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専従捜査官-令和の坊ちゃん編-  作者: 北島 将


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第一章「うちの名は浦波美柑じゃ(一)」

(一)

 とある大富豪の邸宅。数日前、この家の主人が何者かに殺された。

 そして、その犯人が分かったと連絡を受けた被害者の家族達が居間に並ぶ。長いソファに、被害者の妻・操と長女の茜。その傍に立ちながら、先程からイライラしている長男の茂雄。横に彼の妻、今日子が、茂雄を見ながら何か言いたげな表情をしていた。

 そんな家族の前で、松山西署刑事課・強行班警部補の浦波美柑うらなみみかんは、その特徴ある黒縁の丸眼鏡をキラッと光らせ、家族達に告げる。

「皆さんの中に今回の殺人事件の犯人がおる」

 と言った。

 居並ぶ家族達はお互いを見合った。

 美柑は、じらすように家族を見回して、長男の茂雄に指を差した。

「そりゃ、ご長男の茂雄さん、あんたじゃ」

「何を馬鹿なことを。俺には確かなアリバイがある」

 と、茂雄が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに目を剝いて喚く。

「午後八時七分。親父が殺されたとされる時刻、俺は電車の中にいた。松山市駅から高浜行きに乗っていたんだ。妻にも電話している。なあ、今日子」

 急に名を呼ばれ、今日子は肩をびくりと震わせた。

「……はい。主人から、電話がありました」

「その通りだ。電話の向こうで電車のアナウンスも聞いたはずだ」

「聞こえました。たしか……まもなく……、と」

 今日子はうつむいたまま答えた。

「そこじゃ。そこがあんたの嘘じゃけん」

「何?」

 茂雄は意味がわからんという風に、顔を振った。

「奥さんが聞いたんは、電車の中のアナウンスやない。駅のホームの接近放送じゃ」

「馬鹿な。電話の向こうで電車の音が――」

茂雄の声が上ずった。指先も微かに震え出す。

「電車の音はしとった。けんど、走行音は入ってないんよ」

 美柑は手帳を開き、オレンジ色のペンで書いた時刻を見せた。

「午後八時八分。奥さんの携帯に、あんたから四十六秒の通話。録音に残っとった音は、こうじゃ」

 美柑はゆっくり言った。

「『まもなく、高浜行きがまいります。白線の内側までお下がりください』」

 部屋の空気が、少し変わった。

「それが何だ。電車の放送だろう」

「そうじゃ。「駅構内」の放送じゃ」

 美柑は茂雄の目を見ながらゆっくりと、

「電車の中なら、『次は港山、港山です』になる。でも奥さんの電話に入っとったんは、『高浜行きがまいります』。これは乗客に向けた「駅構内」の放送じゃ。つまり、あんたは電車の中におらんかったという、確固たる証拠じゃ」

「……くそっ」

 茂雄は、俯きうなだれた。

「フッ、確かにあんたのトリックは完璧じゃった」

 勝ち誇った顔をして美柑は、

「けんど、うちの目ぇは誤魔化せん。その嘘、綺麗に剥いちゃる!」

 カッカッカッと大笑いしようとした美柑の目に、

「ガツンッ」

 と、いくつもの星が飛び散った。

 その痛みで目が覚めた。

 二十五年前の捜査資料を見ていて、いつの間にか寝てしまったらしい。

 寝ぼけ眼で見上げると、分厚いファイルを片手に、美柑の実姉――伊予柑奈いよかなが、鬼のような顔で立っていた。

「もう、かな姉、なんで叩くんよ?痛いやない」

 頬をぷうっと膨らませて、

「暴力反対ーっ」

 とも言った。

「わざわざ本部からあたしが捜査の進捗を聞きにきたら、よだれ垂らして寝ているアホが”そこに”いたもんだからつい、ね」

八歳年上で三十に歳の柑奈は、身長百六十七cm、体重五十八kg。子どもができてから少しだけ体つきに丸みが出たと本人は気にしているが、黒髪を後ろで束ねた姿は、妹の美柑から見ても、悔しいくらい綺麗だった。

《くそっ。伊予柑がいじめたって、きうい姉に訴えちゃる》

 美柑が小声で、ブツブツ文句を言った。

「ん?いま、伊予柑って言った?」

 美柑は、ぎくりと肩を震わせた。

 どうやら、小さい声で言ったつもりが、聞こえてしまったらしい。

「い……いやぁ、何も言っとらんよぉ」

 と、否定した。

「それに、きういは昨日からお母ちゃんと宝塚歌劇を見に行ってるでしょ」

《そうや、あの二人は親子そろうて大の宝塚ファンじゃったぁ》

 美柑の計画は頓挫した。

「それはそうと、資料から何か見つかった?」

 美柑の頭を叩いたファイルを開いて、柑奈が訊いた。

「昨日、専従に配属されたばっかりじゃけん、まだ見つけてないわい」

「あら、愛媛県警史上最年少クラス(二十三歳)で「巡査部長」に昇任した人の言葉じゃないわね」

 と柑奈がにっこりと嫌みを言う。

「だって二十五年前の事件ぞな。」

 美柑はふくれっ面で、

「当時の警察が総力挙げて調べたのに分からんものが、一日二日で分かったらあずらんわい(苦労しない)」

「それは、あたしが気にする所ではないわ」

 と柑奈は、開いたファイルを書類の上に置き、冷たくあしらった。

 渋々、その書類を見た美柑は、「え?」と声を上げた。

「どうしたの?」

 柑奈が、その反応の早さに驚いて訊いた。

「この人が死んだ日ぃと、うちが産まれた日ぃが同じぞな」

 美柑の言葉に、柑奈は「そこなの?」と、がっかりした。

 しかし、美柑は自分が生まれた同じ日に死んだマル害(被害者)に、美柑は少し興味を持った。

「やあやあこれは、御姉妹の揃い踏みですねぇ」

 軽い感じで、部屋に入ってきたのは、柑奈の旦那で、愛媛県警刑事部・捜査一課長、伊予勝平・四十五歳。警視である。百七十五cm,体重七十kgのやや細めのクールガイでキャリアでもある。

「どうしたの、わざわざこんなとこに顔を出さなくてもいいんじゃない」

《こんなとこって言い方ないじゃろ》

「そうなんだけどさぁ、たった今、京都府警から照会があってさぁ」

 京都府警と言う響きに美柑の胸が キュンとなる。

「はあ?桔平の京都府警?」

 桔平という名前に美柑の胸がドキュンとなる。

 宇賀田桔平――二十八歳。

 京都府警本部刑事部捜査第一課第七班、警部補。

 美柑にとっては、親戚の兄ちゃんでもある。

 名前だけ聞けば、いかにも堅物の刑事に思える。けれど実物は、だいぶ違う。

 面倒くさがりで、口が悪くて、女に弱くて、死体が嫌いで、幽霊はもっと嫌い。

 それでいて、事件になると妙なところだけ見逃さない。

 普通の刑事が証拠を見るところで、桔平は人の嘘を見る。

 それが、宇賀田桔平という男だった。

「あーっ、そこは桔平の京都府警じゃなくてさぁ、京都府警の桔平なんだよねぇ」

「どうでもいいわ。何があったの?」

 柑奈が勝平に内容を訊いた。

「三日前の五月二十八日の未明に京都市内で殺人事件があったらしくってさぁ、そのマル害(被害者)の住所が愛媛なんだって。ただ、その名前に聞き覚えがあってさぁ、ほら、美柑ちゃんが、いま追ってる事件で、前に浮上してたなぁって思ってさぁ、確認の為に寄ったってわけ」

 と勝平が詳細を話した。

「誰よそれ」

「えーっと。ああ、宇多津亮うだつりょうだったねぇ確か」

宇多津亮?――

「ねえ、いな……勝平兄ちゃん」

 その名前に美柑の目がキラッと光った。

「その人、香川県やなかった?」

「そうなんだけどさぁ。今、いなかっぺって言いかけたよねぇ?」

「気のせいじゃろ」

「そうなんだぁ。まあ、いいけどさぁ」

 キラッと勝平の目が光り、声から、ほんの少しだけ軽さが抜けた。

「京都府警から来た照会票では、現住所が愛媛県松山市になってるんだよねぇ」

 美柑は丸眼鏡を押し上げた。

「宇多津亮は、瀬戸凪沙せとなぎさの三番目の元夫。資料では香川県宇多津町周辺に生活拠点があった男じゃ。二十五年前の事件では、香川側の関係者として名前が出とる」

「よく覚えてるわね」

 柑奈が言った。

「昨日、専従に配属されたばっかりなのに」

「覚えたんじゃないわい。見たら残るんよ」

 美柑は、オレンジ色のペンで資料の一行を叩いた。

「宇多津亮。昭和四十年代生まれ。香川県綾歌郡宇多津町出身。瀬戸凪沙と平成十年頃に婚姻、平成十二年に離婚。平成十三年の凪沙さんのフェリー転落事件で、参考人として一度事情聴取」

 勝平が、少し感心したように目を細める。

「やっぱり、美柑ちゃんに任せて正解だったねぇ」

《あんたじゃったか。専従捜査官に決めたんは》

 美柑のこめかみがピキッとなった。

「勝平兄ちゃん」

「何かなぁ」

「うち、昨日からずっと思いよったんやけど」

「うんうん」

「なんで松山西署の巡査部長が、二十五年前の未解決事件の専従なんかに放り込まれたんじゃ?」

 勝平は、にこにこと笑った。

「適材適所なんだよねぇ」

「うちゃ、ミステリーやりとうて刑事になったんじゃけん」

 美柑がふくれっ面で抗議をした。

「未解決事件だよぉ、それってミステリーだよねぇ」

「むむっ。ぐれちゃる」

 ああ言えば、こう言う勝平に美柑は口をつぐむ。

 そこに柑奈が、冷たく言った。

「美柑。捜査資料に唾を飛ばさない」

「かな姉、可愛い妹が組織に嵌められた瞬間ぞな?」

「京都の桔平も我慢して働いてるんだから、あんたも我慢しなさい」

桔平の名前が出て、美柑の顔が赤くなった。

「そんな、いきなり桔平兄の名前出さんでよ」

「瀬戸凪沙事件は、当時の捜査員が真剣に追って、それでも届かなかった事件なんだよねぇ。だからこそ、当時を知らない目がいるんだよ」

 美柑は、《何じゃそれ》と、口を閉じた。

「あたしの妹なんだから、黙ってお姉さんの出世に貢献しなさいな」

 と、柑奈も話に乗ってきた。

 勝平は、机の上の資料を指で軽く叩いた。

「それが、美柑ちゃんだと思ったんだよねぇ」

 美柑は、少しだけ黙った。

 お立てだという事は知っているが、

《もしかして、うちって天才じゃけん、期待されとるんじゃろうか》

 と、すぐに自惚れる自分の性格は、知らなかった。

 けれど、そう言われると、顔がにやける。



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