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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第270話:太陽と月のラフ画と、遅れてやってきた大パニック

今回は凛ちゃん視点。

「ごちそうさまでした! すっごく美味しかった! じゃあ私、さっそく部屋に戻ってアイコンのラフ案描いてみるね!」


朝陽くんの淹れてくれた温かい紅茶を飲み干し、私は満面の笑みでそう宣言した。

「ああ、無理しない程度によろしくな」という彼の優しい声に見送られながら、隣の自分の部屋へと戻る。


カチャリ、と自室のドアを閉め、鍵をかける。

しんと静まり返った自分の部屋。

数秒間の沈黙の後。


「〜〜〜〜っ! わたし、とんでもないこと言っちゃったぁぁぁ……っ!!」


私はそのままベッドにダイブし、お気に入りの大きなクッションに顔を思い切りうずめた。

バタバタと両足をバタつかせながら、布団の上で盛大に身悶えする。


朝陽くんの部屋にいた時は、彼とのお泊まりの約束を取り付けたことや、二人だけの秘密のチャンネル名が決まったことで、頭の中が高揚感で麻痺していた。

でも、こうして一人になって冷静になると、自分が口走った言葉の破壊力が遅れて波のように押し寄せてきたのだ。


『金曜の夜から、日曜日の朝まで……2泊じゃ、ダメ……?』


「あぁぁぁ……恥ずかしい、恥ずかしい……っ! なんであんな大胆なこと言えちゃったの!?」


クッションの中で叫びながら、顔から火が出そうになる。

いや、違うのだ。

陽菜ちゃんたちとのお泊まり会が楽しすぎたのもあるけれど、何より朝陽くんのご飯が美味しすぎて、あの大きくて優しい手が心地よすぎて、もっとずっと一緒にいたいという本音が、理性をすっ飛ばして口からこぼれてしまっただけで。


(でも、金曜の夜から日曜の朝までって……ほとんど週末まるまる一緒に過ごすってことだよね……?)


一緒に夜ご飯を食べて、お風呂に入って。

そこまではいい。問題はその先だ。


(寝る時……ど、どうするの……?)


朝陽くんの部屋のベッドは一つしかない。私の部屋だって同じだ。

お泊まり会みたいに床に布団を敷くのだろうか。

それとも、まさか。


(一つのベッドで……一緒に寝る、とか……?)


想像しただけで、心臓が爆発しそうになる。


(……っ、そ、それは……すごく、すごく嬉しい、けど……っ! 私の心臓、絶対に朝陽くんの隣で朝まで持たないよぉ……っ)


恥ずかしい。

でも、朝陽くんの隣で寝てみたい。

ベッドの上をゴロゴロと転げ回りながら、私は天を仰いだ。

口元にはまだ、ふかふかのホットケーキとメープルシロップの甘い余韻が残っている。

その甘さが、私の胸の奥のドキドキをさらに加速させていく。


(……だめだ、このままじゃ恥ずかしさで熱を出して倒れちゃう。頭冷やさなきゃ)


私は両手でパンッと自分の頬を叩き、むりやりベッドから身を起こした。

今、私にはやるべき重要なミッションがある。


『A&Rキッチン』。

朝陽くんと私の、二人のチャンネルの看板作りだ。


デスクのキャスター付きチェアに座り、パソコンと液晶タブレットの電源を入れる。

黒い画面が明るく光り、いつものお絵描きソフトのキャンバスが立ち上がると、不思議と先ほどまでのパニックがスッと引いていくのを感じた。


ここからは、ただの恋する女子高生ではなく、プロのイラストレーターとしての時間だ。


私はお気に入りのペンを握り、真っ白なキャンバスに向かった。

まずは、さっき朝陽くんと話し合ったコンセプトの整理から始める。


『温かいホームメイド感』。

『彼自身の顔は出さず、湯気の立つお鍋をメインに』。


ザクザクと、ラフな線を引いていく。

お鍋は無機質なステンレスではなく、丸みを帯びた可愛らしいホーロー鍋がいい。

色は、朝陽くんの作るご飯みたいにホッとするような、温かみのあるオレンジやイエローのグラデーション。

そこから、ふんわりと美味しそうな湯気が立ち上っているデザイン。


そこまで描いてから、私はペンを浮かせた。

朝陽くんからの、たった一つの、だけど一番重要な特別なオーダー。


『そのお鍋のデザインのどこかに、こっそり太陽と月のマークを入れてほしい』


(……朝陽くん)


その言葉を口にした時の、彼の少し照れたような、でも真っ直ぐな瞳を思い出す。


このチャンネルは、朝陽くんが自分の料理で誰かを笑顔にするための場所だ。

それなのに彼は、チャンネルの顔であるアイコンに、私(月)の存在を刻んでくれようとしている。


『A&Rキッチン』という名前もそうだ。

これはただの料理チャンネルじゃない。

「俺と凛、二人で作っていく場所なんだ」という、彼なりの不器用で誠実な愛情表現なんだって、痛いほど伝わってきた。


「……もう。そういう真っ直ぐで優しいところ、本当に敵わないな」


自然と口角が緩んでしまう。

私は、画面の中のホーロー鍋の側面に、ペン先を走らせた。

丸いお鍋のワンポイントとして、温かく光る「太陽」と、それにそっと寄り添うような「三日月」のモチーフを描き込む。

ただ並べるだけじゃない。

太陽の光が月を優しく照らし、月が太陽の熱をそっと包み込んでいるような、そんな温かい関係性が伝わるようなデザイン。


(うん、すっごくいい……)


色を仮置きし、全体のバランスを整える。

誰が見てもホッとするような、優しくて美味しそうなアイコンのラフが出来上がった。

朝陽くんがこれを見たら、どんな顔をしてくれるだろう。喜んでくれるかな。「お前に頼んでよかった」って、あの大きな手で頭を撫でてくれるだろうか。


そんな想像をしていると、画面の隅にある日付表示が目に入った。


「……あ」


11月29日、日曜日。

お泊まりの約束は、来週の金曜日。


(……って、あと5日しかないじゃない!)


再び、一気に現実へと引き戻される。

ラフを描いて少し冷静になった頭で考えると、週末に向けて確認しなければいけないことに思い当たった。


「えっと、お泊まりの時のパジャマは……この前一緒にお揃いで買った、もこもこのパジャマがあるから大丈夫だよね。お風呂上がりのすっぴんだって、もう何度も見られてるから今さらだし……」


そこまで呟いてから、私はハッとして両手で口元を覆った。


「……あ。で、でも……っ!」


すっぴんやパジャマはクリアしている。

けれど、今回は『朝まで一緒に寝る』のだ。


「私、寝相とか大丈夫だよね……!? いびきとか、歯軋りとかしてないよね!?」


もし、朝陽くんの隣で大口を開けて爆睡していたら。

寝相が悪くて、朝陽くんのお腹に思い切り蹴りを入れてしまったりしたら。


「ど、どうしよう……! そんなだらしない姿見せたら、朝陽くんに幻滅されちゃうかもしれない……っ!」


完璧な令嬢なんて思われたいわけじゃないけれど、せめて大好きな人の隣では、可愛く眠っていたい。


「きょ、今日から仰向けで微動だにせず、綺麗に寝る練習しなきゃ……! あと、寝起きで髪がボサボサにならないようにシルクのナイトキャップも買っておこうかな……!?」


来週の金曜日に向けて、乙女の課題は山積みだ。

プロのイラストレーターとしての顔と、恋する乙女としての顔。

とてつもなく忙しくて、でも最高に幸せな一週間が、いよいよ始まろうとしていた。

第270話、ありがとうございました!

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