第277話:放課後のスーパーと、ふたりで考える次回のメニュー
放課後のチャイムが鳴り、俺は鞄を持って昇降口へと向かった。
下駄箱の前で待っていると、少し遅れて凛がやってくる。
「お待たせ、朝陽くん」
「いや、俺も今来たとこ。……今日、帰りにスーパー寄っていいか?」
「うん。お買い物だね、一緒に行こっ」
学校では『氷の令嬢』として近寄りがたいオーラを放っている凛だが、俺を見つけると、ふっと花が咲いたような柔らかい笑顔を見せた。
凛とした美しさの中に、俺にしか向けない親愛の情が滲んでいる。
「……ねえ、あれって冬月さんだよね?」
「嘘……冬月さんって、あんな綺麗な顔で笑うんだ……」
「隣の男子、彼氏かな? なんかすごく雰囲気いいよね」
ふと、下駄箱を通りがかった女子生徒たちのそんなひそひそ声が耳に届いた。
無理もない。
普段の学校生活では絶対に隙を見せない彼女が、誰かの隣でこんなにも自然に微笑んでいるのだから。
(……悪いな。でも、これよりもっと『ふにゃっ』と甘えた、無防備な顔を俺は知ってるんだ)
周囲の驚く声を聞きながら、俺は胸の奥にほんの少しの優越感を感じていた。
家の中で俺の作ったご飯を食べている時や、二人きりの時にだけ見せる、あのデレデレで甘えん坊な彼女の姿。
俺だけが知っている特別な素顔を独り占めできているという事実が、たまらなく心地よかった。
学校から少し歩いた先にある、大きめのスーパーマーケット。
食品売り場へ行く前に、俺はカートを引いて併設されている100円ショップのコーナーへと向かった。
「あれ、食材じゃないの?」
「ん、ちょっと水回りの整理をしたくてさ。100均の収納グッズを見ようと思って」
俺は凛に怪しまれないよう自然を装いながら、洗面台の鏡の横に取り付けられる小さな『吸盤付きの小物ラック』と、『珪藻土の小さなコースター(歯ブラシや小瓶置き用)』をカゴに入れた。
今日のお昼休みに大輝から貰った、『女の子は水回りの荷物が多いから、冬月さん専用のスペースを空けておいてやれ』というアドバイスを参考にした。
もちろん、今週末のお泊まりのためだ。
「……? 洗面台、いつもすっごく綺麗なのに?」
「ま、まあ、もっと使いやすくしようかなって。……ほら、凛もたまに俺の部屋で手洗ったりするだろ?」
「うん。……あ、もしかして、私が遊びに行っても使いやすいように?」
凛がパァッと顔を輝かせ、嬉しそうに俺の顔を下から覗き込んでくる。
学校を一歩出て、俺と二人きりの空間に近づくにつれて、少しずつ彼女の表情がいつもの『デレデレ』へと溶け始めていた。
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「えへへ、ありがとう。朝陽くん」
「……だから、違うって」
俺が照れ隠しでそっぽを向くと、凛は「ふふっ」と楽しそうに笑って、少しだけ俺の腕に自分の肩をすり寄せてきた。
週末のお泊まりのことはお互い口に出していないのに、二人とも頭の中はそのことでいっぱいで、こうしてスーパーを歩いているだけでも甘い空気が漂ってしまう。
100均での買い物を済ませ、食品売り場へ移動する。
今日の夕飯は『豚の生姜焼き』だ。
俺は少し厚みのある豚ロース肉と、生姜をカゴに入れた。
そして、野菜コーナーで『カット済みの千切りキャベツ』を手に取る。
「今日はキャベツ、これにするの? 冷蔵庫にまだ半分残ってたよね?」
「ああ。今日は動画の撮影もあるだろ? だから、『千切りが苦手な人や時間がない時は、こういうカット野菜を使うと便利だよ』って紹介しようと思って」
「なるほど! 視聴者の心に寄り添ってる!」
凛が感心したように拍手をしてくれる。
「それでさ、凛。翔さんから『もう1本動画を撮っておくと後々楽』って言われたから、木曜日あたりにもう一つ撮影しようと思うんだけど」
「うんうん」
「せっかくだから、学生とか料理初心者が作りやすいメニューにしたいんだ。凛だったら、どういう料理が作りやすいと思う?」
俺が尋ねると、凛は「うーん」と顎に指を当てて真剣に考え始めた。
「私がもし一人で作るなら……お鍋とかフライパンをいくつも洗うのは面倒くさいかな」
「なるほど。洗い物を減らしたい、と」
「うん。あと、お肉とお野菜がいっぺんに摂れると、一品だけで済むからすっごく嬉しい!」
普段は俺のご飯を食べる専門の彼女だが、だからこそ『料理をしない人』のリアルな目線を持っていて、非常に参考になる。
「洗い物が少なくて、一品で満足できるやつか。……よし、それなら『ワンパンで作れる、ツナとほうれん草の和風パスタ』はどうだ?」
「ワンパン?」
「フライパン一つ(ワンパン)で、パスタを茹でるのも具材を炒めるのも全部済ませちゃう作り方。包丁もほとんど使わないし、ツナ缶の旨味が出るから絶対に失敗しないぞ」
「……っ! それすっごく美味しそう! それがいい! 私でも作れそうな気がする!」
凛が目をキラキラさせて大賛成してくれたので、木曜日の動画メニューも無事に決定した。
俺たちはパスタやツナ缶も追加で購入し、ホクホク顔でレジへと向かった。
夕暮れの帰り道。
ずっしりと重くなったエコバッグを俺が持ち、凛と並んでマンションへ向かって歩く。
「動画のメニュー、凛に相談してよかった。すごく参考になったよ」
「えへへ、私も『A&Rキッチン』を一緒に作ってるって感じがして、すっごく楽しい! 」
凛は嬉しそうに俺の隣を歩きながら、夕日に照らされた顔で優しく微笑んだ。
俺一人だったら、こんなに楽しく料理を教えることなんてできなかった。
凛が美味しそうに食べてくれるから、凛がこうして一緒に考えてくれるから、俺は誰かのためにご飯を作りたいと思えるんだ。
マンションに到着し、それぞれの部屋で手を洗い、着替えを済ませてから俺の部屋のキッチンに集合する。
俺はいつものエプロンを。
凛もカメラマンなのになぜかエプロンをを身につけていた。
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