第298話:クリスマスムードのモールと、お揃いの防寒具
開店時間を少し過ぎたばかりの大型ショッピングモールは、すでに休日の賑わいを見せ始めていた。
吹き抜けになった中央広場には巨大なクリスマスツリーが飾られ、館内のスピーカーからは軽快なクリスマスソングが流れている。
どこを見渡しても赤と緑の鮮やかな装飾が目に入り、歩いているだけで自然と少し浮き足立ってしまうような空気があった。
「わぁ……すっごく綺麗。もうすっかりクリスマスだね」
隣を歩く凛が、ツリーのオーナメントを見上げて目を輝かせている。
今日は少し大人っぽいチェスターコートを着ていて、昨日コンビニで買ったニットの手袋をしっかりとはめていた。
「そうだな。とりあえず、人が増える前に手袋とかマフラー見に行こうぜ」
「うんっ」
嬉しそうに頷く凛をエスコートしながら、俺は密かに気を引き締めていた。
今日の裏ミッションは、彼女の視線の先を観察し、クリスマスプレゼントのヒントを頭に叩き込むこと。
通りがかった雑貨屋の店先で、凛がふと足を止めた。
「あ、これ可愛い……」
彼女の視線の先にあったのは、アンティーク調の小物入れと、綺麗な装飾が施されたガラスペンだった。
イラストレーターとしての仕事柄か、ああいう繊細な作りの道具に惹かれるらしい。
俺は「なるほど」と心の中でメモを取り、自然な足取りで目的のアパレルショップへと向かった。
冬物の小物が並ぶコーナーは、色とりどりのマフラーや手袋で溢れていた。
「朝陽くん、これはどうかな?」
凛が手に取ったのは、白い雪の結晶が散りばめられたネイビーの手袋だった。
「デザインはいいけど……さすがに俺とお揃いにするには可愛すぎないか?」
「そんなことないよ、絶対に似合う! ほら、ちょっと手出してみて」
凛が俺の右手を引き寄せ、手袋をすっぽりとはめてくる。
キュッ、キュッと指先まで丁寧に押し込んでくれる彼女の手つきが、少しだけくすぐったい。
「どう? ……あ、でもやっぱり少し柄が目立つかな。こっちのチェック柄はどう?」
「チェックもいいけど、お前のそのコートに合わせるなら、もう少し落ち着いた色の方が合うんじゃないか? ほら、このアーガイル柄とか」
俺が提案したのは、ベージュとブラウンを基調にしたアーガイル柄のマフラーだった。
「あ、それ可愛い!」と目を輝かせた凛の首元に、俺はそっとそのマフラーを巻いてやる。
「うん、やっぱり似合う。手袋も同じ柄のやつがあるみたいだぞ」
「ほんとだ。じゃあ、朝陽くんも同じのにしようよ」
「俺はマフラーじゃなくて、ネックウォーマーの方がいいな。」
凛が同じアーガイル柄のネックウォーマーを見つけ出し、今度は俺の首にスポンと被せてくる。
至近距離で整えてくれる彼女から、シャンプーの甘い香りがふわりと漂ってきて、思わず息を止めてしまった。
「うんっ、すごくいい感じ。じゃあ、これでお揃いだね」
満足げに微笑む凛を見て、俺は「そうだな」と少しだけ視線を逸らしながら頷いた。
結局、凛の分のマフラーと手袋、俺のネックウォーマーを購入し、最初の目的は無事に達成された。
「さて、次はあっちのコーナーにも寄っていいか?」
「うん? 生活雑貨の方?」
防寒具の入った紙袋を片手に、俺は凛を連れてフロアの奥へと進んだ。
案内したのは、ルームウェアやクッションなどが並ぶ生活雑貨のエリア。
その一角にある、もこもことした分厚いルームソックスのコーナーだ。
「ここって、部屋用の靴下……?」
不思議そうに首を傾げる凛に、俺は陳列棚からいくつか商品を見繕いながら答えた。
「ああ。お前、家で仕事してる時、ずっと机に向かってるだろ。暖房つけてても、どうしても足元から冷えてくるはずだからな」
「あ……うん。確かに、夜とか足の先が冷たくなることは多いかも」
「女の人は足元を冷やすと体に障るっていうしな。部屋で履けるあったかいやつ、これも買っておこう」
俺がそう言うと、凛は目を丸くした後、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「朝陽くんって、本当にお母さんみたいだね」
「なんだよ、うるさいな」
「ふふっ。でも、そういうところまで気にしてくれてたの、すっごく嬉しい」
俺は一番暖かそうな素材のものを探す。
「これなんてどうだ? 裏起毛になってるし、触り心地もかなりいいぞ」
俺が選んだのは、オフホワイトの生地に、足首のところに小さくウサギのワンポイント刺繍が入った厚手の靴下だった。
「結構分厚いな……サイズ感どうだ? ちょっと足に合わせてみようか」
俺は近くにあった試着用のベンチに凛を座らせた。
凛は「うん、試してみる」と靴下を受け取り、自分のショートブーツを脱いでベンチの脇に置いた。
膝の上には、さっき買ったマフラーやネックウォーマーの入った大きな紙袋を抱えている。
「……あれ。これ、意外と履きにくいかも」
凛がタイツを履いた足にルームソックスを重ねようとするが、もこもこした裏起毛の生地がタイツに引っかかって、スムーズに滑らない。
しかも、膝の上の大きな袋を片手で押さえながらだとバランスが取りにくいようで、足首のあたりで靴下が団子状になって止まってしまっていた。
「んんーっ……タイツとくっついちゃって、全然上がらないよぉ……」
不器用にもぞもぞと動いて、必死に踵を合わせようとしている。
だが、厚手の生地同士の摩擦は意外と強敵で、片手で引っ張るだけでは上手くいかない。
必死になっている凛の様子があまりにも小動物みたいで、俺は思わず小さく吹き出してしまった。
「……っ、もう! 笑ってないで手伝ってよ、朝陽くん」
「はいはい。そのまま座ってろ、貸してみな」
少しだけ頬を膨らませた凛の手から靴下の端を受け取ると、俺は彼女の足元に自然な動作で片膝をついた。
「えっ、あ、朝陽くん……!?」
「いいから。袋、落とさないようにしっかり持ってろよ」
慌てる凛をよそに、俺は彼女の右足の足首をそっと左手で支えた。
タイツ越しに伝わってくる足首は驚くほど細く、そして外の空気に冷やされて少しひんやりとしていた。
「ちょっと失礼するぞ」
俺は右手の指先を靴下の履き口に入れ、生地を丁寧に広げた。
凛の小さなつま先を包み込み、タイツとの摩擦を逃がすように少しずつ、ゆっくりと引き上げていく。
ぐっと力を入れると、もこもことした柔らかい生地が、吸い付くように彼女の足を包み込んでいった。
「……きつくないか?」
「……っ、……ん、大丈夫。……すっごく、あったかい」
顔を上げると、至近距離で凛とばっちり目が合った。
膝の上の袋を抱きしめるようにして、俺を見下ろしてくる彼女の顔は、耳の先まで真っ赤に染まっている。
潤んだような瞳が、驚きと気恥ずかしさが混ざったような表情で俺をじっと見つめていて、さっきまでの「オカン」としての余裕が一気に吹き飛びそうになる。
「……じゃ、じゃあ、左もやるぞ」
「……うん。お、お願いします……」
消え入りそうな声で頷く彼女の左足も、同じように丁寧に履かせてやる。
かかとの位置を合わせ、足首のヨレを綺麗に直してやると、オフホワイトの靴下が彼女の足元にぴったりと収まった。
「よし、これでいいな」
満足して立ち上がろうとしたその時。
「あらあら、優しい彼氏さんねぇ」
「本当。」
ふと背後から聞こえた声に振り返ると、通りがかった年配の女性二人組が、俺たちを見て微笑ましそうに目を細めていた。
「っ……!」
その瞬間、自分がショッピングモールで、女の子の足元に膝をついて靴下を履かせていたという客観的な事実が頭に叩き込まれた。
「あ、いや、これはその……」
変に弁解するのもおかしくて、俺は言葉を濁して急いで立ち上がった。
横を見ると、凛は両手で顔を覆って俯き、完全にショートしてしまっている。
俺は真っ赤になった自分の耳元を誤魔化すようにガシガシと掻きながら、靴下の値札を持ってそそくさとレジへと向かったのだった。
第298話ありがとうございました。
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