第二章「その嘘、綺麗に剥いちゃる!(五)」
(五)
「どういうことぞな」
ホテルの朝食ブッフェを腹一杯に食べて満足そうな美柑は言った。
桔平は朝食の時間になっても起きてこなかった。そのため、ミーティングと称して、美柑、神楽、きういの三人は桔平の部屋に集まっていた。
「先程お話しした通りです」
神楽が、自動販売機で買ったミルクコーヒーの蓋を開けた。
「お前、聞いてへんかったんか」
きういがブラックコーヒーを一口飲み、美柑を横目で見る。
「聞いとったんよ。けど都合がよすぎる思うんじゃ」
自分たちが会う予定だったその日に、児島誠司が路上で倒れていた。
その偶然が、美柑にはどうにも腑に落ちなかった。
桔平はベッドの上であぐらを掻いていた。目を閉じ、深刻な顔で黙り込んでいる。
《桔平兄ぃも、何か感じとるんじゃろか》
「岡山県警の方には確認を入れていますが、まだ詳細な連絡はありません」
神楽はそう言って、缶を静かに持ち上げてた。
「桔平は、このことどう考えとるん?」
きういが桔平に聞いた。
難しい顔のまま、桔平は何も話さない。耳を澄ませば、微かに寝息が聞こえてきた。
「こら!起きんかい!」
きういが、傍にあった枕で、桔平を叩き起こした。
「んああっ、何かあったんか?」
桔平の惚けた質問に美柑は笑った。
《さすが桔平兄ぃぞな。全ての行動が笑いになっとるけん》
「きういさん。大丈夫ですよ。寝かせてあげてください」
「はいぃ、神楽様ぁ」
桔平が、むくっと起き出して、部屋を出ようとした。
「どこに行くんですか?」
と神楽が訊ねると、
「どこって、朝飯食いにいくんや。もう始まっとるやろ」
「もう、終わってます。それと、後三十分ぐらいに、岡山県警の方が迎えに来てくれるそうです」
神楽がスマホの画面を見て、桔平に伝えた。
「そうなんやぁ。気ぃつけていきやぁ」
《でたぁ。桔平兄ぃの無責任発言じゃ》
美柑が喜んだ。
人は恋をすると、どんな事でも許せるのだろう。
「桔平ちゃん、これ見てください」
と警察手帳を出して、目の前に突きつけた。
「ここ、ここをようく見てくださいな」
「ん?相変わらず綺麗な顔しとるなぁ」
その言葉に神楽の顔が真っ赤になる。
「ち……違います。その下です。何て書いていますか?」
「ああ?警部やろ」
「桔平ちゃんの階級は?」
「警部補や」
《うちはぁ、巡査部長じゃ》
聞かれていないが、答えなきゃと思って美柑は呟いた。
「神楽様ぁ、愛していますぅ」
きういの思考だけ別次元へ飛んで行った。
「初めましてじゃなぁ、皆さん。岡山県警本部捜査一課の木尾香巡査部長じゃ。今日は、うちが案内せにゃあおえんことになっとりますけぇ、よろしゅう頼みます」
香が、敬礼をして挨拶をした。
《うわぁ、コテコテの岡山弁ぞなもし》
美柑は、初めて聞く岡山弁に胸が躍った。
「初めまして。京都府警本部捜査一課、大月神楽。警部です」
神楽も敬礼で返した。
「こちらが同じく、京都府警本部捜査一課警部補の宇賀田桔平です」
「おおっ。あんたが噂の刑事さんじゃったんか。お目にかかれて、ぼっけぇ光栄じゃわ」 かおるの言葉に桔平の眉が動いた。
「こちらが浦波きうい、弁護士です」
神楽にフルネームで呼ばれて、きういは一瞬気を失いかけた。
「おお、弁護士さんまで帯同されとるとは。愛媛も京都も、でぇれぇ気合い入っとりますなぁ」
と、頭を下げながら香は感心した。
「こちらが、愛媛……」
神楽が美柑を紹介しようとしたが、それを遮るように、美柑が一歩前に出た。
「初めましてじゃな、かおるさん。うちは愛媛県警松山西署刑事課の浦波美柑ぞな。未解決事件の専従捜査を担当しとります」
その時、香が何かを確認するように、美柑の全身を見回した。
「失礼なこと言うたらおえんのじゃけど……じょ、女性で合うとりますよな?」
この一瞬で、美柑の香への評価は、がくんと落ちた。
だが、桔平の前で子供っぽく怒るわけにはいかない。
美柑は、大人の対応をしようと笑顔を作った。
「ええ、そうぞな。頭の先からつま先まで、ちゃんと女ぞな」
口元は笑っている。
だが、丸眼鏡の奥の目は、まったく笑っていなかった。
桔平が大きなあくびをした。
「これから倉敷署に帳場が立つんじゃ。ほいで、お三方にも参加してほしいいうて、うちの課長が言うとりますけぇ、ご案内します」
「会議だけやったらお前と美柑だけでええやろ」
桔平が突然言いだした。
「宇賀田君はどうしますか?」
神楽が訝りながら訊く。
「ちょっと行きたいとこがあんねん」
桔平にしては珍しく真顔になった。その顔を間近で見た美柑は、
《おお、桔平兄ぃ、素敵ぞなもし!》
と、胸をときめかした。
「どこですか?」と、神楽が訊いた。
「マクドや。朝飯食うてへんからな」
桔平の言葉に、全員が引いた。もちろんきういに「さっさと、行きさらせぇ」と蹴り飛ばされたことは伏せよう。
香に連れられ、倉敷署に到着した美柑、神楽、桔平の三人は、「未明の強盗致傷事件捜査本部」と書かれた部屋に案内された。
「まだケツ痛いわ。きういの奴、ほんま加減っちゅうもんを知らんな。あいつ、結婚したら旦那、毎朝『さっさと、行きさらせぇ』言うて、蹴り起こされるで」
と、桔平はブツブツ言いながら着席をした。
「自業自得です」
神楽が前を向いたまま言った。
そうして捜査会議が始まった。
本部長に就いた倉敷署々長の、宇北平八郎警視が冒頭の挨拶をした。続いて、水島尚隆管理官から、事件概要の説明が行われた。
「推定時刻は午前二時半前後。倉敷市酒津の県道二十四号線沿いにある、株式会社倉前倉庫の倉敷冷凍保管庫の勤務先から帰宅途中、伯備線の踏切付近で、何者かに棒状のもので頭部を殴打されたものとみられる」
管理官の声は、会議室全体に響く程、大きかった。
「被害者は頭部から出血しており、現在、市内の病院に搬送され治療中。意識不明ではあるものの、命は取り留めた模様。なお詳しい事情聴取は意識が戻り、容態が安定してからということになる。また、現場付近から被害者の財布は発見されていないこと。通勤用の鞄に手をつけたと見られる痕跡が見受けられる事から。岡山県警では、現時点で強盗致傷事件として捜査を進めていく。以上」
管理官は締めくくった。
聞く限り、たまたま二十五年前の関係者が襲われただけかもしれない。ただ美柑は、
《凪沙さんが、自分の過去を掘り起こすな言うて、うちらに警告しよるんじゃろか》
と、思いながら、児島誠司・六十一歳。と書かれているホワイトボードを眺めていた。
現在六十一歳なら、昭和六十一年当時は二十一歳前後。
凪沙が松山を出て倉敷へ来た頃、凪沙はまだ十九歳だった。
《うちより若いぞな》
美柑は、胸の奥が少しざわつくのを感じた。
四十年前のことなど、もちろん何も知らない。
それでも、二十歳そこそこで知らない町へ渡った女の心なら、今の自分にも少しは想像できる気がした。
《感傷に浸っとったら、真実を見誤るんよ。うちは、しっかりせないかん》
凪沙の死が二十五年前という、途方もない過去にもし隠れた嘘があるなら、
《その嘘、うちが剝いちゃるけん!》
美柑は、胸の奥でメラメラと闘志を燃やしていた。
その横で桔平は、今朝身につけたばかりの「目を開けて居眠りする」技を、惜しげもなく発揮していた。




