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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第268話:プロへの正式依頼と、特別なお支払い

今回は朝陽視点。

 日曜日の朝。

 いつもより少しだけ遅く目を覚ました俺は、ベッドの中で大きく伸びをした。


「……ん?」


 顔の近くに寄せた自分の手から、ふわりと、爽やかなシトラスとハーブの香りが漂ってきた。

 昨夜、凛が俺の手を包み込むようにして、一生懸命に塗ってくれたハンドクリームの匂いだ。


(……っ〜〜〜!)


 その匂いを嗅いだ瞬間、昨夜の記憶が鮮明にフラッシュバックした。

 俺の大きな手を握る、小さくて柔らかい手のひら。

 耳まで真っ赤にしながら、上目遣いで「ありがとう」と微笑んでくれたあの顔。


「……ありがとうはこっちだよ…」


 俺は一人でベッドの上で身悶えし、熱くなった顔を両手で覆い隠した。

 こんなにいい匂いを残されたら、しばらくまともに凛の顔を見られる気がしない。

 いや、でも、腹は減るし飯は作らなきゃいけないわけで。


 俺はバシッと両頬を叩いて気合を入れ、キッチンへと向かった。

 今日の朝食は、とことん甘くて幸せになれるメニューにしよう。


 ボウルに卵を割り入れ、牛乳を加えてしっかりと混ぜ合わせる。

 そこにホットケーキミックスを投入し、ダマが残るくらいにさっくりと軽く混ぜるのが、ふっくらと焼き上げるコツだ。

 熱したフライパンを一度濡れ布巾の上に乗せて「ジューッ」と冷まし、温度を均一にしてから、生地を高い位置からゆっくりと落とす。


 弱火でじっくり焼いていると、表面にぷつぷつと小さな穴が開き始めた。

 フライ返しをスッと差し込み、思い切って裏返す。

 綺麗なきつね色に焼き上がった表面。

 そのまま蓋をして数分蒸し焼きにすれば、まるで絵本に出てくるような、分厚くてふかふかのホットケーキの完成だ。


 お皿に二枚重ねて盛り付け、頂上に四角いバターを乗せる。

 そこにメープルシロップをたっぷりと回しかければ、暴力的なまでに甘くて幸せな香りが部屋中に広がった。


「……朝陽くん、おはよぉ」

「おはよう、凛。ちょうど焼けたところだぞ」


 甘い匂いに釣られたのか、もこもこの部屋着姿の凛が目をこすりながら俺の部屋へやってきた。

 テーブルに並べられたホットケーキを見ると、ぱぁっと顔を輝かせる。


「うわぁ……っ! すっごく分厚い! お店のパンケーキみたい!」

「熱いうちに食おうぜ」


 向かい合って席に座り、ナイフとフォークを入れる。

 シロップをたっぷりと吸い込んだ生地を口に運んだ瞬間、凛は「んん〜っ……!」と声を漏らし、そのままふにゃふにゃに溶けたような笑顔を見せた。


「ふかふか……っ。バターの塩気とシロップが合わさって、すっごく美味しい……」

「ははっ、よかった」


 美味しそうに頬張る凛の顔を見ているだけで、俺までお腹がいっぱいになってくる。

 食後の紅茶を淹れ、二人でほっと一息ついたところで、俺は少し姿勢を正した。


「……凛。ちょっと、真面目な話してもいいか?」

「ん? どうしたの?」

「俺のYouTubeチャンネルの件なんだけどさ」


 俺が切り出すと、凛もフォークを置いて真剣な顔で頷いた。


「チャンネル名とか細かいことも全然決まってない状態なんだけど……まずはチャンネルの顔になる『アイコン』と『ヘッダー』を準備したくて」

「うんうん」

「こればっかりは、フリーの素材とかじゃなくて、ちゃんとこだわりたいんだ。……だから、冬月先生に依頼したい」


 俺が深く頭を下げると、凛は目を丸くした後、嬉しそうにふわりと微笑んだ。


「もちろん! 朝陽くんのためなら全力で描くよ! お金なんていらないから、どんなのがいいか――」

「いや、タダってわけにはいかない」


 俺は即座に首を横に振った。


「お前の貴重な時間と、プロとしての技術をもらうんだ。身内だからって、タダ働きさせるような真似は絶対にできない。相場がわからないから、適正な価格を教えてほしい」


 俺が真っ直ぐに見つめてそう告げると、凛は少しだけむくれたように唇を尖らせた。

 でも、その瞳はどこか嬉しそうに揺れていた。

 プロのイラストレーターである『冬月先生』としての自分を、俺が誰よりも尊重していることが伝わったのかもしれない。


「……朝陽くんは、本当に真面目だね」

「当たり前だろ」

「うーん……。でも、やっぱり朝陽くんからお金をもらうのは、なんか嫌だな」


 凛は腕を組み、うーんと唸りながら考え込んでしまった。

 そして数秒後。

 何かを閃いたように顔を上げ、少しだけ頬を赤く染めながら俺を上目遣いで見つめてきた。


「じゃあ、お金の代わりに……私のお願いを一つ、聞いてくれる?」

「お願い? ああ、俺にできることなら何でもするぞ」


 美味しいご飯のリクエストか、それともまた一緒にどこかへ出かけたいのか。

 そんなことを思い浮かべて頷いた俺に、凛はもじもじと指先を絡ませながら、消え入るような声で告げた。


「……じゃあ、イラストの報酬は。朝陽くんとの……『お泊まり』で、お願いします……っ」

「……」

「…………」


 数秒間の、完全な沈黙。

 俺の思考回路が、一瞬完全にショートした。


「……おとま、り……っ?」

「う、うん……っ。きのう、陽菜ちゃんたちとお泊まり会して、すっごく楽しかったから。でも、今度は……朝陽くんと、二人きりで……っ」

「添い寝じゃなくて、お泊まり?」

「はい、朝まで一緒に寝てもらいます!」


 顔を真っ赤にして俯きながら、それでもチラチラとこちらの様子を窺ってくる凛。

 二人きりで、同じ部屋で、夜を過ごす。


(――っ、これ以上俺の理性を試してどうするつもりだ……!)


 俺の顔が、火を噴きそうなほど沸騰していくのがわかる。

 それでも、俺の口から「断る」という選択肢が出るはずもなかった。


「……わ、わかった。その依頼、謹んでお受けします……」

「っ! ほんと!? えへへ、やったぁ……!」


 破格すぎるイラスト制作契約を結んでしまった休日の朝。

 俺の手から香るシトラスの匂いは、さらに甘さを増して、俺の胸の奥を激しくかき乱していくのだった。

第268話、ありがとうございました!

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