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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第273話:親子丼と、撮影テクニック

「じゃあ私、部屋に戻って作業の続きしてくるね! 動画のグループLINEも作っておくから!」


 お昼ご飯のソース焼きそばを綺麗に平らげた後。

「一緒に寝たい」という爆弾発言を投下して俺の理性をボロボロにした張本人は、少しだけ照れたような、でもどこか満足げな笑顔を残して自分の部屋へと戻っていった。


「……はぁ。マジで心臓もたないっての……」


 俺は一人、キッチンで食器を洗いながら大きなため息をつく。

 来週の金曜日、俺は本当に彼女と同じベッドで寝ることになるのだろうか。


(いやいや、俺だって健全な男子高校生だぞ。間違いが起きないように、何がなんでも床で寝なきゃダメだ。……でも、あの潤んだ上目遣いで「一緒に寝たい」って言われたら、俺の理性がどこまでもつか……)


 そんな風に一人で悶々と葛藤していると、エプロンのポケットに入れていたスマホが短く鳴った。

 水気を拭き取って画面を見ると、凛からLINEのグループ招待が届いていた。


 グループ名は『A&R作戦会議室✨』。

 メンバーは俺と凛、そして大学生カップルであり動画編集の先輩でもある、翔さんと彩音さんだ。


 凛:『彩音さん、翔さん、お疲れ様です! チャンネル名と一発目のメニュー決まりました! 朝陽くん、報告お願いします!』


 プロのイラストレーターとして様々な人と仕事をしているからか、こういう時の凛の仕切りはとてもスムーズで頼もしい。

 俺も気合を入れ直し、グループにメッセージを打ち込んだ。


 朝陽:『お疲れ様です。チャンネル名は二人のイニシャルを取って「A&Rキッチン」にしました。それと、一発目の動画のメニューは「親子丼」を作ろうと思います』


 一発目のメニューを親子丼にした理由は二つある。

 一つは、丼ものは手順がシンプルで、見てくれる人が真似しやすいから。

 そしてもう一つは――俺が凛に初めて振る舞った思い出の手料理が、この親子丼だったからだ。

 二人のチャンネルの第一歩として、これ以上ふさわしい料理はないと思った。


 彩音:『A&R、めっちゃいい名前!』

 翔:『親子丼いいですね! 卵のトロトロ感は動画映えばっちりだから、一発目に最適だと思います!』


 二人からも大賛成のスタンプが連打される。


 彩音:『メニュー決まったなら、今日の夜ご飯で作る時にさっそくお試しで1本目撮ってみない?』

 朝陽:『今日の夜ですか? はい、大丈夫です!』


 トントン拍子で、今夜いよいよ初めての撮影をすることが決まった。


 翔:『朝陽くん、今回から自分で動画の編集もやってみるんだよね? じゃあ、後で朝陽くんが自分で編集しやすいように、撮影のコツをいくつか教えるよ』

 朝陽:『助かります。よろしくお願いします!』


 翔さんから送られてきたアドバイスは、非常に実践的で分かりやすいものだった。


 一つ目は『3秒の余白』を作ること。

 『卵を鍋に流し入れる時とか、見せ場になる動作の前後には、手を止めて「3秒」くらい動かない時間を作って。そこが編集でカットする時の綺麗な繋ぎ目(編集点)になるから』とのこと。

 なるほど、ずっと動きっぱなしだと、どこで切っていいか分からなくなるのか。


 二つ目は『音声の扱い』について。

 『包丁のトントンって音や、鍋のグツグツ音(環境音)は活かしたいけど、撮影中に二人の話し声が入っちゃっても全然気にしなくてOK! 編集の時にその部分の音声だけミュートして、テロップ(字幕)で補足すればいいから。変に無言になろうとせず、リラックスして普段通りに作ってね』


 動画編集ソフトの使い方もまだ手探りな俺にとって、この「後でどうにでもなる」というアドバイスは、撮影へのプレッシャーを大きく軽くしてくれた。


(よし、なんとなくイメージは湧いてきたぞ)


 撮影に向けて足りない食材があるため、俺はスーパーへ買い出しに行くことにした。

 隣の部屋に行き、軽くドアをノックして顔を覗かせる。


「凛、撮影で足りない食材あるから、ちょっとスーパー行ってくるな」


 タブレットに向かっていた凛が、くるりとキャスター付きの椅子を回してこちらを見た。


 「あ、お買い物? ……気をつけてね」


 そう言いながら、凛は両手を軽く広げて、おねだりするように俺を見上げてきた。


「……えっと?」

「朝陽くん成分、充電してから行って?」


(――っ!)


 昼間の『どこ触られてもいい』宣言の余韻も相まって、俺の顔が一気に熱くなる。

 さすがに抱きしめるのは俺の理性が危ないので、俺は彼女の頭にポンと手を置き、さらさらの綺麗な髪を優しく撫でた。


「……いってきます」

「えへへ、いってらっしゃい。早く帰ってきてね」


 笑顔に見送られ、俺は限界ギリギリの心臓を抱えながらなんとか部屋を後にした。


 11月下旬の冷たい風が、火照り気味だった俺の顔を心地よく冷ましてくれる。

 スーパーに到着し、まずは鶏モモ肉を選ぶ。

 動画に映ることを考えて、卵はいつもより少しだけ値段の高い、黄身の色が濃くてぷっくりとしたものを選んだ。

 あとは玉ねぎと、彩りのための三つ葉。


 カゴに食材を入れ終わり、レジへ向かおうとした俺の足が、ふとスイーツコーナーの前で止まった。


(……夜まで作業してくれてるし、甘いもの、買って帰るか)


 アイコンのラフ画制作に、動画の撮影カメラマン。

 俺のために一生懸命動いてくれている凛を労うため、俺は少しだけリッチな、カスタードと生クリームがたっぷり詰まったエクレアを二つカゴに入れた。

 食後の温かい紅茶と一緒にこれを出せば、きっとまたあのふにゃふにゃの笑顔を見せてくれるはずだ。


 「……何しててもあいつのことばっかり考えてるな、俺」


 誰に聞こえるわけでもなくポツリと呟いた言葉は、自分でも呆れるくらい甘く響いていた。


 日が傾き、空が茜色に染まり始めた頃。

 マンションに帰宅した俺は、買ってきた食材をキッチンに並べた。

 翔さんからのアドバイスを思い出しながら、スマホを固定する三脚をセットし、画角を確認する。


 いつも一人で立っている、見慣れたはずの俺のキッチン。

 でも、三脚が一つ増えただけで、ここはただのキッチンから『A&Rキッチン』という特別なスタジオに変わったような気がした。


 「よし、やるか」


 俺はいつものエプロンを身につけ、背中の紐を結ぼうと手を後ろに回した。

 ――その時。


「あ、私結ぶよ」


 パタパタと足音がして、凛がキッチンにやってきた。

 そのまま俺の背後に回り、背中からふわりと抱きつくようにしてエプロンの紐を受け取る。

 背中に押し付けられた柔らかい感触と、耳元で囁かれた甘い声。

 キュッと紐を結ぶついでに、もう一度「ぎゅっ」と力強く抱きしめられる。


「……っ、お前なぁ……」

「ふふっ。準備オッケー? 撮影、頑張ろうね」


 背中から離れて俺の隣に並び、嬉しそうに見上げてくる彼女の顔を見たら、文句なんて一つも言えなかった。

 二人で始める初めての共同プロジェクト。

 心地よい緊張感と、それ以上に甘すぎる高揚感を胸に抱きながら、俺たちは静かに撮影のスタートボタンを押した。

第273話、ありがとうございました!

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