第257話:腕枕と、女子会の相談
「うーん……『朝陽キッチン』とか? いや、なんか普通すぎるか……」
「じゃあ、『高校生のお手軽ご飯』とか……? ……ふぁ」
土曜日の夜。
俺の足の間にすっぽりと収まり、背中を預けてきている凛の頭が、コクリ、コクリと揺れ始めた。
チャンネルの方向性は決まったものの、肝心のチャンネル名がなかなか決まらず、二人で画面と睨めっこをしているうちに夜も更けてしまった。
「今日は色々出かけて疲れただろ。チャンネル名は明日またゆっくり考えようぜ」
「うん……ごめんね、朝陽くん。眠くなってきちゃった……」
「謝ることないよ。ほら、風邪ひくからベッド行くか」
ここは凛の部屋のリビングだ。俺が立ち上がって手を差し出すと、凛はふらふらと立ち上がり、俺に体を預けてきた。
彼女の肩を抱き寄せるようにしてしっかりと支えながら、寝室へと連れて行く。
凛をベッドに寝かせて掛け布団をかけ、俺は立ち上がった。
「じゃあ、おやすみ」
そう言って部屋を出ようと背を向けた瞬間、服の裾をきゅっと引っ張られた。
「……朝陽くん。今日は、添い寝……してくれないの?」
振り返ると、上目遣いのとろんとした瞳が俺を見上げている。
「……分かったよ。ほら、ちょっと詰めて」
「えへへ、ありがとう」
電気を消した薄暗い部屋の中で、一つの掛け布団の中に二人で横になる。
すると、凛がモゾモゾと身を寄せてきて、俺の肩口にすり寄りながら小さな声で呟いた。
「ねえ、朝陽くん。……腕枕は、してくれないの?」
週末の夜、こうして凛が寝付くまで添い寝をすることはあるが、俺は今まで一度も腕枕をしたことがなかった。
理由は単純だ。
凛が完全に寝付いた後、俺はそっと布団を抜け出して自分の部屋に戻る。
腕枕なんかしてしまったら、彼女を起こさずに抜け出すことができなくなってしまうからだ。
「腕枕しちゃうと、後で俺が自分の部屋に戻る時に抜け出せなくなっちゃうだろ。だから今日は勘弁してくれ」
「むぅ……そっか。ざんねん」
「その代わり……いつかちゃんと、朝まで一緒にお泊まりすることがあったら、その時はしてあげるよ」
俺がなだめるようにそう言うと、凛は布団の中でパァッと表情を明るくした。
「……ほんと?」
「ああ、約束する。ほら、手を繋ぐだけで我慢しなさい」
「えへへ……じゃあ、腕枕はその時まで楽しみにとっとく。おやすみ、朝陽くん」
繋いだ手にキュッと力を込め、安心しきった顔で微笑むと、凛はあっという間にスヤスヤと規則正しい寝息を立て始めた。
外の世界では『氷の令嬢』なんて呼ばれている彼女が、俺の隣でだけ見せる無防備な寝顔。
俺は彼女が完全に深い眠りに落ちたのを確認すると、繋いでいた手をそっと離し、音を立てないようにベッドを抜け出した。
「おやすみ、凛」
小さく呟き、俺は自分の部屋へと戻って眠りについた。
「いただきまーす!」
翌日の日曜日。
気持ちのいい朝日が差し込むリビングで、俺たちは向かい合って朝食をとっていた。
今日のメニューは、皮までパリッと焼いた塩鮭に、ネギと豆腐の味噌汁、そして甘めのだし巻き卵という、王道の和食セットだ。
「そういえばさ、来週いよいよ佐藤さんたちとのお泊まり会だよな」
鮭の身をほぐしながら俺が話を振ると、凛は少しだけ困ったように眉を下げた。
「うん、すっごく楽しみなんだけど……ちょっと寝床のことで悩んでて」
「寝床?」
「うちのベッド、ダブルサイズだから女の子三人で寝るのはちょっと狭いんだよね。だから、陽菜ちゃんたち二人にはベッドで寝てもらって、私はリビングのソファで寝ようかなって……」
「却下」
俺は即座に首を横に振った。
「お前、あんなところで一晩寝たら絶対に腰痛めるぞ。せっかくのホストが体調崩してどうするんだよ」
「うっ……でも、他に布団もないし……」
「布団ならあるだろ。俺の部屋に」
「えっ?」
「ほら、前におばあ様が、俺に買ってくれた布団セットがクローゼットの奥にあるんだよ。それをお前の部屋に持っていくから、凛はそれで寝なさい」
俺がそう提案すると、凛はパァッと顔を明るくした。
「そっか! 朝陽くんのところの布団を借りればいいんだ! わぁ、すっごく助かる! ありがとう!」
「どういたしまして。使う前にちゃんと天日干しして、匂いとか消しとくからな」
「いや、そのままでお願いします」
「……ん?」
食い気味に、凛が真顔で断固として断ってきた。
「天日干しはしないでください。朝陽くんの匂いが残ってる方が、安心してぐっすり眠れるので……絶対、そのままがいいです」
「お前なぁ……」
顔を真っ赤にして真剣に主張する凛に、俺は呆れつつも顔が熱くなるのを感じた。
本当に、こういうことを不意打ちで言うから心臓に悪い。
「わ、分かったよ。埃は払うからな。……あとな、晩御飯と土曜の朝ごはんのことなんだけど」
「うん?」
「俺がこっちのキッチンで作って、出来立てをお前の部屋に運んでやるよ。ルームサービスみたいなもんだ」
その言葉に、凛は箸を止めて目を真ん丸くした。
「ええっ!? そんな、そこまでしてもらったら申し訳ないよ! せっかくの金曜の夜なのに、朝陽くんに迷惑かけちゃう……」
「迷惑なもんか。俺がお前の友達にも美味しいもん食わせたいだけだよ。それに、お泊まり会なんだから、凛も料理の手間なんか気にせず、友達といっぱいお喋りしたいだろ?」
俺が笑って言うと、凛は少しだけ瞳を潤ませて、俺の方へ身を乗り出してきた。
「朝陽くん……っ、本当に何から何までありがとう! 」
「大袈裟だなぁ。よし、それじゃあルームサービスの依頼も受けたことだし……今日のお昼ご飯、お泊まり会で出すメニューの『試作』をしてみないか?」
「試作?」
「ああ。凛に一番に味見してほしいし、ついでに昨日買ったスマホスタンドとリングライトの『テスト撮影』も兼ねてな」
「やるやる!」
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