第218話:約束と、堂々たる彼氏
「ただいまーっ!」
「ただいま」
多目的室での班決めの後。俺たちは堂々と手を繋いだままアパートに帰り着き、そのまま一緒に俺の二〇一号室へと入った。
今回の班決めは「登録が済んだ班からそのまま下校していい」というルールだったおかげで、パニックになっている生徒たちからの質問攻めに捕まることなく、すんなりと帰ってくることができたのだ。
「先生の『帰ってよし』の言葉に、あんなに感謝したことはないかもな」
「あはは、確かに。でも、逃げられたのは今日だけだよ? 明日学校に行ったら、絶対みんなから質問攻めだもん」
凛が笑いながらソファに座るのを見て、俺は夕食の準備に取り掛かった。
冷蔵庫にあった豚肉と野菜で手早く生姜焼きを作り、向かい合って晩御飯を食べる。
「……なぁ、凛。明日からの学校、どうする?」
ご飯を食べ進めながら、俺は一番気になっていたことを切り出した。
「もう『付き合ってる』って公表しちゃったわけだし。朝、一緒に学校行くか?」
「うんっ! もちろん行く!」
凛が目を輝かせて即答する。
「隠れないでいいんだもん。……明日からは、朝から手、繋いで行ってもいい?」
「……ああ。そうしよう」
明日からの方針が決まり、二人で少しだけ照れくさそうに笑い合った。
食後、お風呂を済ませて一息ついた後。
すっかり日課になった寝かしつけのため、俺は眠たそうにする凛を二〇二号室へと送り届けた。
凛がベッドの布団に潜り込むのを見届け、いつものようにその頭を優しく撫でる。
「じゃあな、おやすみ」
俺がそう言って立ち上がろうとすると、凛が布団の隙間から上目遣いで俺の服の袖を軽く掴んできた。
「あのね、朝陽くん。……今日は、添い寝してくれないの?」
またしても飛び出したおねだりに、俺は思わず苦笑する。
「今日はさすがに、多目的室のあれで心臓を酷使しすぎたから勘弁して。……でも」
「でも?」
「明日、金曜日の夜なら。次の日休みだし……いいよ」
俺が少し目を逸らしながらそう言うと、凛はパァッと顔を綻ばせた。
「本当!? やったぁ! 約束だからね、朝陽くん!」
「はいはい。じゃあな、おやすみ」
嬉しそうに微笑む彼女を見届けて、俺は静かにドアを閉める。自分の部屋に戻ってホッと息を吐き出し、明日の「決戦」に向けて早めにベッドに入った。
そして、翌朝。金曜日。
俺の部屋で朝食のトーストをかじりながら、凛と二人で「いよいよだね」と気合を入れ直した。
「よし、行くか」
「うん。……はい、朝陽くん」
アパートを出たところで、凛がスッと右手を差し出してきた。
昨夜の約束通り、俺はその白くて小さな手をしっかりと握り返し、並んで通学路へと歩き出した。
学校に近づくにつれて、周りにうちの高校の生徒の姿が増えてくる。
昨日の出来事は多目的室にいた二年生の一部しか直接見ていない。
そのため、「冬月さんに彼氏ができた」「相手はどうやら瀬戸らしい」という噂だけが先行して全校に広まっていた。
当然、噂を信じていなかった奴らも多かったようで、手を繋いで登校する俺たちを見た瞬間の反応は、見事なまでに真っ二つに分かれた。
「おい、嘘だろ……。マジで冬月さんが、瀬戸と手繋いでる……」
「俺たちの氷の令嬢が……終わった。俺の青春が終わった……」
そんな風に、絶望に打ちひしがれてその場に膝から崩れ落ちそうになる男子生徒たちのパターン。
「えっ、ちょっと待って! 噂本当だったの!? 瀬戸くんと冬月さん!?」
「めちゃくちゃ堂々と手繋いでるじゃん……!」
「ていうか、瀬戸くんって意外と背高くてかっこよくない……?」
そして、驚きつつも「どうしてあの二人が!?」と興味津々で目を輝かせる女子生徒たちのパターンだ。
四方八方から突き刺さる視線とひそひそ声。
今までなら居心地の悪さに耐えられなかったかもしれないが、隣を歩く凛が嬉しそうに俺の手を握ってくれているおかげで、不思議と嫌な気分はしなかった。
「じゃあ、またお昼にね」
「ああ。何かあっても、無理するなよ。凛のクラスには佐藤さんもいるし」
「うん、わかってる。朝陽くんもね」
昇降口で靴を履き替え、俺たちはそれぞれの教室へと向かった。
「おはよう」
二年一組の教室に入り、自分の席に鞄を置いた瞬間だった。
ドダダダッ!と、まるで獲物を見つけたハイエナのような勢いで、クラスの男子たちが俺の机をぐるりと取り囲んだ。
「お、おい瀬戸! お前、昨日のはマジなのかよ!?」
「多目的室で見た時は夢かと思ったけど……!」
「さっき一緒に登校してきたって情報も入ってるんだぞ! いつからなんだよ! どうやってあの冬月さんを落としたんだ!?」
予想以上の凄まじい剣幕に、俺は思わずのけぞりそうになる。
遠くの席では、大輝と寺田さんが「やれやれ」といった顔でこちらを見守っていた。
少し離れたところでは、クラスの女子たちも聞き耳を立てて俺の言葉を待っているのがわかる。
「まあ落ち着けって、お前ら」
俺は一つ深呼吸をして、取り囲む男子たちを真っ直ぐに見渡した。
変に誤魔化したり、ヘラヘラと茶化したりすれば、余計に反感を買うだけだ。
凛の彼氏として、ここは誠実に答えるべきだろう。
「昨日見た奴もいると思うけど……俺、冬月さんと付き合ってる。先週末からな」
俺がはっきりと答えると、男子たちはさらにヒートアップした。
「さ、先週末!? じゃあ、最近ずっと一緒にいたのか!?」
「というか、なんでお前なんだよ! どういう接点があったんだよ!」
身を乗り出してくる男子の一人に対し、俺は逃げずに答えた。
「きっかけは色々あったんだ。……でも、落としたとか、そういうのじゃないよ。俺がずっと彼女のことが好きで、どうしても諦めきれなくて……ちゃんと自分の言葉で気持ちを伝えたら、受け入れてもらえた。それだけだ」
「それだけって……あの『氷の令嬢』だぞ!?」
「俺にとっては、氷の令嬢でも高嶺の花でもない。ただの、優しくて可愛い一人の女の子だよ。……彼女の隣に立つからには、絶対に悲しませないし、誰よりも大切にするつもりだ」
一切の照れを捨てて、俺は真剣な声でそう言い切った。
すると、騒ぎ立てていた男子たちの動きがピタリと止まった。
「……くそっ。なんだよそれ」
一番声を荒げていた男子が、悔しそうにガシガシと頭を掻きむしる。
「そんな真っ直ぐな目で言われたって……納得いかねえよ! 俺たちの氷の令嬢が……っ!」
「瀬戸ぉ……代われ、俺と場所を代われ……!」
男子たちの興奮はまだ収まらず、さらに俺に詰め寄ってこようとした、その時だった。
「キーンコーンカーンコーン」
朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響き、ガラッと教室のドアが開いて担任の先生が入ってきた。
「ほらお前ら、自分の席につけー! 朝から何集まって騒いでるんだ。ホームルーム始めるぞ!」
先生の一喝が響き渡る。
男子たちは「チッ……」「後でまた尋問だからな!」と俺に捨て台詞を吐きながら、渋々といった様子でそれぞれの席へと戻っていった。
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