第222話:水色のハプニングと、添い寝
放課後。
ホームルームが終わった後、俺と凛は昇降口で合流し、一緒に帰路についた。
「えっ、あの噂本当だったんだ」
「冬月さんの隣歩いてるの、体育祭のリレーで走ってた奴じゃね?」
すれ違う他学年の生徒たちからヒソヒソと囁き声が聞こえてくる。
だが、俺たちはもう隠れるつもりなんて微塵もなかった。
俺は自然な動作で凛を歩道側に引き寄せ、自分が車道側を歩きながら、しっかりと彼女の右手を握りしめる。
「……腕、本当に痛くないか?」
「うん、全然平気だよ。朝陽くんが冷やしてくれたおかげで、赤みも引いてきたし」
凛が嬉しそうに俺の顔を見上げて微笑む。
「ねえ、朝陽くん。今日の晩御飯何かな? 私、オムライスが食べたいな」
「いいよ。凛は帰ったら仕事だろ? 七時頃に合わせて作っておく」
「やったぁ。ありがとう」
繋いだ手を前後に揺らしながら、俺たちは他愛のない日常の会話を楽しむ。
ふと、凛が上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
「……ねえ、朝陽くん。今日の夜の『約束』、ちゃんと覚えてるよね?」
少しだけ頬を赤くして尋ねてくる彼女の意図は、痛いほどわかっていた。
でも、俺はちょっとだけ意地悪をしたくなって、わざと確信犯的な表情を作って首を傾げた。
「ん? なんだっけ?」
「……むぅっ」
俺がとぼけると、凛はわかりやすく頬を膨らませた。
「もうっ、わかってて知らないふりしてるでしょ!」
凛が繋いでいない方の手で、俺の腕にギュッと抱きついてくる。
その柔らかい感触に思わず動揺しそうになるのを隠し、俺は苦笑いしながら彼女の頭を軽く撫でた。
「ははっ、冗談だよ。ちゃんと覚えてる。……添い寝だな」
「うんっ!」
花が咲いたような笑顔を見せる凛を見つめながら、俺は今日の夜、無事に自分の理性が保てるかどうかの不安をすでに抱き始めていた。
アパートに帰宅した後、俺たちは一度それぞれの部屋へ戻った。
凛はイラストレーターの仕事をこなし、俺は夕食のオムライスを作る。
七時に合流して二人でご飯を食べた後、今度はそれぞれ自分の部屋でお風呂に入った。
俺たちは、お風呂上がりは事故を防ぐため、服を着てからLINEで連絡するようにした。
夜の九時過ぎ。スマホが震え、凛から『上がったよー』とメッセージが届いたのを確認して、俺は合鍵で二〇二号室のドアを開けた。
「お邪魔します……」
リビングに入ると、長袖のTシャツにジャージのズボンという、11月半ばらしいラフな部屋着姿の凛がソファに座っていた。
俺は彼女の後ろに回り、いつものようにドライヤーで髪を乾かしていく。
「朝陽くん、ドライヤーありがとうね」
「おう。……仕事で肩凝ってるだろ。いつものマッサージするぞ」
「うん、お願い」
ドライヤーを終え、ソファに座る凛の肩を後ろから揉みほぐしていく。
ただ、今日の凛の部屋着のTシャツは、いつもより少し襟ぐりが広いものだった。
肩を揉むたびに体のラインがくっきりと浮き出たり、屈んだ拍子に胸元からチラリと白い谷間が見え隠れしたりするのだ。
「あ……そこ、気持ちいい……」
「お、おう。力加減大丈夫か……?」
甘いシャンプーの香りと、無防備すぎる彼女の姿。
健康的な男子高校生である俺は、目のやり場に困りながら、必死に平常心を保つために壁紙の凹凸を数え続けていた。
マッサージが終わり、リビングで並んでテレビを見ていると、時刻は夜の十一時を回っていた。
「ふわぁ……。もう眠くなってきたし、もこもこのパジャマに着替えてくるね」
欠伸をした凛が立ち上がり、寝室へと向かっていく。
俺はソファに残ってテレビのバラエティ番組を眺めていた。
――数分後。
『ドタンッ!!』
寝室の方から、尋常ではない大きな音が響き渡った。
「凛!? 大丈夫か!?」
俺は何も考えず、弾かれたように立ち上がって寝室のドアを勢いよく開け放った。
そこに広がっていたのは――
「いったぁ……」
もこもこパジャマのズボンに片足を引っ掛け、床に派手に転んでいる凛の姿だった。
そして、上はすでにもこもこのパジャマを着ていたが……肝心の「下」は、ズボンが足首に引っかかったままで、白い太ももと下着が完全に丸見えの状態になっていた。
「っ!?」
「ひゃあっ!?」
俺と凛の視線が、バチリと交差する。
状況を理解した凛の顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。パニックというより、あまりの恥ずかしさに涙目になりながら、両手で自分の顔を覆い隠す。
「……も、もうっ、見ないでぇ……っ!」
「ご、ごめんっ!!」
俺は慌ててバタン!とドアを閉め、廊下の壁に背中を預けた。
心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく鳴っている。
「……あのっ、怪我はないか!? どっか頭とか打ってないか!?」
「だ、大丈夫……ちょっと、待ってて……」
ドアの向こうから、恥ずかしさで震えるような声が返ってくる。
俺は壁に頭を預け、必死に呼吸を整えようとした。
(水色、か……)
脳裏に焼き付いてしまった光景が、フラッシュバックする。
俺の脳内は、どうにか冷静さを取り戻そうと、必死にどうでもいいツッコミをひねり出していた。
(いや、いくら『氷の令嬢』だからって、下着まで氷属性(水色)にしなくてもいいだろ……!)
そんな的外れな思考すら、今の俺の心臓の暴走を止める役には全く立たなかった。
「……あ、朝陽くん。いいよ……」
しばらくして、着替えを終えた凛に呼ばれ、俺は気まずさの極みの中で寝室へ足を踏み入れた。
凛はすでにベッドの布団に潜り込んでおり、顔の半分まで布団を被っていた。耳まで真っ赤だ。
「……じゃ、じゃあ。失礼します」
俺もギクシャクした動きで、凛と向かい合うように隣へ潜り込む。
「……忘れてって言っても、忘れてくれないよね」
凛が少し拗ねたような声で、上目遣いで俺を見てくる。
「……努力はするよ」
「絶対嘘だ……」
「本当だよ」
さっきの光景が頭から離れない中で、パジャマ越しとはいえ柔らかな感触や温もりがダイレクトに伝わってくる。
(……俺の理性が、試されすぎている)
俺は必死に冷静になろうと、学校での『氷の令嬢』モードの凛や、体育祭で真剣に走っていた時の彼女の姿を頭の中に思い浮かべていた。
「……ねえ、朝陽くん」
「ん?」
「今日……学校で、本当に嬉しかった。私を守ってくれて、ありがとう」
暗闇の中、凛がポツリと本音をこぼす。
俺は思い浮かべていた『氷の令嬢』の姿を消し、目の前にいる彼女の背中にそっと腕を回した。
「俺の方こそ。凛が隣にいてくれて、堂々と手を繋げて……すごく嬉しいよ」
「えへへ……。私、朝陽くんの彼女になれて、本当に幸せ……」
甘い言葉を交わすうちに、安心しきったのか、凛の呼吸がだんだんと規則正しくなっていった。
スースーという寝息が俺の胸元に当たる。
(寝たか……。はぁ、なんとか理性を保てたぞ)
俺がホッと安堵の息を吐き、自分の部屋へ戻ろうと少しだけ身を引こうとした、その時だった。
「んん……朝陽くん……えへへ……」
「凛……?」
「……離さないもん……ぎゅー……」
寝ぼけている凛が、甘すぎる寝言を呟きながら俺の体に腕を回し、さらには足まで絡めて「抱き枕」のようにガッチリとホールドしてきた。
先ほどよりもさらに体が密着する。
「忘れさせる気無いだろ。…………こりゃ、抜け出すのは難儀だな。今度抱き枕買ってあげよう」
俺は呆れたように、でも最高に幸せなため息をついた。
寝かしつけたら帰るはずだったのに、完全に捕まってしまった。
外の寒さなんて全く感じない、激甘な秋の夜が静かに更けていった。
第222話、ありがとうございました!
学校からの帰り道で堂々とイチャイチャしつつ、夜はお約束のハプニング!




