなくて、ずっと指名してくれてもいいのよ?」
意地悪く、ローンが微笑む。
「そういやローン、この近く、強盗でもいたか?」
「昨日だって男の相手してたけど、普通に強盗くらいこの街じゃ珍しくもないわ」
そういった直後に銃声が鳴り響く。
案の定、下の方で撃ち合いになっていた。
だが、周囲の人物は逃げつつもパニックになる様子はない。
全員がこの末期的な治安の悪さに麻痺している。そう感じるのは十分だった。
「ほらね、こんなものよ。それはあなただってよく知ってるでしょ」
「俺は臆病だからな。あんまり武装集団相手にはしたくないよ」
「あらあら。かわいい子ね」
そんな話をしている最中でも、ジェイミーはローンの眼を離さなかった。
理由は簡単だ。この最中にジェイミーはローンの電脳をハックしている。
ローンの電脳空間はピンク色の光に溢れていた。
ネオン街のようなピンクと、一瞬混ざる青色の光で満たされたフィールド。
そのフィールドで、昨日起こったエプトの行動時間のログを取っていた。
見つけた。確かに男と盛りの最中だ。
だが、よく見ると偽装されている。
偽装暗号コードが施されたそのコードのクセが、あいつの、あの親友だった男によく似ていた。
では実際に偽装された奥に何があるのか。
その奥のレイヤーを辿る。何層にもダミーのコードが敷かれていたが、あの男のクセはよく知っているから、探るのはそんなに難しくもなかった。
見つけてそれを見た瞬間、ハッとした。
そこには、男の相手をしている最中、男も含めて電脳をクラックされているローンがいた。
実際の記憶ログは見れば見るほどノイズまみれで、ログを細かく分析しては断片的なクラックの痕跡を辿る。
コードを見つけた。
エプトがよく使う偽装コードの痕跡と、あの男の痕跡が混じり合っていた。
ログのアクセス解析システムはない。
そこから推察されることは一つ。
あの夜、ホテル街全域があの男とエプトによってクラックされていた、ということだ。
やばい気配がする。
そう感じたジェイミーは、ローンの電脳からログアウトした。
ざっと時間は0.5秒足らず、といったところ。
軍にいた当初より鈍った、と感じるには十分だった。ガルムの言い草もよく分かる。
「ねぇ、ジェイミー、この間から私とびきりの成分用意したわ。快楽でぶっ飛べるわよ」
「へー、楽しみだね」
そう言った瞬間に、ローン、ホテルの監視カメラ全部、嬢を全部ハックし、偽装信号を埋め込んだ。
自分はローンと電脳に直結する麻薬で盛っている。その構図を作り出して、そのままジェイミーはホテルを去った。
受付の老婆の電脳もクラック済みだ。ジェイミーが横を移動しても、気づく気配すらなかった。
そのまま、ホテル街を去り、街中に出る。
街の雑踏にジェイミーは姿を隠した。
暗号通信をかける。相手はガルムだ。
「ガルム、見つけたぞ」
『やはりエプトか』
「あいつの痕跡も同じく見つけた。つまり」
『エプトとあいつは繋がっている、ということだ』
「思ったより根深いな、こいつは」
『だが、お前の過去に決着を付けるためにも必要な、避けて通れない道だ』
「分かってるさ。俺は、俺でどうにかするしかない」
『エプトとあいつの繋がりは俺でも調べておく』
「頼む」
暗号通信を切った後、近場の自販機でビールを買った。
横のベンチに座る。
酔えない身体なのに、無性に、酔いたい気分になった。
街の雑踏が、群衆が、どこか遠くにジェイミーには感じられた。




