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第二十九話 古びた鏡に映る虚像

 剣戟が火花を散らし、亡者たちへの手向けのように音を響かせていた。

 名もなき巨人たちの墓標。その上で、小人たちが狂ったように踊っている。


「なかなかどうして、穴が見当たらないな」


 クロは、自身に向けられた剣筋を、そよ風と戯れるかのように軽やかに避けながら呟いた。

 三人の屈強な剣士が、クロを包囲するように立ち回り、一斉に斬撃を見舞う。

 巨躯から繰り出される剣の重みは、明らかにクロを押し潰す威力を秘めていた。

 しかし、そのすべてが虚空を斬る。


「悪いが烏合に興味はないな」

「……!?」


 逃げ場などないように見える包囲網の中、クロは舞い踊るように身をかわすと、すぐさま刀を構える。

 その刹那、淡く立ち上っていた薄紅の闘気が霧散した。

 張りつめた弓のような沈黙が辺りを包む。

「朝凪」

 風もなく、ただ静かな海を想起させるような水平の一閃。

 剣鬼が振るった一撃は、朝の海面そのものだった。

 静けさの中に、夏の訪れを予感させるような陽光の気配が混じる。

 その軌跡をなぞるように、薄紅の闘気が遅れて輝いた。

 剣士たちの腹部を狙ったその斬撃は、重装の鎧ごと断ち切り、内臓へと至るはずだった。

 だが――手応えがない。

 まるで、刃先の先に異次元の壁があるかのような違和感。

 クロの目が驚愕に見開かれる。仮想の鉄壁。

 その不可視の障壁が、剣鬼の一閃を受け止めたのだ。


「「「テタ=ロンド!!」」」


 三つ子の共鳴が響く。

 期待を裏切る確かな防御に、クロは舌打ちを零した。

「それ、反則にしない?」

「「「嫌でーす」」」

「あっそ...」


 軽口を交わす間にも、クロは次の手へ移っていた。

 一人の膝を蹴り崩し、そのまま首元の鎧を掴んで残りの二人ごと地面に叩きつける。

 そして、距離を取ろうと退こうとした瞬間――またしても横槍が入る。


「逃さないぜ...団長!!」

「は...第7師団と随分連携が取れているじゃないか。 誰がお前の頭かわからないくらいだ」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。 オレの団長はクロ。 あんたただ一人だ!!」

 困ったように笑みを浮かべたクロは、ネロの眉間へと音速の突きを放った。

「剣を向けられながら...そう言われてもな!!」

「あっ...ぶね!!」

 ネロは仰け反って回避したが、クロの殺意はそのまま剣先に残り続けていた。

 冷たい汗がネロの背を伝う。

「杓断ち」


 振り下ろされた一閃が空を裂く――だが、斬られたのはネロではなかった。

 氷の花が咲き、蔦のようにクロの半身を絡め取る。

 隣の墓標に佇むカルネが、冷たい笑みを浮かべていた。

 身動きの取れないクロは、やや不満げな表情でネロを睨みつける。


「クソ…にっちもさっちもいきゃしない」

「さすがの団長も”今”のオレら相手じゃ荷が勝つか?」

 ネロがゆっくりと体を起こす。

 誰かの真似でもするように、大剣を揺らしながら、氷漬けのクロを見下ろした。


「ハハハッ….何笑ってるんだよ団長」

「驕るにはまだ若すぎるぞ馬鹿ネロ」

「この状況を打破してから、その言葉をはいてくれよな!!」

 ネロの渾身の切り上げが、地を抉る。

 差し迫る脅威を前に、クロは深く息を吐いた。

 次の瞬間、闘気が爆ぜる――氷が砕けた。

 時間が再び動き出し、クロの右手が勢いを取り戻す。

「…何!?」

「顔が幾分老けた割には、まだまだ甘ちゃんだな」

 交錯した剣が熱を帯び、砕けた氷の粒を蒸発させていく。

 その異様さに、クロは苦虫を噛み潰した。


 一方で、クロの刀を押し返しながら、ネロがニヒルに笑っていた。

「そりゃ、オレはスイートな男だからな...」

「くっ……」


 クロはネロの一撃の勢いを利用し、後方へ跳躍しようとする。

 しかし、それを許すような相手ではなかった。


「忘れたか、団長。オレの闘気の質を...オレの”炎熱”を!!」

 白き一閃が閃き、クロの体が吹き飛ばされる。

 飛ばされた先にあった複数の墓標を突き破り、肉の焼ける匂いが辺りに立ちこめる。

「うっ…」


 クロは必死に闘気で防御を固めていたが、それを貫いてネロの斬撃は肉体を抉った。

 胸を裂かれた傷跡が、剣鬼の身体に刻まれる。

「闘気貫通は、俺の専売特許だと思っていたんだがな...おっと!!」


 休む間もなく、クロの飛ばされた軌道をなぞるように、爆発的な魔力が襲いかかる。

 カナリアの爆裂魔法だ。

「くそ爆弾魔め…。 貴族かどうかも疑わしいもんだ...」



 だが当の本人、カナリアはどこ吹く風と魔法を叩き込む。

「ちょっと、早く追撃なさいよ!!」

「無理だ」

「なんですって?」

「足をやられた」

 ネロの太腿には、二か所の深い刺傷。

 レギンスに伝う鮮血が、彼の被害の大きさを物語っていた。

「”爪も甘いな”ってか? 団長...」

「ネロ、平気?」

「あぁ、お嬢。 やっぱ団長はこうでなくっちゃな」

「フフフ、そうね...」

 カルネが氷で止血しながら、しみじみとつぶやく。

「傷口は二箇所だけ?」

「あぁ...おっとと」

 ネロが大剣を横に振ると、金属音が響いた。

 音の正体は、背後から飛来した小さな刃。

 クロが吹き飛ばされた方向とは真反対からの奇襲だった。


「オレも真似しようかな。ブーツにナイフを仕込むやつ...かっこいいよな」

「馬鹿言わないの」

 カルネは、ナイフが飛来した方向に手を差し出した。

 そして、そっと息を吹きかける。

「咲き通せ……アリス・ガンデラ」

 その呟きとともに、氷の茨が大輪の花を咲かせながら前方へと突き進む。

 鋭く、冷たく、そして美しく。

 だが、茨が切り裂いたのは空気だけだった。

 剣鬼の気配は、まるで闇に溶け込むように跡形もなく消え去っていた。







 一方その頃、塔の最上階では、地下とはまるで鏡写しのような光景が繰り広げられていた。

 歪み、ひび割れ、曇った古い鏡に映るのは、鬼気迫る展開だった。


 どす黒い血のような闘気が、少年の全身を包み込んでいた。

 あまりにも膨大で、あまりにも濃密なその力は、少年自身にも牙を剥いている。

 皮膚の所々が剥がれ落ちている。

 痛みに耐えるように、少年は呻いた。だがその目は、確かに敵を補足していた。

 彼らは皆、手に武器を携えている。

 その道具が、何を目的に生み出されたものか――少年は、身をもって知っていた。

 だからこそ、吠える。

「■■■■■■■■!!」


「クソが……団長の真似事を……オレが許すと思うのか!!」

 怒りに燃えたネロが、烈火のごとく吼えた。

 その勢いに、カルネが声をかける。

「ネロ……落ち着きなさ……」

「うるせぇ!!」

 ネロはカルネの言葉に耳を貸すことなく、まやかしを振り払おうと大剣を振りかぶる。


「■■■■」

 ――それは、泣きじゃくるような、幼いクロの声だった。

 言葉にならぬ叫びが、空気を震わせた。

「ぐっ……」

 その声が、ネロの太刀筋を鈍らせる。

 ほんの一瞬の迷い。その隙を突くように、クロが動いた。

 獣じみた本能に任せた拳が、凄まじい威力でネロの身体を吹き飛ばす。


 その光景に、ライセは慄いた。小さく、しかし震えるように言葉をこぼす。

「あれが……クロなのか……」

 直感が告げる。あの童こそ、敵――であると。

「ならばオレは、努めを果たすまでだ」

 ライセは斧を抜き、構えた。

 牙を剥いたクロが、第七師団の面々へと襲いかかる。

 その間に、ライセが割って入る。

「わりぃが、オレの仲間に手出しはさせない」


 斧の一閃が、クロの右腕を穿つ。

 手応えを感じたライセが、わずかに勝ち誇ったように顔を上げた、そのときだった。

「ライセ殿!! だめです!!」

 カルネの悲鳴に似た叫びが響く。

「あ……?」

 ライセがカルネの方を振り向く。――その瞬間、答えは眼前にあった。


 吹き飛んだはずの右腕を、クロが掴み取っていた。

 そして、それを躊躇なく振り抜く。

 異様だったのは、その右腕を、クロ自身が“右手で”掴んでいたということ。

 肉が裂け、骨がむき出しになった腕が――まだ生温かさを残したまま、ライセの頬を打ち据えた。

「なんだよ……それ……」

 ぬるりとした感触が、ライセの肌にまとわりつく。

 否応なく突きつけられる、”人間ではない”という感覚。

 理屈よりも早く、本能が告げる――それは拒絶すべき存在なのだと。


「クローーー!!」


 怒りが怒りを、憎しみが憎しみを増幅させる。

 ライセの一撃が、クロに襲いかかった。

 その瞬間、ライセの脳裏にチラつく、ある種の記憶。これは、、、



 不意に、空間が反転した。

 踏みしめたはずの足元から感触が抜け落ちる。

 次に目を覚ましたとき、ライセはそこにいた。

 闇でもなく、光でもなく。空でも、地でもない。

 すべての色が音を立てて剥がれ落ちたような場所。

 まるで、水面の裏側に迷い込んだかのような――異質な空間だった。


「ほう……君のその直感。僕の存在にも気がつくのか」


 ライセたちをこの場所へと導いたガイドピクシー、ザムザの声が、靄の中から響いた。

 どこか愉快げで、それでいて冷たい響きがあった。


「なんだ、ここは?」

「ここは、さしずめ――彼の心の中だよ」

「……心の中、ね」


 ライセの目の前には、一人の少年がいた。

 それは、先程まで目にしていた、過去のクロにそっくりだった。だが同時に、不気味な知性を感じさせていた。


「あれは……本当にクロなのか?」

「本当かどうかは、その“定義”によるね」

「定義だと?」


 ザムザの声は、宙から降ってくるようでいて、頭の内側に直接流れ込むようでもあった。


「僕は、彼の“心”をもとに、彼の“記憶”を材料に、僕自身を“器”として、彼を再現しているんだ」

「外側は僕。だけど内側を構成する情報は、彼で満ちている。溢れんばかりにね」

 その口ぶりは、まるで自分の存在そのものを玩具のように転がす狂気の語り口だった。

「はてさて。僕は誰で、一体、何者なんだろうか?」

「……ごちゃごちゃとうるさいやつだな」


 ライセの声は低く、鋭かった。

 剣を抜かずとも、言葉が刃となって周囲を裂いていた。


「僕は君が何者かを知っている。でも、君は何もわかっていない」

「……何が言いたい」

「僕は彼のすべてを知っている。だって、君たちがこの塔に足を踏み入れたその瞬間から、僕の中に彼の情報は流れ込んできた」


 言葉のひとつひとつが、乾いた氷のようだった。

 溶けることも、熱を帯びることもない。


「なら当然、僕が知っていても不思議じゃないはずだよ。君の直近の願いが何か」

「……オレの願い?」

「知りたいんだろう。クロという人物の“過去”を」

「……!?」


 脈拍がひとつ、跳ねる。

 ザムザは続けた。まるで、もてあそぶように。


「僕は君にそれを“見せる”ことができる。なぜなら、僕は――ある種において、“彼”自身なのだから」

「……きかせろよ」


 ライセの声には、決意よりも、ほんの僅かに震えが混じっていた。


「いいのかい?」

「何がだ」

「第5師団のユター・ハルハルに、“彼から直接聞け”って言われてたんじゃなかったのかい?」

「だが、お前は『ある種においてクロ自身』だといった」

「ククク……君は人間味があっていい。実に良いよ」


 ザムザが笑う。その笑いは、氷柱が折れるような音に似ていた。


「でも、本当に知る“覚悟”があるのかい?」

「……あ?」

「言い方を変えようか。君に、その“資格”があるのか?」

「……なんだと」

「僕から言わせれば、“ない”」

「お前に何が――」

「君は彼を“疑っている”、”拒絶している”。でも彼は君を快く思っている。これは嘘じゃない」


 その言葉が突き刺さる。

 ライセの瞳に、ごく僅かな揺らぎが生まれる。


「だからこそ、“信じたい”。だから、“知りたい”……?」

 

 ライセが言い逃れるように、言葉をこぼした。

 ザムザの声に、薄く侮蔑が滲んだ。


「――独り善がりな、正義だ」


 返す言葉が、喉の奥で滞る。


「……ならば、過去を知るのなら」


「――身をもって“経験”してもらおうか……起きろ(テルサ・アレスタ)



 短く呟かれた言葉を最後に、


 空気がねじれる。

 光と影が反転する。

 心の深奥へと、引きずり込まれるように――ライセの意識が落ちていった。









































































次話は個人的にずっと書きたかったクロの過去話になります。

いい感じに過去話の流れに持ってこれたので満足です。クラッシュタウンです。

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