第229話:リストの実行と、コアラな彼女
「凛、大丈夫か?」
俺はベッドに近づき、こんもりと膨らんだ布団の上からポンポンと優しく叩いた。
「ひゃっ……!」
「ごめんごめん、俺だ。停電も直ったし、俺がここにいるから大丈夫だぞ」
優しく声をかけると、布団の隙間から、少し涙目になった凛が恐る恐る顔を覗かせた。
俺は彼女の震える手をしっかりと握り、ゆっくりとリビングのソファへ連れて行く。
『ゴロゴロ……』
再び、遠くの方で雷が鳴り始めた。
同時に、窓ガラスを叩く雨粒の音が聞こえてくる。
「雨が降るいい合図になったな。ちょっと待っててくれ、洗濯物と冬服だけ急いで取り込んでくる」
俺はベランダに飛び出し、干していた洗濯物と、先ほど虫干しのために出したばかりの冬服を急いで部屋の中へ取り込んだ。
冬服の試着は、また今度に延期だ。
部屋のカーテンをしっかりと閉め、気を紛らわせるためにテレビをつける。
しかし、外で雷が光って音が鳴るたびに、ソファに座る凛の体がビクッ!と跳ねて、両手で耳を塞ぐように縮こまってしまう。
(かなり怖がってるな……どうすれば安心するだろうか)
ふと、今日の午前中に俺の脳内で作成された『やってあげたいリスト』の存在を思い出した。
(こういう時に、やればいいのか……)
俺はソファから降りて、ソファを背もたれにするような形で、床に座ってあぐらをかいた。
「……朝陽くん?」
不思議そうに見下ろしてくる凛の手を優しく引き、そのまま自分の足の間にすっぽりと座らせる。
そして、彼女の背中にぴったりと身を寄せ、後ろから両腕でギュッと抱きしめた。
「あさひ、くん……?」
「……こうしてれば、怖くないだろ? 雷の音も、俺が塞いでやるから」
背中から伝わる俺の体温と、彼女の耳元で意図的に低くした声を落とす。
すると、凛の体から少しずつ強張りが抜けていき、俺の胸に体重を預けるように深く息を吐き出した。
「うん……朝陽くんの匂い……すごく、安心する……」
凛は俺の腕の中にすっぽりと収まりながら、嬉しそうに目を細めた。
ラノベの知識も、たまには役に立つものらしい。
部屋の中は、外の雷雨を忘れさせるほど甘ったるい雰囲気に包まれていた。
そのまま一時間ほど、密着したままテレビを眺めて過ごした。
外はすっかり暗くなり、時計は夕食の時間を示している。
「凛、そろそろご飯作るから離れるぞ」
「……ううん。離れない……」
俺が立ち上がろうとすると、凛は俺の腰に腕を回したまま、コアラのようにガッチリとくっついて離れようとしなかった。
外でまだ雷がゴロゴロと鳴っているせいもあるのだろう。
「お前なぁ……このままじゃ、包丁も火も使えないぞ」
「朝陽くんの背中、あったかいもん……」
仕方なく、俺は背中やお腹に凛をくっつけたまま、ペンギンのような歩き方でキッチンへと向かった。
さすがに本格的な料理は危なくて作れない。
俺は片手でも作れる簡単な『温かい卵とじうどん』にメニューを変更し、コアラ状態の凛を引き連れながら手際よく調理を進めた。
「はい、できたぞ。食べよう」
「うん」
出来上がったうどんをダイニングテーブルに並べる。
いつもは向かい合わせで食べるのだが、今日の凛は「離れたくない」と主張し、俺のすぐ隣の椅子にちょこんと座った。
俺たちは肩をくっつけ合うような近さで、温かいうどんをすする。
出汁の優しい味が、少し冷えた体を温めてくれた。
「ごちそうさまでした」
食事を終え、食器を片付け終えても、外の雨と雷はまだ止む気配がない。
時計は夜の九時を回ろうとしている。
「さて、そろそろお風呂にするか」
俺が何気なくそう口にすると、凛がハッとしたように顔を上げ、みるみるうちに頬を真っ赤に染めた。
そして、俺の服の裾をギュッと握りしめ、消え入りそうな声で呟いた。
「……ねえ。お風呂……一人じゃ雷、怖い……。どうしよう……」
「…………」
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の頭の中で警報が鳴り響いた。
おばあ様の「節度」という言葉と、俺の健康的な男子高校生としての理性が、今週末で最大のピンチを迎えようとしていた。
第229話、ありがとうございました!
雷に怯える凛ちゃんを安心させるため、ついに「あぐらバックハグ」を実行した朝陽くん!
すっかり安心した凛ちゃんは、夕食の時もコアラのように彼から離れなくなってしまいました。




