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専従捜査官-令和の坊ちゃん編-  作者: 北島 将


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第二章「その嘘、綺麗に剥いちゃる!(三)」

(三)

神大じんだい法律事務所」

 きういは今年二月、松山地方裁判所近くに、自分の法律事務所を構えていた。

 彼女の出身大学が、神戸大学法科大学院出身なので、大抵の人は「法科大学院時代の初心を忘れないように」という気持ちで、この名前にしたと思っている。

 だが、その本質を美柑はきういから訊いていた。


「(神)楽様(大)好きって意味なのぉ」……と。


 小雨が降り続ける中、昼食を終え、桔平たち三人は、明日からの打ち合わせのために、県警本部へと戻っていった。

 美柑も、当然そちらに行かねばならなかった。が、

「準備せなあかんから、お前こっちに来い」

 と、きういに無理矢理、引っ張ってこられた。

「……広っ」

 扉を開けた瞬間、部屋の広さに美柑は思わず声がでた。

 受付カウンターの向こうには、明るい木目の床が広がっていた。

 白い壁、観葉植物、低い応接ソファ。

 奥には相談室が二つ並び、さらにその奥に大きめの会議室が見える。

 右手には資料棚が壁一面に並び、六法全書や判例集、家事事件、相続、DV、ストーカー被害に関する専門書が、隙間なく詰め込まれていた。

《きうい姉、儲かっとるんじゃの。弁護士も、ちいとええかもしれんぞな》

 と美柑は、内心そう思い、

《伊予柑もきうい姉も頭がええけん、うちも少し勉強したらいけるんじゃなかろか》

 その考えがどれほど甘いか、美柑はまだ知らない。

 司法試験という言葉の重さも、法科大学院の授業料も、六法全書の厚みも、今の美柑の頭には一切入っていなかった。

《まあ、うちは三姉妹の中で、一番可愛いし、資料覚えるんは得意じゃけん、六法全書も一回読んだらなんとかなるぞな》

 と、そんな妙な自信をのぞかせていた。

 もちろん、なんともならないのが現実なのだが、恋する乙女の心に「不可能」という文字は存在しない……のだろう。

「広いやろ。うちが大阪でお世話になった先生と、このビルのオーナーさんが古い付き合いやったみたいで、丁度フロアが空いてたみたいでな。ほんで先生が口利いてくれて、安う借りることができたんや」

 こっち、こっちと、部屋を案内しながら、

「ここが、うちの執務室やねん」

 と、きういが自慢した。

《確かに、自慢するだけはあるぞな》

 ソファに腰掛けた美柑は、部屋を見回しながらそう思った。

 大きな机の上に乗っている二台のモニター。

 その横に積まれた事件記録。

 壁際の鍵付き書庫には、法律関連の書籍が並んでいた。

 そこまでは、確かに弁護士の事務所の雰囲気だった。

 しかし、その雰囲気を壊すかのように、壁には所狭しとタカラヅカの男役のポスターが貼られていた。

「先生、少しいいでしょうか」

 事務所の立ち上げと同時に、わざわざ大阪から付いてきたイソ弁、中之島小京(なかのしま・おけい、二十五、女)が黒縁眼鏡の奥に、微かな怒りを滲ませて、きういが部屋に入るやいなや声をかけてきた。

 彼女の名札をみて、京都の電車を知り尽くしている美柑は、

《おおっ。おけいはんぞなもし》

 と、わくわくした。

「どうしたんだい。おけい」

 きういは、雨で濡れた髪をスッとかき上げてまっすぐ目を見て、低い声で小京に訊いた。

「あ……あのぉ」

 小京は顔を真っ赤にしている。

《でたぞな、タカラヅカ目線!》

「明日から岡山に行かれるということですが、民事の件いかがなされますか」 

 うつむき加減に、小京は訊いた。

「うーん、そうだな」

 きういは、腕を組んで考えた。

「そうだ、君にすべてを任せよう」

「そんな、む……無理です」

 と小京が、嫌がった。きういはそんな彼女のからに手を置き、

「大丈夫。君ならできるさぁーっ」

 と、片手を上げ、まるで舞台の上に立つ男役のようにポーズを取る。

 そこで、制限時間が過ぎた。

 きういのタカラヅカモードは、三分が限界なのだ。

「ああ、それとや、大阪の南波華月なんば・かげつ先生に京都の弁護士・黒田啓輔について、表に出とる範囲で聞いといてな」

「京都の……黒田?」

 慣れてはいても、きういの変わり身に、小京はまだついていけなかった。

「そや。ランチの時、桔平が黒田が……なんとか呟いとったし、気になってんねん」

 きういは小京に向かってウインクをした。

「は……はあ」

 納得したような、してないような。そんな足取りで小京は部屋を後にした。

「きうい姉も岡山て、もしかして付いてくる気ぞなもし?」

 美柑の言葉に、きういの笑顔が消える。

「何を言うてんねんお前。当たり前やんけ」

 目を細めて美柑を睨んだ

「伊予柑は子供が小さいから、泊まりの仕事はできひん。お前一人で神楽様のご接待するなんぞ、百年早いわい」

「ほやけど、桔平兄ぃもおるけん、うち一人やないぞな」

「桔平?」

 きういの中で桔平は完全に削除されていた。彼女にとって、昔から神楽の傍にいる桔平を、同じ人間というより、神楽に付いて回る迷惑な犬以下の存在に近い。

「いや、それは犬に対して失礼な話やった。犬のほうがまだ可愛げがある」

 きういは、犬に対してだけは素直に謝った。

「お世話になった南波華月先生が、『京都府警におもろい刑事がおるらしいで』て言うとったんで、誰か思て調べたら出てきた名前が桔平や」

「そなぁに桔平兄ぃは有名なんぞな?」

 桔平が京都府警で有名と聞いて、自分のことのように美柑は喜んだ。

「あほかお前。何嬉しそうな顔しとんねん。ええ意味やなくて悪い意味でや」

「どがいなことなんぞな」

「女にだらしない『クズ』やと言われとる。うちはそれ聞いて、親戚として恥ずかしくなってしもたわ」

「なん言よんぞな!桔平兄ぃはそんなんじゃないわい」

 美柑は、きういの「クズ」発言に対して力一杯、抵抗した。

「そうです。彼はそのようには言われていません」

 声の方へ振り向くと、扉の前に神楽が立っていた。

 その途端、美柑のスマホにメールが入った。

「コラお前、扉ぁ閉めとらんかったんか、ボケぇ」

 と、きういからの八つ当たりのメッセージが表示されている。

 彼女は神楽の前では微笑んだまま、美柑だけを目で刺していた。

「神楽ちゃん、桔平兄ぃはどこぞなもし」

「ふふっ。彼なら、部屋の前で拗ねています」

 美柑が部屋の外を覗くと、廊下の隅で桔平がしゃがみ込んでいた。

 ぶつぶつ何かを呟きながら、人差し指で床に「の」の字を書いている。

 背中からは、見事なほど、ドヨーンとしたオーラが漂っていた。

《桔平兄ぃ……思ったより繊細ぞな》

 落ち込んでいる背中も、恋する乙女にとって、愛しいのかもしれない。

「きういさん、どうかされましたか」

 話を聞かれていたことが恥ずかしかったのか、きういは机の上に突っ伏していた。

 神楽の声かけに、肩がぴくんと跳ねる。

 しかし、顔を上げることはなかった。

 事情を知らない者が見れば、しおらしく反省しているように見えたかもしれない。

 しかし美柑は知っていた。

 何故なら、先程から美柑のスマホには、鬼のようにメールが入ってきているからだ。

『こら、神楽ちゃん呼びするんは百年早いんじゃ(怒)』とか、

『お前が、この恥ずかしい雰囲気を招いたんやし、責任とれや』など、

 罵詈雑言が五秒も置かずに飛び込んでくる。

 通称、きうい早撃ちの術――。

「そうじゃ、神楽ちゃんに見せないかん情報があったんよ」

 と美柑が、きういに聞こえるように、わざとらしく言って反撃した。

『((^.^)ご(-.-)め(__)ん(-。-)ね(^.^)』

 と入ってきた。

《またしても勝ったわい。可愛い妹に、勝とうなんて百年早いぞなもし》

 美柑は心の中で大いに笑った。

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