雨の中のネットとホテル街
雨は、長引きそうだった。
もっとも、この街で雨は日常茶飯事だ。
遠くで、銃声とパトカーのサイレンの音がする。
方角は、ホテル街か。
ジェイミーは興味がてら、その方角の監視カメラにアクセスした。
膨大に張り巡らされた監視カメラ網は、警察が治安という名目でつけた、市民管理のための装置にすぎない。
戦場から帰って、一番驚いたのがこれだった。
気付けば進行していた監視社会に、ジェイミーは正直に言えば呆れざるを得なかった。
だが、警察の言い分もわかるのが悩ましいところだ。
十秒に一回のペースで強盗が起き、一分に三件のペースで殺人が発生する、ろくでなしの吹き溜まり、それがこの街だ。
眼の前の光景が、酒が机の上に置かれた部屋から、ネットの海へと変わった。
ネットの海は、光で溢れている。
その中を流れてくる光は、まるで一つ一つが流星のようで美しい。
だが、同時にジェイミーはそれがなんであるかも知っている。
その流星こそが、高速でネットの中を行き交う情報なのだ。
「さて、あそこの情報は」
ネットの海を、歩く。
歩きながら、周囲を見渡す。
流星が、地面も、自分の真横も、時には頭上でさえも通り抜けていく。
一つの流星を掴む。
「お、これだ」
ホテル街の監視カメラのログ。
見たかったものだ。
掴んだ流星を、少し横に流すと、巨大な画面がジェイミーの眼の前に出現した。
その映像を見て、愕然とした。
一人の強盗に対しているのは、武装した数名の警官。
ただ、武装の規模が半端じゃない。
この間アンドロイドヤクザが装備していた重火器よりも、更にアサルトライフルもまだ配備数の少ないAR-74だし、FCSを電脳に直結させているタイプの最新鋭カスタマイズモデルだ。
この手のカスタムが出来る施設などごく一部だ。
それに、装備しているボディアーマーもFA-3、軍でもこの間正式採用が決まった最新鋭モデル。
こんなのを装備出来る警察組織などこれしかいない。
エクスターミネート・ポリス・チーム。通称エプト。
この街でこいつらに逆らったらどうなるか。
その一部始終が、カメラに収まっていた。
相手は重サイボーグ化した強盗だ。それも腕には旧式とはいえ軍用のガトリングガンを仕込んでいる。
強盗が、エプトの隊員にガトリングを放つ。
甲高い銃声と空薬莢の落ちる音が、雨音と混じって聞こえた。
だが、FA-3の防御力はそれを受けても貫通どころか傷一つ負わせることが出来ない。
それにたじろいた強盗を待っていたのは、エプト三名からのAR-74の一斉射。
ほんの数秒で、原型がなくなるほどにサイボーグの強盗は粉微塵になっていた。
エプトの一人が、ハンドサインをする。
掃討完了。それだけを告げていた。
すると、カメラに一人のエプト隊員が目を向けた。
見られたか。
そう思って、ジェイミーはすぐに回線を遮断した。
瞬間、景色が流星だらけだったネットの海から、酒の転がる安アパートに戻っていた。
汗が、気付けば出ていた。
この間のアンドロイドヤクザに対峙している方が、あいつらに逆らうより数倍マシだ。
この街最大の暴力装置にして、この街最大の治安維持機関だ。
しかも、その名の通り、逆らえば駆除することしか考えていない。
しかし、疑問符も湧く。
「なんであんな強盗相手にエプトが……?」
そこなのだ。
エプトは確かに一級品の暴力装置だ。
その効果の見せしめ? にしては粉微塵にするのが引っかかる。
しかも、もう一つ引っかかることがあった。
ホテル街なのに一般人が誰もいない。
念のため、先ほど掴んだカメラのログから周囲を当たる。
あの路地だけでも一五台カメラが設置されているはずだ。
だが、その全部に人がいない。
「俺がクラックされたのか……?」
それも考えて、身体にウィルススキャンを試みたが、エラーはない。
つまり、最初からあの街には誰もいない。
だとすれば、何故あそこまで過剰に行う必要があったのか。
強盗一人の殺害。街の周囲に誰もいない景色。
普段のホテル街はもっと賑やかだ。
強盗一人出たところでパニックになるような街ではないことは、あの街に女を買いに行って一晩明かすジェイミー自身がよく知っている。
「あの強盗、よほどのお宝でも握ったか?」
そこまで考えて、ジェイミーは首を振った。
「いや、やめておくか。詮索はしたところでろくなもんじゃねぇ」
ビビっている。
正直に言うとそうなる。
だが、生き残るためだ。
どうしても、成したい目的があるからだ。
それまでは生きなくてはならない。
机の上に置かれた酒を飲んだ。
まるで、自分であの光景を忘れたいかのように、気付けば飲み干していた。
だが、まるで酔えない。
全身義体のこの身体では、すぐさまアルコールなど分解されてしまう。
怖さを紛らわす手段は、ない。
掌を見る。
指の感覚が、覚えている。
あの当時はまだ軍に入ってきたばかりの、AR-74を握った瞬間を。
あの銃のクセは、よく知っている。
流石にあんな電脳直結型カスタムこそされていなかったが、あのアサルトライフルが優秀であることは、テストした自分がよく知っている。
それに、あの電脳直結型AR-74、明らかにFCSがテスト品より強化されていた。
ロックしてトリガーを引くことが出来るまでの時間も〇.八秒も早くなっている。
だからこそ、敵に回すのが厄介だということも、よく分かっている。
そんな時に、ガルムから通信が入る。
「ったく、気分わりぃ時に」
そう愚痴ってから、通信に出た。
『エプトが出たのは、もう掴んだようだな』
「ああ。あんなやべぇ連中、敵にしたくねぇ。そう思うには十分な映像だった」
『それに関してだが、面白い話がある』
いつになく、ガルムの声が神経質になっている気がした。
「脳のパルスが少し乱れてる。あんたにしては珍しいな」
『ああ。確かにそうかもしれないな。だが、これについてはお前にも無関係とは言えない』
「なに?」
『あの強盗、警察署からある重要参考人のデータを取っていったんだ』
「そんなものをなんでまた?」
『知らん。それは調査中だ。だが、その参考人が、こいつだ』
ガルムから秘匿通信で送られてきた画像を見て、ジェイミーは愕然とした。
「ガルム、こいつ、マジなのか」
『あいつがアクセスした先にあった人物、お前ならよく知っているだろう。そして、俺達の敵でもある』
そう言われて、何度でも思い出す。
血だらけの身体。麻酔無しで手術される自分の身体。
人間のパーツが、一つずつ消えていく、あの景色。
それがジェイミーの痛みの記憶。
そしてそれを主導的に行っていたのが、かつての自分の親友。
脳のニューロンが、沸騰している気がした。
「殺したと、思っていたんだがな」
持っていた酒瓶が、怒りのあまりに握った拳で、割れた。
『あの強盗はそのデータを盗み、エプトはそれを回収しに行った。それが今回の構図だ』
「あいつは、エプトが最優先で追ってるやつだからな。だからエプトが出てきた、ってわけか」
『そうだ。また情報が入ったら連絡する』
ガルムからの通信が切れた。
息を吸って、吐いた。
まだ、脳の沸騰具合は収まりそうもない。
パルス波が、唸っているのをジェイミーは感じていた。
窓の外を見る。
今は打って変わって静かだ。
ただ、雨音だけが響いている。
「この街も、嵐になるか」
タバコを一本、ジェイミーは吸った。
「嵐は、この街には似合わねぇさ。こういった雨で、十分すぎる。この街の流儀を分からせてやるさ、何度殺してもな」
その親友だった男に言ってから、紫煙が部屋を舞った。
濃い紫煙が、まるで行き先を失っているかのように、今のジェイミーには感じられた。
(了)




