4 豊穣の土地
「師匠!」
「師匠はよせ、ロシュ」
僕はいくら怒られても師匠と呼ぶ。もう1年も一緒に旅をしているのに、師匠は意地でも弟子にしたくないらしい。
「この先にアブンデンゼレンという大きな街があります。そこで休みましょう」
この辺りの街は父さんに連れられて何度も来たことがある。この時期は魔物がよく現れるので、早く街に入りたいんだ。
「ロシュ、あれはなんだ? でかい猪だな! いや、あれは牛か?」
なぜか嬉しそうに報告してくる師匠に、僕はすぐに忠告する。
「あれは魔物です! 絶対に近づかないでくださいよ、師匠!」
この前も、森の主を狩人組合の許可もなく狩ってしまって、えらい目にあった。
「ん? あれは?」
師匠につられて遠くを見ると、魔獣の走っていく先に少女がいた。
遠くで声が響く。
「トゥネットスリツ!」
遠くで電撃が走る。あれは雷の魔法だ! こんなところに魔法使いがいるなんて珍しい。
魔物は一撃を浴びると揉んどり打って倒れてしまった。
あんな大きな魔物を一撃で倒すなんて……。
あ、師匠が魔法使いに向かって歩いていく。僕は慌てて後をついていった。
近づいてくる僕たちに気がついたのか、こちらを向いて杖を突き出す。
「アンタら誰? なんの用?」
師匠は歩みを止めない。こちらを睨む女の子に近づいていく。
——ブモッ! ブモッ!
突然、鳴き声がしたあと、魔物は起き上がってこちらにまた走り出す。
「危ない! まだ生きてる!」
僕は咄嗟に叫んだが、魔物は間合いを詰める。
「きゃあ!」
あぶない! そう思った時には師匠が魔物の前に立ちはだかった。
「はぁっ!」
あっという間。
師匠は突進してくる魔物の眉間に刀を突き立てる。
魔物は雷に打たれたように全身を硬直させた後、盛大に横へ倒れた。
師匠はいつのまにか抜いた剣をすぐさま納め、後ろにいる少女に語りかける。
「手負いの獣は一番凶暴だ。覚えておけ」
「は……はい」
あっけに取られながら、その少女は栗色のまつ毛をパチクリさせていた。
髪は肩まで下がり、眼光は少しキツめだが、幼い顔立ちのせいか怖い印象はない。
真っ黒ながら、細かい綺麗な装飾が施された魔法使いの服だ。きっと上級の魔法使いなのだろう。
その子は我に返ったように言った。
「……っ! アンタ魔法使いね! 獲物を横取りしようっての?」
「なんだ、お前も肉を食いたかったのか」
「ちがう! こいつは害獣なのよ!」
「害獣?」
「これは|コルトマレ! 魔物よ!」
「魔物?」
「そんなことより! さっきの魔法、あれ何? 風魔法で刃を作った? ちがう、雷魔法で切れ味を上げたのかしら……じゃなきゃコルトマレの皮膚を……」
考え込むこの女の子を無視して、師匠は僕に言った。
「……ロシュ、この娘の言っていることがわからん」
「師匠、お任せください。……ええと、お嬢さん、この人は……」
「誰がお嬢さんよ! 失礼ね! 私はアマリア!」
耳をつんざく声。かなり厄介な人を助けてしまったみたいだ。
「あ……はい、すみません。アマリアさん」
小さくなって詫びる。我ながら情けない。
「ロシュは尻に敷かれるタチだな」
そりゃないですよ師匠。
いや、気を取り直して。
「アマリアさん、この方は剣士です」
「ウソね! 騙されないんだから!」
聞いてくれない。どうしたらいいんだ。
と、思っていると遠くを見ていた師匠が脈絡なく呟く。
「この町はさぞかしうまい飯が食えるだろうな」
「え?」
師匠の視線の先を追うと、少し土地が下がったところ、向こうの川のあたりまで美しい畑が広がっていた。あれは葡萄だろうか。
「見ればわかる。よく手入れがされている良い畑だ」
少し緩んだ顔でアマリアさんが言う。
「そうよ。この国は王国の農業を支えてきた“豊穣の土地”」
アマリアさんは続けて悲しそうに呟く。
「……まだヤツらが来てない」
僕は思わず聞いた。
「ヤツら?」
「何でもないわよ!」
「おーい、行くぞ!」
もうあんなところまで歩いていた師匠が呼んでいる。僕は追いかけて一緒に正門をくぐった。
門をくぐると、広い道の両脇を店と露天が埋め尽くしている。が、店はあるのに人は少なく閑散としている。
おかしいな。いつ来てもこの街は賑やかだったはず。
「ロシュ、この街には流行り病でもあるのか?」
「いえ、そんなはずは……」
「ねぇ! それよりもさっきの魔法はなんなの!」
この人、ずっとついてきてるなぁ。
———お待ちくださいっ!
女性の大きな声。見ると、その先には人溜かり。
近づいて見ると、なにやら揉めているようだった。




