駆け出し冒険者とミートコロッケ
今日のお客様は…とある国から噂を聞きつけてやって来た駆け出し冒険者。
さて、此処の料理は受け入れてもらえるのかな?
「此処が…王都ヴェネタリアで1番の料理屋ねぇ?」
とある建物の前で呟く彼女の名はセレナ、ドルリン王国出身の駆け出し女性冒険者である。
そんなセレナの目的はたった1つ…2ヶ月前、王都ヴェネタリアに突然現れたという料理屋…そう、セレナの眼前にある建物を訪れる為だ。
理由は勿論、本当に料理が美味しいのか…という単純にして簡潔な理由からだ。
「だけど変わった文字ね…。ヴェネタリア語でもなければ私の国の文字であるドルリン語でもない…いったい何て書いてあるのかしら?」
セレナは扉に貼ってあるプレート及び屋根の辺りの看板に書かれている文字を見ながらそう呟く。
そんなセレナに背後から声をかける者がいた。
「そいつはな、レストラン月光って書いてあるんだよ。冒険者の嬢ちゃん」
「へ?」
セレナは男性の声に一瞬だけ目を丸くするが、すぐに正気に戻り声のした方へ振り向くと…恰幅の良い中年男性が木箱を積んだ代車を抱えて立っていた。
「あ、貴方は?」
「俺か?俺はこの街のパン屋の店主さ。いつもの様にこの店で使うパンを売るついでに飯を食いに来たら…この辺じゃ見かけねぇ嬢ちゃんが悩んでたんで声をかけたって訳だ」
セレナは自分に声をかけた男は何者なのかと尋ね、男はセレナの質問に丁寧に答えた。
この料理屋の常連客であり、料理屋で使うパンを提供している…所謂ビジネスパートナーであると。
「そうでしたか。…そういえば、此処の料理って…本当に美味しいの…?」
「んん?あぁ!此処の料理はどれも凄く美味いからな!しかも安いときたもんだ」
「ふーん…?(常連もいるって事は…美味しいってのは本当みたいね)」
パン屋の店主の話を聞いたセレナはこの料理屋の話は本当なのだとほぼ確信する。
「んじゃ、お先に!」
「えぇ、わざわざありがとう。…さて」
パン屋の店主はそう言って、木箱を積んだ代車を押して店の中へと入る。
セレナは店の事を教えてくれた礼をしてから、腰にある布袋…財布の中身を出した。
「今の手持ちは1ゴルドに30シルバ、そして24ブロンね…。安いといってもどの位かしら?私のいた国の貴族御用達の店は…安い物で5ゴルドだった筈…」
セレナは1つだけ心配していた事があった。
それは料理の代金である。
どんなに味が良くても金が払えないとなれば笑い話にもならない。
「…まぁ、考えてもしょうがないか!入ってみましょう!」
セレナは意を決して、店の扉を開けた。
扉を開けたセレナの目に入ったのは…
「いらっしゃいませ!お1人様ですか?」
黒をベースとした給仕服を着た妖精の少女、そしてその少女の後ろにはテーブルに座って食事をする者達。
その中には先程、店外でセレナに話しかけてきたパン屋の店主も含まれていた。
「え、えぇ…(私と同じ人族は勿論だけど…獣人族やエルフ族もいる…!凄いわね…)」
セレナは妖精の言葉に戸惑いながらも返事をしつつ、心の中で多種多様な種族が食事をしている光景に目を丸くした。
「かしこまりました!では、あちらの席にお掛けください!」
「わ、分かったわ…」
妖精はセレナの返事を聞いて、誰も座っていないテーブルを手で示した。
セレナは妖精の言葉に了承してから指定された席に座る。
「さてと。メニューは…コレかしら?」
席に座ったセレナは傍に立て掛けてあった本をメニューだと考え、手に取る。
手に取ったメニューの表紙を捲ろうとした時だ。
「失礼します!」
先程セレナを席へと案内した妖精が氷と水と半分に切られたレモーネの入った水差しと1つのグラスを持ってセレナの席へとやってきたのだ。
「な、何?私まだ注文を決めてないんだけど…」
「いえ、サービスのお冷をお持ちしました!」
まだ注文をしていないというセレナに対して妖精は否定しながら、水差しと氷の入ったグラスを置いていく。
「サ、サービス?オヒヤ?」
「はい!店主が言うにはそのお水…お冷は無料なんです♪水差しの水が無くなったら何時でも申し出てください!補充しますので!それでは失礼します!」
聞き慣れない言葉に困惑するセレナに妖精は覚えている限りの詳細を語った後、水差しの中に入っている水が無くなった時にはどうするのかを説明してからセレナの元を離れていった。
「…んっ、冷たくて美味しい!それにほんのりレモーネの酸味がある…。これは確かに水差しが空になるまで飲みたくなるかも…(これが本当に無料なんて…信じられないわ!)」
セレナはすぐにグラスに水差しの水を注いで、1口飲む。
口の中に水の冷たさと同時にレモーネの爽やかな風味が伝わる。
水を飲んだセレナはこの水を美味しいと感じつつも、これが無料である事が信じられずにいた。
今までの料理屋では水は有料である事は勿論だが、貴重である氷が入っている事は決してなかったのだから。
「はっ!水の美味しさに取り込まれてメニューを見るのを忘れてた…。いったいどんな料理があるのかしら…?」
セレナは暫くしてこの店に入った目的を思い出し、手元にあったメニューを開いてどんな物が出せるのかを確認する。
「えっ?これが本当にこの価格なの?」
メニューを開いて最初に見た料理の値段にセレナは驚いた。
その理由は…
「このビーフステーキって…確か本来は10ゴルドもする筈よ!?それが10分の1の1ゴルドで食べられるって…」
メニューの中にはセレナが嘗て高級店で食べた事のある物も幾つか混ざっていた…のだが、値段が明らかにその高級店よりも安かったのだ。
セレナが驚いた料理であるビーフステーキは本来、王族や貴族等が食べる料理。
それ故にビーフステーキを料理の品目として出す店は少ない上に値段も最低でも10ゴルド、最高で30ゴルドはするという程。
だが、この料理屋では10分の1の1ゴルドで食べる事が出来るという事が判明すれば驚くのもおかしくない。
「うーん…ビーフステーキが1ゴルドで食べられるって分かっても私が食べた事があるステーキは…獣臭くて硬い…まるで靴底のような物だったし…頼むのは止めるとして…他には…ビーフシチューにビーフハンバーグ…ローストビーフ…ローストビーフ…ドン?なんで牛ばっかり!?」
セレナは嘗て食べたビーフステーキの匂いや食感がとても食べられた物ではなかった事を思い出し、ビーフステーキは駄目と考え他の項目を見るが…開いているページの殆どが名前の最初にビーフ…つまり牛を使う物しか書かれていない事に声を荒らげてしまった。
「お、お客様?どうかしました?」
「え?あ!ごめんなさい!このメニューのページ…牛の肉を使った料理しかないのに驚いちゃって…」
セレナの大声が聞こえたのか、妖精が慌ててセレナの元へとやって来た。
妖精の姿、それにセレナの方を向く他の客達の視線で我に返ったセレナは慌てて妖精に謝り、大声を出した理由を話す。
「牛の…?あぁ!それはこのページは牛の肉料理しか書いてないからです!もう少しページを進めると豚や鶏の肉料理も書かれています!それにお魚を使った料理もありますので分からない事がありましたら何時でもお声掛けください!」
セレナの言葉の意図が分かった妖精はセレナにメニューの大まかな説明をした後、再びレストラン内を飛び回る。
「牛の肉料理だけのページ…成程。それにしても魚まであるなんて…。品数が豊富にも程があるわよ?」
セレナは妖精の言葉を口にしながらメニューのページを進めて納得すると同時に、本当にこれ等が客に出せるのかと疑問に思っていた。
「カラアゲにオークノショウガヤキにオムライス…名前の上で描かれてるのが料理のイメージなんだろうけど…どれにしよう…ん?」
セレナはメニューをペラペラと捲りながら珍しいと感じた料理の名を呟いていくが、どれもピンと来ないらしい。
どれを食べようかと迷っていたセレナは…とある料理が入った。
その料理の名は…
「…コロッケ…?ッ!店員さん!!」
「はーい!」
揚げ物料理の1つであるコロッケだ。
セレナはコロッケを見た途端、体が欲していると感じたらしく…近くの空席で紙ナプキンを補充していた妖精を呼んだ。
「お決まりですか?お伺いします!」
妖精はセレナの目の前に現れ、注文を聞く。
「この…コロッケを1つ!それと付け合わせにはパンとスープもお願いします!」
セレナは人差し指を立てながら妖精にコロッケと付け合わせにパンとスープを注文した。
この注文を聞いて、妖精は微笑み…
「かしこまりました!〔店長!コロッケとパンとスープのセットが1人前入りました!〕」
「はい!すぐにお作りします!」
セレナの注文を聞き入れ、了承すると共に店主にテレパシーで注文内容を伝えた。
すると厨房と思わしき方から若い男性の声が返ってくる。
「では、暫くお待ちください!」
「………は、はい…(今奥から店主?の声が聞こえてきたけど…何が起きたの?)」
妖精はセレナにそう言って、空席の紙ナプキンの補充をする作業を再開した。
一方でセレナは訳が分からないまま、妖精の言葉に返事をするのだった。
「お待たせしました。ご注文のコロッケと…パンとスープです」
「パンとスープはそれぞれ1人2回までお代わり無料です♪」
セレナがコロッケを注文して凡そ10分後…。
店主と思われる若い男性と妖精と同じような服を着たもう1人のウェイトレスと思われる2本の尻尾を持った狐の獣人族の女性が料理の載った皿を持ってやって来た。
「こ、これが…コロッケ!」
セレナは目の前に置かれたコロッケを見た途端、両目を見開く。
白い皿には狐色に揚がった小判型の塊…コロッケが2つ並んでいた。
コロッケの傍には彩りを兼ねたコールの千切りにくし切りのマートが1切れ、斜め薄切りのカンバーが2枚が添えられている。
「はい。左側のコロッケにはアーマーオークのミンチ肉を…右側のコロッケにはドレッドブルのミンチ肉を混ぜ込んであります」
「添えられた野菜にはこちらのドレッシングを、コロッケに味付けをしたいのならこの特製ソースをかけてください!とっても美味しくなります♪」
「「…それでは」」
店主の男性がコロッケに使われている肉の詳細を語り、給仕が野菜とコロッケの味付けに必要なドレッシングとソースを説明しながら置いて厨房へと戻っていった。
「…はっ!あまりの出来に説明を聞いてなかった!と、取り敢えず左側のコロッケを…」
そう、セレナはコロッケに見とれて店主と給仕の説明を全く聞いていなかった。
だがセレナは本能からかナイフとフォークを手に取り、コロッケを1口大に切り分けて口に運ぶ。
「っ!美味しい…っ!」
コロッケを口に含んだセレナは感動に包まれた。
この料理に使われている材料はこの世界では殆どが有り触れている物ばかり…だが、調理する者の腕次第で味は大きく変化する。
(このコロッケの中に入っているのは…パタートと何かの肉?それに刻んで炒めたオルニオが練り込まれている…!)
コロッケのサクサクとした衣の中身…それはセレナの想像通りパタートの実を茹でて潰し、アーマーオークの肉を挽いてミンチ肉にして油で炒めた後、微塵切りにして肉の脂が溶け込んだフライパンで飴色になるまで炒めたオルニオと僅かな調味料で混ぜ合わせる事で出せる味となる。
(このコロッケという料理…材料自体は何処にでもある物ばかり…。それなのに…調理次第でここまで変わるの!?)
セレナはコロッケを食べ進めながら、そんな事を考える。
そう、この世界の食材は調理法や味付けさえ適切であればここまでとはいかないが、完食はできる味になる。
…問題は適切な調理を行える人間がこの世界には少ない事である。
「あっ!考え事してる内に1個を食べ終えちゃった…。まぁもう1個あるもんね」
いつの間にかセレナはアーマーオークのミンチ肉入りコロッケを平らげてしまった為にセレナは残念に思ったが、皿にはもう1つコロッケがあるので気を取り直してナイフでコロッケを1口大に切って口に運んだ。
(えっ!?さっきのコロッケとは…味が違う!?)
ドレッドブルのミンチ肉が入ったコロッケを食べたセレナは味が違う事に驚いた。
料理を作った店主の説明を聞いていなかった為に2つとも同じ肉を使っていると思い込んだ事が原因である。
(さっきのコロッケは肉に少し甘みがあったけど…こっちのコロッケの肉は味に深みがある…。もしかして!それぞれ違う肉を使ってるの!?)
だが、セレナはすぐにコロッケの味が違う原因に気付いた。
その事に気付いたのにはとある事情があるのだが…それはまた別の話。
「美味しかったぁ…。ん?そういえばコレって…何かしら?」
コロッケを食べ始めて10分後…。
セレナはコロッケは勿論、付け合わせのサラダとパンとスープを平らげた後に傍に置かれていたドレッシングとソースの器の存在に気付いた。
「…あっ!ちょっと!」
「はい!どうされました?」
気になったセレナは食事を済ませて出ていった客のテーブルを片付けていた妖精を呼ぶ。
セレナの声に気付いた妖精は作業を中断し、セレナの元へとやって来た。
「あの…この褐色の汁と黒色の汁は何?」
「え?サラダにドレッシングもそうですが…コロッケにソースをかけずに食べなかったんですか!?とっても美味しくなるのに!?」
セレナは手が付けていないドレッシングとソースの入った器を指差しながら質問する。
妖精は驚きつつも、ドレッシングとソースの説明をした。
「嘘!?…な、なら!コロッケもう1皿とパンとスープもお代わりお願い!」
「は、はーい!〔店長!テイルス!コロッケの追加及びパンとスープのお代わり入ります!〕」
「「分かりました!」」
妖精の話を聞いたセレナは驚いたが、すぐに正気に返りコロッケとパンとスープのお代わりを注文した。
妖精は動揺しつつも注文を承り、同時にテレパシーで店主と給仕に注文内容を伝える。
「では、少々お待ちください!あっ!呼ばれたので失礼します!」
「う、うん…(さっきもそうだったけど…。この子がテレパシーで厨房にいる人達に伝えてるのかしら?)」
妖精は店主と給仕…テイルスの返事を聞いてからセレナに時間を貰った後、妖精を呼んだ他の客の元へ向かって飛んでいく。
そんな妖精を見たセレナは妖精の役割を理解していた。
「さて、注文はしたし…。コロッケが来るまで…メニューを見ておこうかしら」
セレナはコロッケが来るまでの間はメニューを読み込む事にした。
理由は勿論…次にこの店に来た時の為にだ。
「オークカツにシュリンブフライ…どれも美味しそうね…次に来た時は何を頼もうかしら♪」
そう呟くセレナが次にこの月光へ来た時に注文するのは…迷った末にコロッケになるのは言うまでも無い。
ご来店いただき、誠にありがとうございます。
お会計ですが…コロッケ2つにパンとスープのセットで合計…8シルバです。
はい、では8シルバ丁度お預かり致します。
こちら、コーフェバーのチケットです。
このチケットを3シルバ以上の料金の料理を注文する際に渡して頂ければ、1杯1シルバのコーフェが飲み放題になります。
では、またのご来店をお待ちしております!




